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特別寄稿=海警法の脅威、尖閣の次は沖縄=今阻止せねば代償は大きくなる=前ブラジル長崎県人会長 川添博

 思ってもいないことが起こりました。
 3月18と19日、米バイデン政権初めてで、二日間もかけたブリンケン国務長官と楊共産党政治局員による米中アラスカでの会談が決裂しました。このような場合の外交辞令である共同声明も出せずじまいでした。
 これは何を意味するのでしょうか? 一触即発の状態で統制にミスが生じ、望まない不測の争いが勃発する危険性が高まっています。
 ブラジルからは遠い国の事だから捨て置けでは無責任です。事は祖国の危機にもつながります。長崎に縁がある者の努めとして平和を願い、この由々しき事態に何かをせねばと思いつつも何もできないもどかしさから、せめて今急務の尖閣諸島につき史実に基づく真実を知り問題点を明確にし、ここブラジル社会へも機会あるごとに正しく伝えられるように皆様方と共に考えていきましょう。
 何を大げさなと思われるでしょうが転ばぬ先の杖です。さて「自由で開かれたインド太平洋」を唱える日本国の意向に反し、彼の国は侵略の常套手段を用い、尖閣諸島は中国領土と主張し、自国船を送り込み既成事実を作りつつあります。
 そう「百篇の嘘は真実に近づく」の戦法です。その上、海警法制定により中央軍事委員会に編入され第二海軍化された船籍が、軍事力行使をも正当化しようとして虎視眈々と機会を伺っています。
 それに対して、遅まきながら日本国も外国人の不法上陸に対し、海上保安庁と海上自衛隊による海上警備行動として危害射撃は可能との海上保安法の拡大解釈で対抗しています。抑止力としては弱い感はぬぐえませんが、戦争放棄の制約ある中での精一杯の対応です。

尖閣は中国への内政干渉か?

日本国外務省サイト「尖閣諸島」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/c_m1/senkaku/page1w_000015.html)

 尖閣問題を彼の国は内政干渉と主張しています。そうなのでしょうか?
 尖閣諸島の歴史を紐解きましょう。1895年、明治政府は国際法にのっとり日本国の領土であることを宣言し、他国からの異議申し立てもなく、尖閣諸島は現在の沖縄県石垣島に属するとして、日本の領土であることが国際的に認められました。
 それ以降隆盛な時には村民200人程が鰹節工場に従事し、日本国民として税金を納めていました。昭和15(1940)年まで島で生活が営まれていたのです。
 1920年には中国の遭難船を漁民が救助したお礼として、中華民国 (当時の中国名、現在は中華人民共和国 )から沖縄県八重山郡尖閣諸島と明記された感謝状が届けられました。
 1951年、第2次世界大戦後のサンフランシスコ講和条約が締結され、日本領とされていた台湾に対し日本は領有権を放棄しました。その折にも尖閣は沖縄の一部として残され中国からの異議は出ていません。
 1971年6月、米国から尖閣を含む沖縄の施政権が返還されました。強調すべきは、「尖閣は沖縄への帰属であり、台湾への帰属ではない」ということです。
 外的証拠として1875年のドイツと1887年のイギリスの地図には境界線が示され琉球(沖縄)に帰属となっています。
 ひるがえって中国の動きを見てみましょう。

日本人が尖閣諸島に村を作っていたことを説明する日本国外務省サイト「尖閣諸島情勢の概要」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/c_m1/senkaku/page1w_000016.html)

 古く明、清の時代とそれ以後の文献を精査しても、尖閣に対する中国の実効支配の根拠は無く領有権は示されていません。(筑波大 尾崎教授)。
 1970年までの中国の教科書地図には尖閣諸島と明記され、日本領であることを示しています。
 しかし、1971年版からは釣魚台と表示され領有権主張の下準備を始めています。1972年日中国交正常化、その際中国は尖閣の領有権は主張していません。
 その後、1992年、中国国内で領海法を制定し、尖閣の領有権を主張し始めました。しかしこれは国際法に準じていません。
 2008年、尖閣への領海侵入が始まり、実効支配の布石を打ち始めました。
 これらの事実から日本国領土であることは明白であります。今になって中国が領有権を主張し始めたのは、海底に眠る地下資源及び、軍事と経済面での海上ルートの確保が必要になってきたからです。
 どうしてそんな無理な主張ができるのかといいますと、中国共産党は司法、立法、行政の三権の上に位置付けられており、その共産党要綱には核心的利益として領土拡張が謳われているのです。

