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《記者コラム》CPIで追い詰められて過激化するボルソナロ

9日、ブラジリアで約1千人の二輪デモを先導するボルソナロ大統領。SNS呼びかけによる岩盤支持層の存在をアピール(Foto: Marcos Corrêa/PR)

 「ああ、神よ。私がこの大統領令を下さなくても済むように祈ります。もし下したら、全大臣の総力をもって実行され、司法から差し止められることはない」――5月5日、プラナルト宮でボルソナロ大統領はそう思わせぶりに演説した。

 分かりやすく言えば、非常事態宣言の中でも一番厳しい「例外状態(Estado de sítio)」を出す準備ができているぞと脅している。大統領は、連邦議会からコロナ禍CPIで攻められ、最高裁からはルーラ放免やフェイクニュース捜査などで追い詰められている。そんなに自分に敵対するなら、一気に専政体制に変えてやるゾと脅している。
 そのすぐ後の7日、ロライマ州の橋梁竣工式の演説でも大統領は、次の演説(https://www.gov.br/planalto/pt-br/acompanhe-o-planalto/discursos/discurso-do-presidente-da-republica-jair-bolsonaro-na-cerimonia-alusiva-a-liberacao-de-trafego-na-ponte-sobre-o-rio-madeira-na-br-364-no-distrito-de-abuna-porto-velho-ro)もした。
 いわく「私の海軍、私の陸軍、私の空軍は、憲法の4行(※「Estado de sítio」を規定した憲法137条のことと思われる)の範囲内で活動している。もし彼ら(支持者)が私たちにこのように行動してほしいと思っていて、それが正しいのであれば、彼ら(軍)はここで憲法を実行するだろう(A minha Marinha, o meu Exército e a minha Aeronáutica, jogam dentro das quatro linhas da Constituição. Se querem que nós ajamos dessa maneira e tem razção, tem aqui aquele que fará cumprir aqui a Constituição.)」
 例によって「私の海軍、私の陸軍、私の空軍」といかにも「軍の圧倒的な支持を得て私物化している」かのニュアンスを漂わせている。まるで政権と軍がべったり癒着した独裁体制のベネズエラを思わせる。
 たしかに1988年憲法下では、国家的大騒動、戦争、内乱、外国武装勢力の侵攻などの緊急事態において、連邦議会や最高裁などを一時的に停止して、大統領が専制的な執政権を行使する「例外状態」が認められている。
 30日間までに制限されているが、戦争状態の場合は延長できる。言うまでもなく、外国に攻められるなどの国家存亡の危機において、いちいち話し合いをして決めていては侵略されてしまう。そんな特別に緊急な場合に発令される、超例外的な大統領令、いわば国家元首の〝伝家の宝刀〟だ。ちなみに日本国憲法にはこれがない。
 ボルソナロ大統領の場合、これを発令して、外出自粛規制をしている連邦自治体に軍隊を派遣して、レストランや商店、会社が通常営業できるようにし、市民が働き、動けるようにすると脅している。外出規制をしている州や市の首長はおおむね反ボルソナロ派だから、それを強権主義的に武力で抑圧するという攻勢をかけたくてウズウズしているようだ。
 これをやれば一時的に経済は回復するかもしれないが、感染爆発が再燃し、第3波になる可能性が高いと言われる。第3波が収まるまでに、この4月の比ではない10万人/月以上のコロナ死者が出ることもありえる。
 おそろしいのは「例外状態」を無期延長して、専制政治にするのではないかという危険性だ。これは軍の支持があれば、「事実上のクーデター」として実行可能だ。
 5月1日「労働者の日」の大統領支持者デモには、軍事クーデターを歓迎するメッセージがあちこちに発っせられていた。1964年4月1日の軍事クーデターの際にも、それを支持する国民は相当数いたと言われているので、いつの時代にもそれを支持する勢力は一定数いる。

