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中島宏著『クリスト・レイ』第26話

 ただそれは、この時代よりも、もう少し遡った頃の話で、開拓されて間もない頃の、いわば最盛期ともいえる時代のことであった。月日の移ろいと共にその後、土地の疲弊が強まっていくにつれて、この地方の農業の勢いも目に見えて低下していった。
 それでも、この一九三〇年代ではまだなんとか地力が保たれ、普通の水準でのコーヒー園が営まれていた。これ以上の収穫を上げようとすれば、かなりの規模での肥料を施さなければならず、そこに資金をつぎ込むことは、採算が取れないことを意味していた。原生林を開拓し、処女地の肥沃な土地で、コーヒーを始めとする、様々な農作物が簡単に収穫できるという時代は、すでに終わりに近づきつつあった。
 要するにこの時代、いわゆる略奪農法の初期の段階が、その終焉を迎えつつあったということである。それは何を意味するかというと、この地方へ入植した移民の人々の将来への可能性が、徐々に閉じられていくという状況が、このときすでに始まりつつあったということであった。
 一見、立派に見えるコーヒーの木々だが、現実にはその内容がかなり劣化し、その収穫量もそろそろ限界に達しつつあった。というよりも、この時点ではすでに減産に転じていた。
 この先、移民の人々の生活はどうなっていくのか。
 ある意味でそれは、かなり重要で深刻な問題になるはずのものであったが、しかし、現実には彼らは、あえてそれを考えようとはしていないように見えた。現在の流れに沿って、そのまま流されていくというような感じのものが、この地方の全体を支配していた。
 今のところはそれでいいのではないか。これ以上のことを考えてみたところで、それによって何が変えられるというのか。
 特に、資金的にもまったく余裕を持っていない彼らにとっては、身動きすら自由にできないという状況なのだから、何をする術もない。何もできないのであれば、せめて現状を一生懸命生きていくより他に方法はないであろう。その先にあるものが、たとえ見通しの効かないものであったにしても、彼ら、移民の人々にとって別の選択肢がなければ、取りあえず現在の道を進むしかないということになる。
 マルコスには、その辺りの事情がおぼろげながらも理解できている。
 農業で生きていく人々にとっては、土地がすべてといってもいいほどの重みを持っている。土地の劣化はすなわち、そこで生きている人々にとっての死活問題に繋がっていくものであり、さらには、その先への継続が絶たれてしまうという深刻な意味を持つものでもある。クリスト・レイ教会を、一団となって支えているここの人々は、将来をどのように考えているのだろうか。
 マルコスはふと、そんなことに思いを馳せる。この土地が、約束された豊饒な土地であれば問題はないが、現実は必ずしもそうではない。時と共に風化していく土地を、彼らはどのように守っていくのか。そんなことが彼の頭をよぎる。 もっとも、マルコスにとってそれは、直接には何の関係もないことではあるのだが、しかし、日本語学校に通うようになってからは、そういうわけにもいかなくなった。
 特に、アヤに対するある種の特別な感情が芽生え始めている今では、このような問題に無関心ではいられなくなっている。アヤと二人で、コーヒー畑に沿った道を歩きながら、マルコスはぼんやりと、そのようなことを考えていた。

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