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『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(24)

破竹の勢い

 1946年1月、バンデイランテ産組の理事会は、バストスに出張所を開くことを決定、所長に水間久を指名した。水間は固辞したが、専務の原田は辞令を送付した。すると水間は上聖、理事会で、存亡の危機にあるバストスの経済情勢をつぶさに説明、こう申し入れた。
 「この辞令では活動できかねる。バストス出張所に関する一切の権限を与えるという委任状をいただきたい」
 理事会は承諾した。
 出張所は独立会計で、独自の計画の下に事業を進めることになり、原田は水間に一切を任せた。
 出張所の開設時、組合員は23家族、同年の卵の出荷量は3、200箱(一箱30ダース)であった。すべてサンパウロの本部に向け出荷した。
 水間は出張所長としては、しばらく無給で働き、自分の土地や建物を格安で組合に提供、そこに飼料工場をつくった。養蚕業の崩壊後、途方にくれていた農家のため、雛を配給、飼育費を融資、技術指導もした。太っ腹、親分肌で組合員から「ウチの親爺」と慕われた。
 サンパウロは、その頃、人口が100万から200万へ向けて急増しつつあり、以後も拡大を続けた。そういう巨大市場と直結したことは大きな成果を齎した。
 ところが、組合員は無統制、無秩序になりがちであった。中には「組合員としての義務を果たさない」者もいた。ために水間は「ある程度の独裁もやむなし」と決断の上、強力に組合員を統制した。これには不満が出た。特に(出荷組合時代からの)創業メンバーは面白くなかった。彼らはサンパウロの本部に「水間の独裁を放置するなら、組合員は挙って脱退する」と迫った。これを原田は撥ねつけた。
 結局、反水間派は脱退した。が、それ以外は残り、さらに新組合員が増え続けた。
 1947年、組合員は60数家族、卵の出荷量は9、200箱となり、バストスの卵の生産量の92%を占めた。同年、雛4万5千羽を配給した。
 1948年、組合員は100家族を越え、出荷量は2万箱となった。
 1949年、バストスでは初めてのトラトールを2台導入、組合員の休閑地を整地、飼料用のミーリョの自給を目指した。
 1950年、信用部をつくり金融の円滑化を図った。
 1951年、運輸部を設けた。同年末、組合員は120家族となっていた。
 1954年、卵の出荷量が4万箱を記録した。
 破竹の勢いと言われた。
 しかし、産卵率低下という問題が発生していた。ために日本から専門技師を招き、近代的施設を備えた種鶏場を、大型資金を投じて建設した。サンパウロの本部が協力していた。雛の生産能力は年間50万羽で、外部への販売も予定していた。緑の丘に赤瓦、白壁の鶏舎が百余も並ぶ種鶏場は、当時としては壮観であった。
 1955年、バンデイランテ産組の販売部門の主力は鶏卵であったが、その80%をバストスが出荷していた。因みに同産組はバストスの他、イタペチニンガ、パラガスー・パウリスタその他に出張所を置き、組合員は計813家族を数えていた。
 同時期、バストスでは、バンデイランテの組合員以外の養鶏家も増加中で、彼らはサンパウロに本部のある他の日系産組に働きかけ、進出を誘った。1949年以降、コチア、スール・ブラジル(ジュケリーの後身)、中央会(日系産組の連合組織、サンパウロ産業組合中央会)が進出した。
 さらに他の養鶏家グループが1955年以降、独自で3組合をつくった。全部で7組合となった。
 本来の組合理念からすれば、一地域一組合が原則であり、一本化も唱えられたが、実現はしなかった。
 また、この組合の競合が、バストスの養鶏に活気を生んだ。(つづく)

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