ホーム | 日系社会ニュース | サンタクルス病院=29日に「日本病院」名復活=戦中の連邦介入以来79年ぶり

サンタクルス病院=29日に「日本病院」名復活=戦中の連邦介入以来79年ぶり

左から柳澤渉外担当、辻委員長、佐藤理事長、平田グスタフォ法務部長

左から柳澤渉外担当、辻委員長、佐藤理事長、平田グスタフォ法務部長

 サンパウロ市南部にあるサンタクルス病院(Hospital Santa Cruz、佐藤マリオ理事長)は7日、同院の創立記念日4月29日を機に「サンタクルス日本病院(HOSPITAL JAPONÊS SANTACRUZ)」へと改名することを発表した。改名は4月の理事会で決定。石川レナト前理事長時代から設立時の「日本病院」へ戻そうという動きがあり、昨年様々な日本側からの寄付を受け、今年役員が代わったことを機に改名に至ったという。

 改名の経緯について柳澤智洋渉外担当責任者は、「原点に立ち返ることが大事と考え、過去も未来も日本と共に歩んでいこうと改名に至りました」と説明した。
 同病院は皇室の御下賜金や日本政府の支援を受け、1934年4月29日に落成、設立当時は「日本病院」として親しまれていた。戦争中の42年に敵性国資産として連邦政府の介入を受け、日系社会が経営主体を担えなくなると同時に、「日本」を冠した名前も禁止された。
 同院は昨年、三井物産と宮坂邦人財団からの資金寄付を受けて外来手術センターや人工透析部門のリフォームを行い、コロナ患者と接触のないよう別の動線を確保してきた。

サンタクルス病院

サンタクルス病院

 さらに、日本国政府が発展途上国に向けて支援を行う「草の根・人間の安全保障無償資金」を、在聖総領事館を通して受けて人工呼吸器4台を贈与された。この人工呼吸器は12月に到着し、1月から試験運転を行い、2月に緊急治療室に正式導入されてから多くの命を救ってきた。
 また、来年2年の完成を目指す「がんセンター」はJICAブラジルの支援によるもので、3億円の資金援助を受けて進められている。
 がんセンター完成後は「ホテルコンシェルジュのような案内担当者を配置し〝おもてなし〟を強く意識した接客」と「ACカマルゴがんセンター、サンパウロ州総合大学(USP)病院などから人材を確保し最高の布陣を揃える」と辻マルセロ病院長は意気込みを語る。
 ACカマルゴがんセンターは州のがん医療を牽引する組織だ。サンタクルス病院とも縁が深く、同センター開設者アントニオ・プルデンテ医師は過去、日本病院開設時に在籍し、そこから独立して同センターを設立したという歴史がある。
 13日(木)には、関係者のみで改名を記念した式典が開催される予定。


□大耳小耳□
 おもえば聖市には「hospital alemão oswaldo cruz(オズワルド・クルス・ドイツ病院)」「hospital israelita albert einstein(アルベルト・アインシュタイン・イスラエル病院)」「Beneficência Portuguesa(ポルトガル慈善病院)」など国名が付いた、移民由来の立派な病院がけっこうある。サンパウロ日伯援護協会の日伯友好病院もブラジル名は「Hospital Nipo-Brasileiro」で、いわば日系ブラジル病院。今回晴れて「日本病院」が復活することで、さらに日本勢の存在感が大きくなる?

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