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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(208)

 まず、正輝は隣人や同業者と顔見知りになろうと考えた。隣近所の人はみんなマニール氏の借家人だった。そのあと、中心地に向って歩いていくと、200メートルほど先に洗濯店を見つけた。「オリエンテ洗濯店」という沖縄出身の上原という人の店だ。自己紹介すると、上原氏は自分の店や設備品を見せるという。幸いなことに正輝はそれほど嫉妬深くなかった。もしそうだったら、同業者の設備や機具を目にして、たとえ同郷のよしみがあったにしろ、上原氏を嫉妬したにちがいない。洗濯場は仕事がやりやすく設計されていた。いくつもの水槽が並んでいるが、一つ一つの水槽に入水と排水ができる仕組みになっている。はじめの水槽から次の水槽へ、そのまた次へと一連の段階を経ていくと、少しずつ洗濯物に含まれた石鹸分が減っていき、おしまいにはわざわざ濯ぎをしなくてもいい状態になり、水の節約になる。
 洗い場は広く最後の水槽の水を利用し、上原氏はレンガで魚の水槽を造っていた。沖縄人の家庭に魚の水槽をもっている人は少ない。それも、その大きさに驚かされた。長さ1・5メートル、巾1メートル、底から水面まで80センチほどある。澄んだ水に金魚を飼っていて、赤と黄色の尻尾と尾びれがゆらゆら揺れる。珍しい濾過装置と酸素処置がほどこされ、また水温を調節できるようになっている。日本人が国の象徴とめでる鯉より美しい。ブラジルに生存する鯉は細長く、敏感で大きいのは80センチほどにもなるが、灰色の体に黒や薄黒いぶちがあり決して美しいとはいえない。
 上原氏は天候を気にすることはないのだ。曇っていようが、雨がふっていようが乾燥機で衣類を乾かせる。まわりに孔が開けられた銅メッキの円柱形の乾燥機にばらばらに衣類を入れ、電源を入れるだけでいい。回りはじめると、回転がはやくなり、すごい音をたて、飛んでいきそうなほどだ。だが、揺れ動くのは回転する部分だけで、本体は床に鉛で打ちこんであるので、びくともしない。乾燥作業はまったく簡単なものだった。
 正輝はアイロンにも驚かされた。自分の家で使っている蒸気アイロンと同じだが、ボタンが余分についている。
「温度を調節するためです」と上原氏は説明した。
「カシミアのように高温でかけたい場合は、このボタンをこちらに回し、麻のように低温でかけたいときは反対に回し、絹の場合はもっと低温にするんです」
 正輝は同業者の仕上げ具合を観察した。自分の仕上げとそう違わない。けれども、上原氏は天気がよかろうが、雨がふろうが、約束の期日が守れる。そこに大きな差を感じないわけにはいかなかった。アイロンのよしあしなど関係ない。高温、低温を変えるボタンがあろうがなかろうがどうでもいいことなのだ。
 アイロンの温度はその時に応じて、電源を切ったり、入れたりすればいいのだ。もちろん上原氏の店は設備が整っているのは確かだが、双方の洗濯店の差は乾燥機があるかないかにかかっている。それは直接、経済力に影響する。その上、働き手の数に差がある。上原氏には二人の娘とその婿がいる上に、同じ沖縄出身の松田ヨシアキを使用人として雇っていた。
 このような仕事の規模からみて、上原家族が他の移民にくらべ、よりよい生活ができるのも不思議ではない。ワックスでピカピカに磨かれた床の家に住み、そのころでは贅沢品といわれた煮炊き口バーナーが4つもあるガスオーブンもあった。

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