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《記者コラム》米大統領選と勝ち負け抗争に奇妙な共通点=ユーチューブ情報は疑ってかかれ!

驚きの電話「いよいよトランプの逆襲が始まる」

昨年9月24日、演説するトランプ大統領(当時)

 バイデン米新大統領の就任式を翌日に控えた1月19日、複数の戦後移住者から「いよいよトランプの逆襲が始まるようですね。アメリカで戒厳令が発布されて、民主党のペロシ下院議長ら裏切り者が大量逮捕されたそうです」という電話があり、すこし困惑すると共に既視感を覚えた。
 「この独特な雰囲気はどこかで聞いたことがある」と考え込み、「そうだ、終戦直後の戦勝ニュースだ!」と膝を叩いた。
 件の電話の主の中には「今すごいことが起きているのに、ニッケイ新聞では今本当に世界で起きていることが分らない」と言う人もいた。まるで『革命前夜』でワクワクしている雰囲気だった。
 コラム子としては「トランプがきちんと不正選挙の証拠を提出すれば問題は明らかになるのに、それをやらない方にも問題がありますね」などと返事をするだけだった。

演説するバイデン新大統領(foto Twitter Biden)

 彼らは皆まっとうな判断力を持つ人で、それぞれ自力で苦難の移民人生を切り開き、平素からかなり国際情勢にも明るく、人の世の酸いも甘いもかみ分けられる人ばかり。苦労人で人一倍人情に厚く、「これが世のため人のため」と思えば、商売抜きで人に尽くすようなところがある人ばかり。
 彼らに共通していたのは、最近できたばかりの陰謀論系ユーチューブチャンネルの熱心な視聴者である点だ。これら戦後移住者が前から右寄りチャンネルを見ていたのは知っていた。だが今回の情報はとんでもなくレベルが異なっている。「これは何かある」と思い、自分でもそのチャンネルを調べて見た。

畑違いのユーチューバーが11月から似非右翼に

 彼らに教えてもらって幾つか視聴してみた。内容的に特に現実離れしているのが「BBニュース」(登録者約5万人)や「リッキー社長」(同11万3千人)などのチャンネルだった。他にもたくさんあるだろうが1月30日時点で削除されず、特に目立っていたので注目してみた。
 両方とも元々は「ゲーム実況系」(ビデオゲーム攻略法)の目立たないチャンネルで、視聴回数は数百から数千の鳴かず飛ばずの状態だった。つまり右的な思想背景を持ってやってきた人物ではない。
 ところが、昨年10月のアメリカ大統領選を機に、内容をQアノン系陰謀論に鞍替えし、いきなり数万回に視聴回数が爆上がりして路線換えしている点が、両方に共通している。Qアノンとは「トランプは世界を牛耳る秘密結社と戦う英雄だ」とする陰謀論で、米国を中心に根強い信者を持っている。

下段ほど古い投稿。「BBニュース」チャンネルは、11月半ばにゲーム攻略法の紹介から陰謀論に乗り換えていた。そこで爆発的に視聴回数が増えた

 例えば「BBニュース」チャンネルは、2014年に登録されてから昨年11月15日頃まではゲーム攻略法を紹介する動画ばかりを配信していた。チャンネル名は「ニュース」でも明らかにジャーナリストではない。
 「黒い砂漠」など余り評価が高くないゲームの紹介だけで40回もやっており、視聴回数は1千回以下が大半だった。
 それが昨年11月11日の《トランプ VS バイデン『米国大統領選挙の闇』株価高騰は布石なのか!?不正でトランプ逆転か!?》という回で8千回越えしたことから方向転回した。
 同11月23日《米大統領選挙!ジョージ・ソロス、ドミニオン社、タイズ・カナダ財団、AWID、MakeWayの関係性が明らかに!》で8万6千越え、11月29日《米大統領選挙!トランプ氏の勝利が確定的に『アメリカ国防総省が陰で暗躍していたCIA組織との戦いに勝利!』》が54万2千回だったことで味を占め、すっかりこの路線で定着した。

