ホーム | Free | 熊本県文化交流協会60周年祝う=54人の大型慶祝団迎え=田呂丸会長「留学生・研修生の存続を」

熊本県文化交流協会60周年祝う=54人の大型慶祝団迎え=田呂丸会長「留学生・研修生の存続を」

式典で挨拶する田呂丸会長

式典で挨拶する田呂丸会長

 ブラジル熊本県文化交流協会(田呂丸哲次会長)の創立60周年記念式典(小山田祥雄実行委員長)が、聖市の同会館で4日に開催され、母県からは小野泰輔副知事、森浩二県議会副議長、松田三郎県議、植松浩二熊本市副市長、田辺正信(まさのぶ)同市副議長らを始め、熊本日伯協会(河村邦比児会長)一行20人、上塚周平顕彰「イッペイの会」(米原尋子会長)一行9人ら54人の大型使節団が慶祝に訪れた。郷土が誇るマスコットキャラクター「くまモン」も蒲島郁夫知事の特任を受けて派遣され、会場に集まった会員や家族ら約250人を喜ばせ、場を大いに盛り上げた。

乾杯の音頭をとった松田三郎県議

乾杯の音頭をとった松田三郎県議

挨拶する森浩二県議会副議長

挨拶する森浩二県議会副議長

 まず日伯両国歌を斉唱、先亡者に黙祷を捧げた後、田呂丸会長があいさつに立ち、慶祝団来伯を感謝した。熊本からの移民総数は2万3575人と全国1位の移民大県であり、その数に相応しいブラジル社会での活躍をし、熊本地震では合計1200万円の義援金を送ったことを報告。「県費留学生・研修生制度は、県とブラジルの恒久的な交流の要なので、ぜひ存続して欲しい」と強調した。
 小野副知事は、蒲島郁夫知事のメッセージを代読。その中で、熊本地震の際の励ましと義援金に対し「県を代表してお礼申し上げます」と感謝し、甚大な被害を受けた熊本城も雄姿を取り戻しつつあることを伝え、交流協会の貢献への感謝として「くまモン」を特派したと説明、同協会の益々の発展を祈念した。
 森県議会副議長は「昨晩の前夜祭では温かいもてなしを受けた。これまでの関係をさらに発展させ、友好の絆を深めたい」とのべた。植松副市長は「ぜひ熊本に足を運んで、復興の実情を見に来てほしい」と語った。
 田辺同市副議長は「皆さまは困難を乗り越えながら、日本人としての精神を堅持され、ブラジル国民から深い信頼を勝ち取った」と称賛し、郷土来訪を呼びかけた。
 熊本日伯協会の河村会長(熊本日日新聞社長)は、17年前の会館落成式以来の訪伯だとし、「素晴らしい発展をされたことに心から敬意を表します」との喜びのメッセージを贈ると同時に、「母国日本を慈しむ心を、県人の皆さんから学ばなければ」と語り、秋岡廣宣熊本放送会長、幸田亮一熊本学園大学学長、中原康彦熊本空港ビルディング常務ら錚々たる地元財界人の一行を紹介した。
 ブラジル側からは野口泰在聖総領事、ブラジル日本都道府県人会連合会は谷口ジョゼ副会長が山田康夫会長の挨拶を代読した。
 父が熊本出身の飯星ワルテル連邦下議は、子供時代に初訪日した時のエピソードを披露。父の実家を訪問したら「87歳の祖母が家の前で、手に日本酒をもって待っていた。私は子供だったが一口飲み、郷土という存在を実感した」と語った。母が熊本県二世の西本エリオ聖州議も「母は80歳になっても毎日仕事をする働き者。私もその血を受け継いでいる」と語った。
 昨年、崇城(そうじょう)大学で県費留学した吉里(よしざと)タミーさんは、「熊本に住んでいたときの思い出は絶対に忘れられません。私の夢が叶えられました。私にとって熊本県は、私の家と同じです。ここにいる皆様にも、熊本へ旅行に行くことをお勧めします」と流暢な日本語で話した。
 以前ブラジルを訪問した農業研修生などからの祝電が披露され、母県からの来賓と交流協会がプレゼントを交換した。県から高齢者表彰が高原長(たかはら・つかさ)さん、高原えみ子さん(二人とも88歳)に伝達され、功労者として東靖(ひがし・やすし)さん、市田イツ子さんが表彰された。市田さんは表彰者を代表して「人生で一番感激しました。微力ながら、これからもがんばります」と感謝した。
 交流協会からも功労者として池崎博文、柳森優(まさる)、市村俊一、武田勝喜(かつき)、右田守行(もりゆき)、森下義春(よしはる)、安永忠邦、加賀山エレナ、間部よしの、衛藤千恵子、長瀬隆、中川義則の12氏が顕彰された。
 安武誠さんは閉会の辞で「これで終わりではありません。5年後に向けて動き始めましょう」と締めくくった。その後、お祝いの踊りが田中豊渕さん(ほうえん、熊本)から披露され、長瀬令子さんらが琴で「コンドルは飛んでゆく」を演奏、ケーキカット、乾杯と続き、豪華な昼食に舌鼓を打ちながらゆっくり歓談した。
 交流協会に入ってから30年になる102歳の右田守行さんは、「協会名に『交流』が入っている県人会は熊本だけ。誇りに思っている。60周年を迎えられて本当にうれしい。長生きしてよかった」とかくしゃくとした様子。同協会理事の寒野正留さん(さむの・まさる、78、二世)も「若い人ががんばってくれた。昨日から30人以上が総出て手伝ってくれている」と目を細めた。