1958年の中国の地図にも日本の領土と明記されていたことを説明する日本国外務省サイト「尖閣諸島情勢の概要」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/c_m1/senkaku/page1w_000016.html)

 美辞麗句で飾られた混同しやすい党の主張には国際世論、自由、主権在民、法の支配、いわゆる民主主義が入る余地はありません。拡張できる領土は無理にでも増やしてよいのです。
 第一次プランに尖閣と台湾、第二次に沖縄、第三次小笠原諸島を含むハワイのすぐ手前までの制海権もって米国の覇権を奪い、2049年の共産党百周年を祝おうというとてつもない構想があると言われています。
 手始めに2024年の北京冬季五輪後に尖閣への実力行使も視野に入れているそうです。
 にわかには信じがたい構想ですが今回の米中会談決裂、それに引き継ぐ両国の動きから中国の本気度が伺えます。
 つい最近もフイリピンの意向に反し、南沙諸島の排他的経済水域に中国船220隻が停泊し始めました。それには約一万人の民兵が分離乗船しているとみられています。
 これらの事実から他国に内政干渉しているのは、他でもなく中国と言わざるを得ません。日本はこの中国による野望の事実を、もっと積極的にブラジルにも世界にも発信して頂きたいものです。国際世論に誤解を植え付け後手に回らない為にも。

自由と民権は死守に値する

 旧聞になりますが50い年ほど前のまだ渡伯以前の話です。社会主義国の東ドイツから自由がある西ベルリンへ国境のベルリンの壁を越えようとして、射殺された青年の生々しい新聞の写真に目が釘付けになりました。
 衝撃でした。
 当時の日本では自由と空気はただであると思っていたのに、「自由は生死をかけるほど価値あるもの」であることを、見ず知らずの青年から死をもって教えられたようでした。悲しいかな、世界では今でも自由を求めて住み慣れた国から脱出せざるを得ない状態や、それができず虐げられた生活を余儀なくされる人々がいる、やむなき状態が続いています。
 人間らしく生きられない自由と民権がない国は、増えるべきではありません。
 米国でも中国でも覇権争いをやりたければやってくれと言えれば楽になります。
 しかし、チベットでの弾圧、ウィグル自治区での隔離収容大量虐殺(ジェノサイド)や強制不妊手術など、チャイナチスとも言われる所以になるような事を行っています。
 そしてモンゴルの学校での中国語強制、香港での英国との協定を無視し自由な言論弾圧の為の法改正や、共産党独裁の為の選挙法改定を行いました。一党独裁体制の維持にはどうしても自由な言論の規制が必要になります。偽りの民意掌握には強制弾圧をやらざるをえません。
 民意に反し、これらを実施する共産党の国には覇権をふるってもらいたくありません。自由と民権、法治国家のありようは、日本国及び世界共存の為に選ばざるを得ない道にほかなりません。
 尖閣は小さな島だから経済ととりあえずの平和を優先し争いを回避する為、占有されても仕方ないと思うのは危険です。
 その次には必ず沖縄となります。沖縄は日本国の存続そのものですから、どうしてでも守らねばなりません。
 争いが沖縄に移れば、守り抜けても一般住民を含む被害は甚大になる可能性は大です。被害を最小限にするには血を流してでも尖閣は守りぬく覚悟が求められます。その覚悟をもって、やむなくでも軍備の補強を計り、その抑止力をもって最大限の外交努力をせねばなりません。