軍内部ではボルソナロは邪魔者、モウロン待望論

 そこで重要になる軍における大統領支持の具合だ。60~80年代に軍事政権が席巻した南米という土地柄だけに、軍の姿勢は常に重要だ。
 「《記者コラム》頼みの綱の軍部からも一線を引かれた大統領」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210406-column.html)でも詳述した通り、コロナ禍CPI開設を阻止しようとした大統領が、当時の防衛大臣に自分を後押しするSNS投稿を頼んで断られたことに端を発して、3月30日に同大臣を解任。それに反発する意味で、翌31日に3軍の総司令官が総辞職したことは記憶に新しい。
 5月3日付アンタゴニスタ・サイト記事「ボルソナロが邪魔者になったので、大将たちはモウロンに政権を任せたい」との軍内部の声を伝えている。アミウトン・モウロンは陸軍予備役大将にして、現副大統領だ。
 セルジオ・エチェゴエン陸軍予備役大将(テメル政権時の大統領府安全室長官)がエル・パイス紙の記者に「2022年の選択肢はルーラかボルソナロか?」と問われて、「地面に座って泣くだけさ」と答え、ボルソナロを選んだことを後悔したことを伺わせている。軍には「ボルソナロを外して、モウロンを据える」という意見を披露する者もいたとある。
 同紙にはマルセロ・ピメンテル・ジョルジ・デソウザ予備役大佐は「モウロンならゴール前でボールを止められることなく、しっかりとゴールに向き合う」とのコメントが掲載された。

軍側の反ボルソナロ勢力の一人、ゼネラル・パウロ・シャーガスの記事

 元陸軍大将で反ボルソナロ派の政治家ゼネラル・パウロ・シャーバス氏は、「ボルソナロはコロナウイルスの危機はおろか、他の問題も解決しようとしない。ただ自分が正しいと思いたいだけ。虚栄心、頑固さ、あるいはリーダーを定義する資質である謙虚さの欠如を示している」とSNSに厳しい投稿をしている。一方、モウロンに関しては「彼は民主的な手続きに則って、全てに秩序を与えることができる」と持ち上げる。
 だが、そうするには、CPIで大統領の責任を明確にし、罷免審議に持ち込む必要がある。CPIの流れ次第では、その選択肢は十分に予想される。この流れからすれば、少なくとも現状では、大統領が「例外状態」宣言することに、軍は賛成しない可能性が高い。
 だから6日付アンタゴニスタ・サイトには「例外状態」をちらつかせる大統領への最高裁の反応として、「判事たちは、ボルソナロ大統領は自分が〝紙の虎〟であることを示したと思っていると、ジルマール・メンデス判事は語った」(https://www.oantagonista.com/brasil/ministros-do-stf-dizem-que-bolsonaro-e-um-tigre-de-papel/)と報じた。つまり、ただのこけおどしだと最高裁は見ている。

すでに「逃亡将官」と言われ始めたパズエロ

 現役陸軍中将のパズエロ前保健大臣は、コロナ禍CPIで5日に証言する予定になっていた。
 アンタゴニスタ・サイト4日付「CPI委員長は陸軍総司令官に電話した」(https://www.oantagonista.com/brasil/presidente-da-cpi-ligou-para-o-comandante-do-exercito/)によれば、オマル・アジスCPI委員長はわざわざ、パスエロ召喚の件で、事前にパウロ・セルジオ・ノゲイラ陸軍大将に「軍と事を荒立てる気はまったくない。あくまで民間の元大臣として、対面で話を聞きたいだけだ」と事情説明の電話を入れていた。大将も事情は理解していると答えた。
 だが、パズエロは「コロナ感染症に罹った可能性がある」との理由で、直前に対面ではなくオンラインの証人喚問にしてくれと願い出て却下され、19日に本人立ち会いのもとに証人喚問という形に延期された。
 ところが翌6日パズエロが泊まるホテルに、オニキス・ロレンゾニ大統領府秘書室長官がこっそりと訪問して対面で懇談したことがエスタード紙によってすっぱ抜かれ、上議たちの気分を強く害したと報道されている。
 そもそもパズエロは「コロナ感染症の疑い」と申し出た際もPCR検査すらしておらず、すでにメディアは「大臣でいる間はコロナ感染など気にせずマスクもしなかったのに、CPIになったら急に感染を怖がるという奇妙な行動を取り始めた」とか「CPIから逃亡した将官」と言い立てている。
 CBNラジオ7日朝、ジャーナリストのラウロ・ジャルジンは「パズエロはファビオ・ワインガルテンに何を言われるか怖くて逃げたようだ。彼が今週証言する内容を聞いてから自分の言い分を考えて証言するつもりようだ」と見ている。
 ワインガルテンは12日(水)にCPIで証言する予定。これが今週の山場だと言われている。

