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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(41)

 有田は台に残されたパンを私達に渡し、例のパンを適当に五つに分けて配った。つまりパン一個を横領したのである。将校がやった横領は、そのために多くの兵を餓死させた。今、下士官が見せた横領は、将校のやったことと比べれば、罪に入らないほど僅かな横領である。私はそのように都合の良い理屈をつけて、良心を誤魔化していた。同時に一般の兵の哀れさが、しこりとなって胸に沈んでいった。
 それにしても、寝床の板、釘、禁制のナイフなどどうやって工面したのか、班員二五人の目の前で、一個のパンを鮮やかに消えさせた手品師そこのけの手腕に、叩き上げの下士官の強かさを、垣間見た思いがした。
 
  一二、大穴に一六二体を埋葬

 四月も半ばを過ぎる頃には、晴天の日中は太陽がかなり暖かく感じられる。宿舎の前に積んだ三つの屍の山は、太陽が当たる部分の凍みが融けて死臭を放ち始めた。大地はまだ凍てついて、墓穴は掘れそうに無い。どうするんだろうと気を揉みはじめた頃、丘の上方でダイナマイトの爆発音が終日響いた。
 翌朝死体の山の傍にトラックが横付けされた。私達は死体を積み込んでは、丘上の大穴の傍におろした。昨日の爆発音は、ソ連兵がこの大穴を造るためだったのだ。数回運んでくるうちに、死臭は気にならなくなっていた。大穴には左右に階段がつけてある。縦横の幅は五m×深さ三mもあったろうか。凍てついて棒のような死体を担いで階段を降りる。隅から丁寧に並べてゆく。どの死体も顔、手、足の露出部分は黒ずんでいた。
 一並べすると、その上を毛布で覆った。そしてその上に死体を並べてゆく。毛布の上から死体を踏んで歩くのだが、死体とは思えない凍った物質を踏む感覚は妙に物悲しさを伝えるようであった。二段目を並べると、またその上を毛布で覆い、三段目を並べることになった。穴の深さは約三m。壁面も底も固く凍っていて撫でると冷たい。永久凍土かもしれない。穴の中には冷気が沈んでいる。三段に死体を並べ終わって、最後の毛布を覆って穴から上がった。三段積みになって、毛布の下に眠る戦友を思いやった時、初めて無常感といってよいか、表現のしようのない感情に襲われた。
 その数一六二体。
 だが将校四人、見習い士官二人は、名も分からないままに、部下の屍が穴底に運ばれるのをみているだけであった。
 ソ連軍を迎撃したあの大興安嶺伊列克得で、こんな奴らの命令一下、たとえ理不尽であっても死地に飛び込まねばならなかったのだと思うと、胸くそが悪くなった。
 あの戦闘で死んだ多くの戦友やこのラーゲリで死んだ戦友たちが可哀想でならなかった。凍土を穴に戻し終え、心から冥福を祈った。何時の日か、誰かがここを訪れ、当時を偲んであらためて冥福を祈ることができようかと、しきりに思った。その時、この丘が更に上方に伸びた高所に、シベリア松の幼木が三、四〇本目についた。

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