来賓とともにケーキカットをして万歳をする田呂丸会長

来賓とともにケーキカットをして万歳をする田呂丸会長


ジャパン・ハウス=くまモン、南米に第1歩印す=小野副知事「世界で活躍始める」

くまモンのプロモーション戦略を講演する小野副知事

くまモンのプロモーション戦略を講演する小野副知事

 小野泰輔熊本県副知事は3日午後、聖市のジャパン・ハウスで「くまモンのプロモーション戦略」をテーマに講演、くまモン本人も登場して大いに話題を振りまいた。
 くまモンが多くの賞を総なめにする破竹の躍進を続ける秘密は、県の普及戦略にあった。本来この種のキャラクターを企業が自社製品に使う場合、県が著作権料をとる。しかし熊本県はくまモン関連商品の普及・拡大戦略として、県のPRにつながるモノ、県産品のPR・販促につながるものにはイラスト利用料を無料にした。
 その結果、県産品を原材料に使ったポッキーやカルビーのポテトチップなど様々な商品が全国的に売り出され、くまモンの知名度が一気に上がった。関連商品の売上高は11年に25億円だったのが、17年には1408億円へと飛躍的に拡大。宿泊客数も増えた。
 以前のゆるキャラはほぼ動きがなかったが、くまモンから変わった。体操を見せ、走り、自転車に乗りる。軽快な動き、豊かな表現力がファンの心をつかんだ。それをツイッターなどSNSで積極的に発信し、香港、タイ、台湾などのアジアにも熱心なファンが広がった。
 今年4月からくまモンイラストの海外利用解禁の準備を進めており、知名度をさらに世界に広める戦略だ。その一環としてユーチューブで「くまモンTV」動画を公開し、「ハリウッドの制作会社と組んで、くまモンを主役としたアニメの製作中。今年はくまモンが世界に活躍を始めた年」と副知事は宣言した。
 くまモンのイラストを使う希望がある当地企業は、在聖総領事館か交流協会まで連絡をすれば県庁に取り次ぐという。
 講演のあといよいよ、くまモン本人が登場。100人余りの聴衆を喜ばせ、「くまモン体操」を披露した後、副知事と共にさわやかに退場。最後にジャパン・ハウス玄関で来場者と記念撮影に応じた。