4月30日、サンパウロ州軍警と記念撮影する自動小銃を手にしたボルソナロ大統領(Foto: Júlio Nascimento/PR)

 本紙4月24日《大統領広報役が雑誌でパズエロこき下ろし=全責任を擦り付け、切り捨てか》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210424-13brasil.html)で詳報したように、大統領府社会通信局(SECOM)元局長で、ボルソナロ氏の広報役をつとめていたワインガルテンが、ヴェージャ誌のインタビューでパズエロを「無能、役立たず」とこき下ろした。
 閣僚時代からワインガルテンはパズエロと折り合いが良くなく、口論が多かったとか。ワインガルテン自身が紹介した米国ファイザー製薬は、政府に対し7千万回分のワクチン契約を求めたが、話が進展せず頓挫した。
 その経緯に関し、ワインガルテンはヴェージャ誌に「官僚主義が行き過ぎていた上、担当者たちが無能で役立たずだったから」と批判、「それはパズエロ氏のことか」との質問に、「彼を含む保健省のスタッフのことだ」と答えた。
 このような経緯から、パズエロはワインガルテンからの批判を何よりも恐れている。

CPIの表舞台に上げられた次男カルロス

 ボルソナロがコロナ禍CPIに呼応するように、発言を過激化させている影には、次男カルロスの影響が大きいとオ・グローボ紙6日付「CPIの圧力を受け、カルロス・ボルソナロが政府の広報を再掌握し、父に演説を過激化させるよう仕向ける」(8日参照、https://oglobo.globo.com/brasil/com-pressao-da-cpi-carlos-bolsonaro-retoma-comunicacao-do-governo-aconselha-pai-radicalizar-discurso-25005)が報じている。
 同記事いわく、中道派勢力セントロンは政権と手を結んで以来、「大統領は発言をもっと穏健に」と進言してきており、逆にカルロスは政権の広報から遠ざけられていた。だがCPI開設となった2週間前からカルロスは復活し、父が出席する閣僚会議に出ずっぱりで戦略指南をしてきた。その結果が、今のような演説の過激化につながっていると同記事は分析している。
 カルロスは、大統領府直属の〝嫌悪部隊〟と直結していると噂されており、SNSにおける政敵攻撃と大統領評価アップ操作の総指揮者と見られている。
 彼が、父と右派イデオロギーの闘争的活動家とのつなぎ役になっているとみられており、この2週間のうちに久々に比較的に規模の大きな5月1日抗議デモが呼びかけられ、実行されるなど、確かに大統領支持基盤が活発化した機運がある。
 カルロスが入るとSNS応答が活発化するが、それと同時に、連邦議会や司法界との実際の交渉がなくなる傾向が報じられている。つまり、ボルソナロの思考がネット世界で孤立化、過激化する傾向が強まる。

コロナ禍CPIの一番手として証言したマンデッタ元保健相(Foto: Jefferson Rudy/Agência Senado)

