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長崎市長が感謝のメッセージ=サンパウロ市カーニバルの原爆騒動に=県人会の意図を理解、賛同

賛否両論を呼んだ、アギア・デ・オウロの原爆ドームを再現した山車

賛否両論を呼んだ、アギア・デ・オウロの原爆ドームを再現した山車

 今年2月21、22日に開催されたサンパウロ市カーニバルで優勝したサンバチーム「アギア・デ・オウロ」のパレードは、原爆ドームを再現した山車などを繰り出したことで、日本語の会員制交流サイト(SNS)などで山車の映像だけを切り出して「カーニバルで原爆を扱うのは不謹慎」などのコメントが添えられた投稿が話題となり、それに同調する批判の声が上がった。
 このパレードは「知識の力」をテーマにしたもので、それが生んだ負の遺産として広島の原爆ドームを再現した山車やB21を登場させ、趣旨に賛同したブラジル広島文化センターとブラジル長崎県人会の会員らも加わってパレードした。
 ブラジルのカーニバルでは社会風刺や政治的メッセージなど社会性が高い硬派なテーマがよく扱われるが、日本の大半の人はそれを知らず、露出の多い衣装で踊る男女がいるという一点で「裸の馬鹿騒ぎ」というような先入観が一般に持たれている。その先入観にのって「そこで原爆を扱うのは不謹慎」という表面的な意見が日本語のSNS上にあふれた。
 それを憂慮した長崎県人会の川添博会長(当時)が広島県人会の吉広ロベルト貞夫会長と共同で、両県と市に事情説明書を送った際、本紙記事も参考資料として添付された。2月末から長崎県人会の新会長は森繁親(もり・しげちか)氏だ。
 それに対して、田上長崎市長よりの返答があった。川添元会長は、「今後ブラジルでは似たようなケースがいろんな場面で起こりうると推察されます。それらの催しに参加する際の県人会の指針、できうるならば、社会の目指す方向性を記した回答でもありますので、広く周知していただきたい」と本紙に求めてきたので、ここに掲載する。


原爆の惨禍を訴えてくれたことに感謝=令和2年3月30日=長崎市長 田上 富久(たうえ とみひさ)

 

田上富久氏サイト(https://tomihisa-taue.jp/)より

田上富久氏サイト(https://tomihisa-taue.jp/)より


 サンパウロのカーニバルの件ですが、いただいた資料などを拝見し、カーニバルでの表現についての皆様の意図は十分に理解しました。同時に、その意図が十分に伝わらなかったことによる関係者の皆様のご心痛も大変よくわかりました。
 もちろん私自身がカーニバルを見たわけではありませんし、カーニバルについての深い理解者ではありませんが、今回の一連の出来事を考えるのに必要な事実は、川添さんからいただいた資料で十分にわかりました。
 まず、1945年8月に広島、長崎で起きたことが、人類の歴史の中でも最も恐ろしい出来事の一つであることを、皆様と共有できたことを大変うれしく思います。そしてブラジルの皆さんが、あの原子雲の下で何が起きたのかを学んでくれたことに感謝します。
 長崎や広島は「核兵器のない世界」の実現を4分の3世紀にわたって訴え続けています。その原点は、「自分たちが経験したことを、世界の誰も二度と経験することがないように」という被爆者の思いです。
 私たちが1945年の出来事を伝えているのは、被害者として加害者を告発しているのではなく、人類の一員として、繰り返してはならない惨禍を必死で伝え続けているのです。
 その意味で、人類史の忘れてはならない事実として、原爆による惨禍を取り上げてくださったことは、私たちの思いとつながっています。
 一方、文化の相互理解という意味では、私たちはまだお互いを十分に知らないところがあります。
 ブラジルのカーニバルについては、日本では断片的にしか伝わっていないところがあり、私自身も拝見したことがありません。同じように日本のお祭りの意味もブラジルの皆さんはあまりご存じないかもしれません。
 土壌や気候が違えば違う花が咲くのは当然であり、だからこそ世界は多様性に満ちていて魅力的なのだと思います。異なる文化への好奇心は、私たちを海外旅行に誘ってくれますし、自分たちの文化への誇りも育ててくれます。
 問題は、異なる文化への無知と、そこから生まれる否定的な感情です。
 人類は、第一次世界大戦への反省からユネスコ(UNESCO)を創設しました。その理念を記したユネスコ憲章の前文には次のように書かれています。
 戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない。
 相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもありしばしば戦争となった。
 ここに書かれているように、風習と生活の違いへの無知は、相手への疑惑と不信につながることがあり、それがしばしば戦争の原因になってきました。
 その一方で、相手を知ることが互いへの敬意を生むこともよくあります。どちらになるかを決めるのは、私たちの心だということを、ユネスコ憲章は教えてくれています。
 今回、私たちは、お互いの思いが共通していることを知り、表現にお互いの個性があることを知りました。これを疑惑と不信につなげるのではなく、理解と信頼につなげる契機とすることが大事だと思います。
 私は、長崎市長として、今回皆さんがサンパウロのカーニバルで表現しようとした意図に賛同します。そして、カーニバルでの表現のどこにも私たちの平和への思いや文化を汚そうとする気持ちがないことを信じます。もちろんそのベースには川添会長への信頼があります。このような信頼関係こそ、私たちが最も大切にしたいものです。
 長崎県人会の皆さんや関係者の皆さんの中には、今回の一連の経過の中で、心を痛めた方々がおられたのではないかと思います。最近はSNSなどを使って、不信の方向に歯車を回そうとする動きも多くありますが、私たちは、そうではなく、確信を持って信頼の方向に歯車を回していきましょう。
 ここ数年の「長崎平和宣言」の中で繰り返し述べていることがあります。それは市民社会の中に小さな信頼を育てていくことの大切さです。それは確実に平和をつくる力になる、と私は考えています。今回の出来事を疑惑と不信を生む機会とするのではなく、理解と信頼を育む機会にしましょう。
 私たちの共通の願いの一つは、「核兵器のない世界」です。未来の人たちのために、この願いが一日も早く実現することを願います。
 機会があれば、私のこの手紙に込めた思いを県人会の皆さんはじめ、関係者の皆さんにお伝えください。

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