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中島宏著『クリスト・レイ』第21話

「ところで教会の話ですけど、いったいこれは、どういう教会なのですか。町にあるキリスト教の普通のカトリックの教会とは大分違うと思いますが」 「そうそう、その話を今日はするはずだったわね。話が横道に逸れてしまって、ごめんなさい。でも、最初にこういうことを、つまり日本語のことを説明して置くことは必要だと、私は思っていますから、悪く思わないでね。
 そうね、あの教会の話は、どこから始めていったらいいものかちょっと迷うけど、まず、その背景から説明しましょうか。詳しく話すとこれは、本当に時間がかかるし、マルコスにも簡単には分かってもらえないと思うから、大ざっぱに話すわね。
 あの教会は、名前をクリスト・レイといって、この近辺に住む、日本から移民としてやって来た日本人たちによって建てられたの。もう二十年以上も前の話ね。生活にもまったく余裕のない人たちばかりだったから、あれを最初建てるには、随分大変だったみたいね。木造立ての、今から見るとけっして立派とはいえない教会だけど、でも、あそこには、最初ここに入った人たちの開拓精神のようなものが刻まれていた感じがするわ」 「僕は、あの今までの教会にはどことなく素朴で、そして純粋な雰囲気というものを感じました。最初見たとき、あれはまだ完成していない教会だとも思いました。外側の仕上がりがまだできていないのだと、僕は考えました」 「そうね、私も詳しいことは分からないけど、あれが、あの時代の人たちにできた限度だったのじゃないかしら。あり合わせの材料で、とにかく自分たちの教会を造ろうという意気込みに支えられて完成したという感じね」 「僕が最初にあの教会を見て感じたのは、その建物の形式が個性的なことだったということですね。あのような形の教会は、今まで見たことはありませんでした。あれは、日本から持ち込まれたものなんですか」 「そうです、あの教会の形は、日本から持って来たもので、だから、ああいうスタイルのものはブラジルには、他にないでしょうね。
 でも、元々はキリスト教という同じ宗教のものだから、基本的にはそんなに違いがあるというものでもないわ。今、建設中の新しいクリスト・レイ教会も、その元になるところは、ちゃんとローマ・カトリック教会に繋がっていますから、日本から持って来た形といっても、キリスト教であることに変わりはありません」 「そうなんです、そこに僕も最初疑問を持ったのですが、この地区にやって来た日本からの人たちが、みんなキリスト教の信者だということがとても不思議に思えます。まあ、僕はあまり他の宗教のことは詳しくないですが、それでも日本とか中国などの東洋の国々では、仏教が大半であるということぐらいは、一応、知識として持っています。
 だから、ここに住む日本人の人たちがすべて、仏教信者だといわれても、僕は別に不思議とも思いません。しかし、ここの場合はそうではなくすべてがキリスト教信者です。これはいったいどういうことなのだと考えてしまいます。  アヤもそうでしょうけど、このブラジルへ来たからキリスト教の信者になったのではなく、日本にいるときからもう、キリスト教信者だったわけでしょう」

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