前夜祭で再会、旧交温める=「街は変わったが、気持ちそのまま」

茶道肥後古流のお点前をたのしむ出席者の皆さん

茶道肥後古流のお点前をたのしむ出席者の皆さん

 前夜祭が3日晩、ニッケイパラセ・ホテルで行われ、慶祝団54人を歓迎するために現地会員ら50人余りが集まり和やかに再会を楽しんだ。
 会場には肥後古流の茶席が設けられ、小野副知事ら使節団の20人ほどが接待を受けた。一行の一人、肥後古流の第13代家元の小堀俊夫さんによれば「利休の時代の作法をそのまま残す全国でも珍しい流派」という。
 当日は、05年に同家元で3カ月間、県費研修を受けた清原綾子パウラさん(33、三世)が見事なお点前を披露し、家元も合格点を出した。
 清原さんは「茶道に加え、お琴、日本舞踊、日本語など幅広く日本文化を教わった。あの研修が私の人生を変えました」と振りかえり、感謝の気持ちを込めてお茶を振る舞ったという。くまモンの図柄が底にあしらわれた、熊本特産の特別な小代(しょうだい)焼きの茶碗が使われた。
 県人会相談役の安武(やすたけ)誠さんが司会を務め、「今朝着いた方は肺に日本の空気が残っているだろうから、3回ぐらい深呼吸して」と笑わせ、場をやわらげた。小野副知事は「昨年頂いた義援金に改めて感謝したい。一歩一歩、復興している。皆さんの支援が力になっている」と感謝すると、くまモンが登場した。

挨拶する熊本日伯協会の河村邦比児会長

挨拶する熊本日伯協会の河村邦比児会長

 熊本日伯協会の河村邦比児(くにひこ)会長が「17年ぶりのブラジル。ずいぶん街は変わったが、皆さんの温かい気持ちは少しも変わっていない。距離は遠いが気持ちは近い」と挨拶した後、乾杯の音頭をとって歓談の時間となった。

パラー州から駆けつけた北伯県人会の宮川市夫夫妻

パラー州から駆けつけた北伯県人会の宮川市夫夫妻

 パラー州都ベレンの北伯熊本県人会副会長、宮川市夫(69)夫妻も参加。「今でも敬老会を兼ねて新年会を毎年開催している。120人ぐらい集まる」。県人が160家族を数えた時代もあったが、多くは南下し、今は120家族程度。うち50家族が会員という。
 1955年に6歳でトメアスーに入植した宮川さん。ピメンタに病気が入ったのでイガラペ・アスーに移ったが、そこでもやっぱり病気に。結局86年からパウマ・オイルを植え初めて、株式会社パウマーザを設立。社長を15年間やった後、息子に譲り、現在は会長に退く。「付近では日系、非日系合わせて7千町歩、パウマ・オイル植える一大産地になった」と胸を張った。
 会場では懐かしそうに近況を交換し合う姿が見られた。


留学生・研修生の懇談会=OBと建設的な意見交換

留学生・研修生OBと記念撮影

留学生・研修生OBと記念撮影

 式典後、別室で懇談会が行われ、小野副知事や森浩二・県議会副議長、松田三郎・県議、県庁の国際課職員らが県費留学生・研修生OBと意見を交換した。県費留学生制度は66年に始まり、現在までに約250人が母県で学び、帰伯後に各界で活躍している。
 まず小野副知事は「みなさんは熊本の良さを知っている。多くの人にその経験を伝え、県人会を盛り上げてください」と呼びかけた。
 OBからは「最初は『あぎゃんこぎゃん』言われて戸惑ったが、すぐに慣れた」、「いま日本進出企業で働いており、研修で磨いた日本語が役に立っている」、「熊本大学に留学した。そのとき覚えた日本語を活かして通訳になり、サッカーW杯でも声がかかり、リオ五輪でも日本選手団の通訳を務めた」、「ぜひ留学生、研修生制度を続けてほしい」などの声が続々と聞かれた。
 田呂丸会長は「三、四世になると日本語が弱くなるが、英語はしゃべれる若者が多い。ぜひ留学要件に『英語可』を入れて」と要望。小野副知事は「受け入れ先に英語ができるところもある。大学も英語で授業をやっているところが増えてきた。あとは組み合わせの問題では」と肯定的に応答。
 「修了証書には現状では日数しかはいっていないが、研修時間数も入れてほしい。ブラジルの資格試験で使えるようになる」との声も出た。
 また「1年、半年だと会社を辞めなくてはならない。1カ月間の短期語学研修があれば、いつでも参加可能。飛行機代は自分で負担してもいいので、現地費用だけお願いできれば十分」、「熊本にルーツを持たないが、交流協会を手伝ってくれる若者もいる。彼らも研修に行けるようにならないか」という声も上がり、国際課担当者は丁寧に聞き入っていた。

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