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中島宏著『クリスト・レイ』第128話

 君が変な外国人だと、僕が半ば冗談で言っているのは、その辺りの性格が普通にはあまり見られないものだからだよ。一見、明るそうに見えても、その裏面には結構、暗い部分が隠されているという感じかな。
 それが、アヤの性格を形作っているともいえそうだね。
 そのことはつまり、歴史の一端がそこには隠されているということなんだろうけど、そういうものは、どこかで、何等かの形で現れてくるということかもしれないね。
 アヤの場合、いや、これはアヤだけじゃなくて、このゴンザーガ区に住む人たち全体にいえることなのだろうけど、僕の見るところではやはり、隠れキリシタンの流れがかなり根強く存在しているのじゃないかな。それを特に意識することはないにしても、君たちの心の奥底には常にそういうものがあって、だから心情的にも複雑で、本心を簡単には見せないところに繋がっているというふうに、僕は見ているけどね」
「マルコスもかなり読みの深い見方をするわね。もっとも、私のようにちょっと変わった考え方を持っている人間と付き合っていると、自然、その本質的なものが見えるようになってくるのかもしれないけど。
 そうね、あなたが言うことも的を射たものだと思うし、そういう面を私たちは知らず知らずのうちに抱え込みながら生きているということになるのでしょうね。
 あなたたちのようなブラジル人とは違って、日本人はあまり直接的には自分の思っていることをそのまま言おうとしないという習慣があるけど、その傾向をさらに強く持っているのが、私たち、隠れキリシタンといえるかもしれないわね。
 別に、意識して自分たちの出自を隠そうという意志はないけど、何というのかしら、その、習慣というか伝統のようなものが、私たちの頭には生き続けているという感じね。自分たちのことを、さらけ出すようにしてはっきり表してしまうと、そのことが、私たちが生きていく上での大きな危険に繋がっていくというような、そういう危機感が私たちの中には今でもあるといったふうなものね」
「でも、そういう雰囲気は、少なくともアヤを見ている分にはまったく感じられないけどね。君は、どんな場合でも積極的だし明るいから、そういう拘束されたような気分のものは、何も感じ取ることはできないよ。むしろ君の場合は、他の日本人と比べてはっきり物を言うほうだから、まあ、ブラジル人に近いといえるし、一見、屈託がないところも日本人離れしているというふうに、僕には見えるけどね」
「ところが、そういうふうにマルコスは私のことを、変な外国人と言いながら、その実、裏面では結構、複雑なものを抱えているということをちゃんと喝破しているわけでしょう。その辺のところはやはり、隠れキリシタンの生きていく上での姿勢が見通されているということになるわね。別にそれが駄目だというわけじゃないけど、結局、そういうこともいずれ分かるということね。私が思うのは、こういうことは、つまり、私たちが隠れキリシタンであるということは、このブラジルでは特に、さして大きな意味を持たないし、そこにこだわって生きていくことは間違っているのじゃないかということなの。
 このブラジルに住んでみて初めて気が付いたことなのだけど、このように膨大で懐の深い国では、自分たちがどこから来て、どういう流れを汲む人間かということなどは、まったく問題にならないくらい些細なことにすぎないし、それをまた一々問うというような雰囲気もまったくないということね。

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