解析の中の視聴回数グラフの拡大。昨年11月15日頃から視聴回数が激増したことが分る

 年を明けて1月11日には《【米大統領選挙】リンウッド弁護士がデクラス(機密解除)を公言!NESARA/GESARA 隠された特許技術と未来への希望!》で再び50万越えの53万回を記録した。
 この「NESARA、 GESARAが発動される」という噂話は、昨年中頃からネット上でずっと燻っているデマだ。前者が米国国内の金融リセット、後者が世界規模の金融リセットを意味し、「ディープ・ステート(DS)から解放された新しい世界の始まり」というイメージで使われている。
 「ディープ・ステート」は「世界を裏で支配する国際金融グループ」という意味だ。この裏の国際金融グループを取り締まって、国家を国民の手に取り戻すための法律とされるものが前者二つのアルファベット名だ。
 右系の人たちの間では以前から「ディープ・ステート」的な言葉は使われていたが、トランプ登場以降、そこにQアノン系陰謀論の色合いが急に濃くなった。
 陰謀論と右の世界観は同じではない。右側の論調をベースに陰謀論の味付けを濃くして過激化することで、これらユーチューバーは急に注目されるようになった。
 このチャンネルは1月30日現在で健在。バイデン就任後さすがに視聴回数が減った。それでも10万回前後を記録している。まだ進行形だ。
 これによれば、いつの間にか米国には戒厳令が発令されていてトランプは今もその暫定軍事政権の大統領であり続け、バイデンの方はディープ・ステートが支配する「アメリカ株式会社」(国でなく会社)の違法な大統領に過ぎず、主流メディアはDSのなすがままなのでそれを報じない、との驚くような解釈が展開されている。
 数万人の日本の日本人がこれを信じているかと思うと愕然とする。

陰謀論に鞍替えして収入激増したユーチューバー

BBニュースの解析をすると、昨年11月から突然、視聴回数が据えているグラフ化されている(右下)。収入は月2千~3万1700ドルと推計(下段中程)

 視聴回数の激増が意味するのは、ユーチューバーとしての収入が跳ね上がることだ。
 特定のユーチューブチャンネルの収入などを調べるサイト(https://socialblade.com/)によれば、BBニュースは現在、月間収益予測が2千米ドル~3万1700米ドルと推測されている。上下幅が大きいが、通常は上限の50%程度が現実に近いと言われるので、1万5850米ドル(約165万円)の月収をユーチューバーとして得ていると推測される。
 昨年10月まではお小遣いレベルだったのが、陰謀論系に乗り換えたこと収入が激増した。
 内容はといえば出所不明の「ワシントンから手に入れた極秘情報」という英語の文書を、「無料翻訳ソフト」を使って、無理矢理に日本語にしたものを読むだけ。日本語としてはまったくヒドイものだ。それをまるでゲーム紹介風に解説している。
 正直言って「ゲーム世界」の延長としてディープ・ステードVSトランプをとらえているようにしか見えない。
 トランプVSバイデンが世界的な話題になっているのに便乗した雰囲気が濃厚だ。思想的な背景を持っているわけでなく、金儲けの手段として陰謀論を拡散している可能性がある。
 ユーチューブ、ツイッター、フェイスブックなどは「Qアノン」や特定のキーワードが入った投稿を削除するようになった。だが、その検索機能が有効なのは英語など西洋言語が中心で、日本語では弱く、野放しになっているという話もある。この手のチャンネルではトランプを「寅さん」、バイデンを「梅さん」「おじいちゃん」のように言い変え、削除されないような工夫が随所にされている。

かつての戦勝ニュースにそっくりな陰謀論

 民主主義の世の中である限り、右は右、左は左で、互いにしっかりと論陣をはるべきだと思う。自由な言論ができなくなれば、それは民主主義ではなく、権威主義、独裁主義、共産主義の世界になる。
 だが、出所不明の情報を「ニュース」であるかのように広めることで、自らの懐を肥やそうとすることは詐欺だ。
 今回の陰謀論騒動に関するものをいろいろ読んでみて思ったが、終戦直後にブラジル日系社会で起きた勝ち負け抗争そっくりだと感じた。
 勝ち組の一部は謄写版刷りの機関誌を秘密裏に発行して、日本が勝ち続けているかのような情報を流し続けた。その中では「表面上日本が負けたように振る舞っているが、実は勝っていて世界の実権を握っている」ように書かれていた。

『旭新報』第1号(1946年11月17日)

 たとえば1945年11月17日から週刊『旭新報』第1号が発行され、「戦勝ニュース」として広まった。第1号の1~2頁には、ドイツに日本航空隊28機が到着し、ウイルヘルム宮殿で盛大な歓迎会が催され、ヒットラー総統が万歳を唱えた様子を報じた。
 連合軍に負けて自殺したはずのヒットラーが生きていてドイツを再建しているという〝ニュース〟だ。またジブラルタル海峡を日本海軍艦隊が通過したという〝ニュース〟もある。
 まるで無理やり世界情勢を裏読みして日本有利に解釈したSF小説のような〝ニュース〟が「◎ニューヨーク十七日AP」「◎シカゴ六日UP」などと延々と書かれている。これだけ大量のデマニュースを毎週作っていたことは一種の詐欺行為であり、その意味でコロニア分裂、混乱の非の一部が臣道聯盟にあったことは否めない。
 特徴的なのは、伯字紙のニュース、現実に起きていることを巧妙に解釈し直して戦勝ニュースとして理解できるように示唆をする書き方を随所にしていることだ。
 戦勝ニュースの執筆者、考案者はポ語のニュースを読めない、ポ語に疎い人間ではない。ある程度それが読めないと、あのような戦勝ニュースは書けない。
 当時の戦勝ニュースも、戦勝を本当に信じた人がやっていたというよりは、ある程度事情が分っている人がお金目的で詐欺としてやっていた可能性が高いと、コラム子は見ている。だから戦勝ニュースは勝ち組を偽装した事情通がやったのであって、勝ち組の多くはその被害者だったのではないか。
 伯字紙のニュースを読んでいる人間でも「なるほど、本当はそうだったのか」と裏読みしている気分にさせるような内容が好んで掲載された。勝ち組が「そうだったのか」と喜びをもってそれを解釈できるような、ツボを心得たデマを創作していた。
 現在のトランプVSバイデンでも、基本的は同じ要領だ。陰謀論ユーチューバ―たちは視聴回数が稼げなくなったら、すぐに別の内容に鞍替えするだろう。
 今までは、当時は日本語情報が少ないからそのようなフェイクニュースが拡散するのだと思っていた。今回の米国大統領選の様子を見ていて、情報の多い少ないの問題ではなく、「日本人のメンタリティの奥底に陰謀論は常にあるのだ」と痛感した。