平和がなければ経済もない。

 二宮尊徳は「経済と道徳は両立しなければならない」と説きました。そう両輪ですから片方が欠ければ成り立たないのです。また、「何が正しいかの判断は、それがお互いの繁栄、平和、幸福を高めるかどうかに基づかねばならない」と松下幸之助は述べています。
 道徳は、心に平安をもたらします。経済大国のおごりによる道徳心なしのゴリ押しではいただけません。自国のみの発展でなく相互互恵を図らねばなりません。中国国民には話あいで、そのような考え方への理解が得られる可能性はあります。
 でも中国共産党にはそのような概念はなく、人間性の尊重以上に一党独裁の継続を尊重するでしょう。日本も貿易経済を重視するあまり、横暴なやり方を黙認することはかの国を増長させることになります。
 この先、予期しないことが起これば結局は高い代償を払わせられることになります。それが人命での代償になることは絶対に避けねばなりません。経済優先の付けがいかに高いものかを歴史は多くの事例で示しています。
 直近では福島原発事故もありました。コストが高くなっても自国生産や諸国との多元性を模索すべきです。多くの国が一致した方向で立ち向かえば、さしもの中国といえどもこの先5年10年で経済の伸びは縮小するはずです。
 彼の国が世界トップの経済大国になることは好ましくありません。なぜなら弾圧される国民が増えるからです。一連の動きにより経済が一時的に減速したとしても、何が大切かは常に問い続けなければなりません。

経済戦と情報戦は平和への道

行進する中国人民解放軍の三軍(陸・海・空)儀仗隊(Kremlin.ru, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons)

 ローマの哲学者キケロは「私は最も正しい戦争よりも、最も不正な平和を望む」との言葉を残しています。どんな形であれ平和は尊いのです。では民主主義と一党独裁体制とでは、どちらが平和を維持し易いでしょうか?
 独裁の下の弾圧により、一時の繁栄を謳歌しても長続きしません。そこには必ず虐げられる側が存在します。一部の犠牲の上に成り立つ繁栄は真の繁栄ではありません。強硬手段で繫栄しても、膨れ上がるのは早いけれどもしぼむのも早いでしょう。
 言論の自由と主権在民、法の支配の民主主義のありようを植え付けなければなりません。それには経済を用いるのが現時点での有効手段の一つです。
 米日豪印のクアッドの動きにみられるように、なるべく多くの国と一致協力して彼の国への工場進出を控え貿易を減らしましょう。なせるなら第二の祖国ブラジルもそこに加わってもらいたいものです。
 生死に関わる食料の輸出を止めるのは輸出国より輸入国の方がダメージは大きくなります。それが世界平和への道につながるのであれば、今の利益を捨ててでも価値あることだと思われます。
 その土壌作りに積極的に情報の発信をお願いしたいものです。勿論輸出相手国として代替国を見つけるのは容易ではありません。その困難な外交交渉こそが政治が取り組む課題と思われます。生産量が減り不況が襲っても、人命が失われる戦争よりはずっとましです。
 情報戦は既に始まっています。惑わされてはなりません。
 ワクチン外交や5G外交そしてサイバー攻撃。WHOによる、今を揺るがすコロナウィルス発生源探査への情報隠蔽をなぜしなければならないのかの疑問、その上、領土拡張、それを平然とできるのが一党独裁なのです。忘れてならないのはその下では人間性の否定が当然のように行われている事実です。
 地理学者の予測では20~30億年後には、地殻変動で又アメリカ大陸とアフリカ大陸はくっつき、アジア大陸も太平洋の国々と一つになるそうです。
 地球の気の遠くなるような時の流れの中では、現在は瞬時の輝きにしか過ぎません。事の大小を問うたり領土拡張などをするのは無意味なのです。
 それよりも今生きている生の人間を大切にしてもらいたいものです。
 最後にこの言葉を共に味わいましょう。核廃絶の願望をも乗せて伝えましょう。今私達がお世話になっているブラジルへ感謝の念を込めて。 「人知を超えた平和は望みません、平和をもたらす人知を望みます」ヘレンケラー
(参照 : 青山繁晴チャンネル・ぼくらの国会 – YouTube)

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