 カルロス再介入の傾向を加速させるキッカケとなったのは、CPIで最初の証言を行ったマンデッタ元保健大臣だ。保健省のコロナ対策委員会とは平行して、大統領府に「影の対策委員会」が存在し、そこにカルロスが出入りして影響を与えていたことを証言した。
 大統領にとって家族や身内がCPIで攻撃されることは、最も避けたいことだ。マンデッタは「全て本に書いたから、別に新しいスキャンダル話はない」と前置きしながら、証言では核心を突いた。

タイス・オオヤマのコラム。彼女はこのたび、ブラジル日本文化福祉協会の広報理事に就任した

 ジャーナリストのタイス・オオヤマは、UOLサイト5日付で《カルロスを舞台に上げることで、マンデッタはボルソナロのアキレス腱を標的に入れた》(https://noticias.uol.com.br/colunas/thais-oyama/2021/05/05/deixa-de-mandetta-para-convocar-carlos-foi-petardo-direto-contra-bolsonaro.htm?utm%E2%80%A6%201/4)というコラムを発表した。
 いわく《元大臣は、経験豊富な政治家の冷徹さと、一見何も望んでいないかのように油断させる方法を持って、大統領の最も不安定な息子であるカルロス・ボルソナロが、いくつかの会議で「父親の後ろ」にいたことに言及した》と指摘した。今まで父の後ろに隠れていたカルロスが、マンデッタによって舞台に上げられた。その反応が父の演説の過激化に反映されているようだ。
 それに加えてマンデッタは、在任中に大統領に宛てたコロナ感染症対策の考え方に関する書簡を、CPI委員会に今回提出した。これは「◎◎をすべき」という内容が列挙されたもので、大統領はそれを知っておきながらやらなかった、つまり「不作為の証拠」として委員会はこれを重視している。
 オオヤマが指摘するとおり、マンデッタは「経験豊富な政治家の冷徹さ」を持っている。

ブラジリアを跳梁跋扈するルーラ

ルーラ(左)とサルネイの昼食を報じるアジェンシア・エスタード記事の一部

 7日のCBNラジオでジャーナリストのベラ・メガリは、注目のルーラによるブラジリア訪問に関して、彼が宿泊するホテルにはひっきりなしに左派やセントロン系の政治家が訪問する姿が見られ、「ボルソナロを不機嫌にさせた」と報じた。その数、わずか数日間で15人以上とも。
 6日付アジェンシア・エスタード配信記事(https://www.correiobraziliense.com.br/politica/2021/05/4922833-lula-almoca-com-sarney-em-busca-de-palanques-regionais-com-mdb.html)によれば、ロドリゴ・マイア元下院議長、セントロンのジルベルト・カサビ元聖市長(PSD)、農牧族重鎮のカチア・アブレウ上議など。ロドジゴ・パシェッコ上院議長とも会おうとしたが時間が合わなかった。リラ下院議長はボルソナロが横やりを入れて会わせなかったと報じられている。今回レナン・カリェイロスとは会っていないが、わざわざ会うまでもなく頻繁に電話で連絡を取り合う関係だという。
 英国、ドイツ、アルゼンチンなどの外国大使とも会っており、ワクチン調達に関する意見交換をしたようだ。そもそもロシアのスプートニク・ワクチンを北東伯知事たちに紹介したのも、プーチン露大統領と通じているルーラ元大統領と報じられており、それ故にボルソナロの息のかかったAnvisaが承認を渋っているという分析をするジャーナリストもいる。
 今回特に騒がれたのは、6日のサルネイ元大統領との昼食だ。MDBの重鎮であり、来年の選挙に向けセントロン・MDB・左派を束ねる大連合の地盤を整えている。
 ルーラは緊急支援金を600レアルに上げること、ボルソナロの足元であるリオに左派政権を樹立すること、コロナ収束後できるだけ早くノルデスチを初めとする全国巡回を果たしたいと考えていることなどが伝えられている。
 ネット世界に孤立・過激化するボルソナロ、足を使って人脈を広げるルーラ。その方向性の違いがもたらす結果が来年現れる。一つだけ明らかなのは、22年大統領選挙はもう始まっている―ということだ。(敬称略、深)

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