戦後移民の心に忍び込むネットの罠

 あたかも右側の人間であるかのように装い、右側の世界観をベースにした怪しい情報を出し続けることは罪深い。右陣営の信用度を下げるからだ。左右のバランスを崩すという意味で、社会全体にとっても害だ。
 戦後移住者の多くは現在70代後半から80代だ。当地で見られるNHK国際放送の内容に右側の人なら毛嫌いすることもある。
 そんなときにインターネットという目新しい媒体に出会い、日本の友人などから「桜チャンネル」を紹介してもらい、ユーチューブ画面の右側に出てくる類似動画を見進めるうちに、どんどん過激な動画に接してしまい、その方向に凝り固まっていく傾向がある。ここ10年、15年でユーチューブの使い方を覚えて、ついつい夜更かしをしてしまう人も多い。
 昨年3月来のパンデミックでは外出もできずに自宅にこもる生活をする中で、パソコンの前に座ってユーチューブをボーっとみる日々が続いているかもしれない。
 そんな時に米国大統領選挙という未曾有の劇的対立が起きた。パンデミックによるストレスや社会的な不安感の高まりに、大統領選挙がとどめを刺して緊張が高まった。右側の人は基本的にトランプ支持であり、その人たちの心の隙間にこれらの似非右翼ユーチューバーが忍び寄った。
 元々アメリカの話も日本の話も、ブラジル在住者からすればネットの向こう側の話にすぎない。実感を持って判断できないと言う意味で「想像の中の世界」だ。
 我々海外在住者は、祖国のことをついつい良く見がちなところがある。だが、実際にはオレオレ詐欺や凶悪事件なども起きており、日本人も善人ばかりではない。
 同じことがネットの世界、仮想空間にも言える。ある意味、ネットの世界の方が現実世界より犯罪者が野放しになっている。目の前にいたら、けして近づかない犯罪者然とした人でも、ネットの中では善人の振りをしている。

「お仲間」の投稿しか見えないSNS

 ネットの世界は限りなく広い。ほぼ無限であるはずのネット世界を、虫眼鏡でのぞくようにする道具が、ユーチューブなどの動画サイト、さらにツイッターやフェイスブックやインスタグラムなどのSNSだと思う。
 自分の嗜好に近いものだけが選ばれて、どんどん自動表示されるアルゴリズム(プログラム)になっているからだ。広大なネットの海から「自分が見たいもの」だけを自動的にかき集めてくれる。本当は「自分が見たくないもの」が山ほどあるのに表示されない。
 必ずしも「同好の士」ばかりではなく、それを装った詐欺師もたくさんいる。だからユーチューブやSNSで見えるものだけを判断基準にしていたら、世の中の実際の動きは見えない。
 今のような過剰な情報社会において、何の情報が信頼に値するのかを見極めることは難しい。ネットを使う人は誰でも「ネットリテラシー」が必要だ。インターネットの情報や事象を正しく理解し、それを適切に判断、運用できる能力のことだ。
 本来はネットだけでなく、どんな情報でも必ず疑うことをお勧めする。これは有名メディア、政治家、科学者の発言も含めてそうだ。本紙記事にも意図的ではないにしても、誤訳や認識間違いによる誤報はある。
 だから「エスタード、フォーリャ、グローボが報道しているから本当」とは限らない。まして、聞いたこともないネット・メディアなどは疑ってかかるべきだ。
 ただし、「陰謀論」と一言で片付けることは良くない。そのような中にこそ真実が隠れていることもある。全て玉石混交だ。あれだけメディアを味方につけて選挙に勝ったバイデン大統領だって、しばらくしたらボロが出てくる。オバマ政権へのキツい批判からトランプが待望されたように、バイデン政権もいずれ批判の的となり、そこから次の大きな芽がでてくる。その芽にはやっぱり陰謀論的な香りがするだろう。
 「お仲間」のフリをして忍び寄る人たちの中から真偽を見分ける目を養うことが、いつの時代にも大事なのだ。(深)

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