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連載小説

連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第115回

ニッケイ新聞 2013年7月13日  日本から持ってきたカメラや小型テープレコーダーは売り払ってしまい、金目のものはなかった。仕方なく児玉はテレーザに助けを求めた。理由を説明すると、二つ返事でテレーザのアパートで生活するのを許してくれた。  パウリスタ新聞一面の入稿作業は夜の八時には終わっていた。仕事を終え、コンデの坂を上りジョ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第116回

ニッケイ新聞 2013年7月16日  時事通信から配信されたニュースで一面記事を作成していた。午前中に翌日の新聞のトップ記事と右肩にどの記事を掲載するかなどを決め、その原稿を印刷工場に回し、記事のタイトルを四階の写植部に回しておけば、昼休みから夕方四時、五時までは何もすることがなかった。  編集室は窓際から翻訳・スポーツ欄の小笠 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第117回

ニッケイ新聞 2013年7月17日  目下のところ、ブラジルの在日権益代表であるポルトガル総領事館から旅券の発給を受けた日系ブラジル人は前記中平兄弟のほかサンパウロ市生れの千崎クララ夫人(二十六=杉本芳之助令嬢)および令嬢の四人だけであるが、中平兄弟の方は他の航空会社の通し切符まで手にいれている関係で、終戦後の日系ブラジル人のブ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第118回

ニッケイ新聞 2013年7月18日  戦死した二世の家族の所在先は、サンパウロ総領事館ですぐに割り出すことはできた。児玉は土曜日、日曜日を利用してその取材を始めた。パウリスタ新聞の取材ではなく個人の取材なので取材車を持ち出すことはできなかった。児玉はマリーナとの会話学習を復活させるために、彼女を取材に誘った。サンパウロ市から遠く ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第119回

ニッケイ新聞 2013年7月19日  思わず児玉が聞き返した。 「広島と長崎は原爆で廃墟になった。何十年も草木も生えない。ピカドンにやられてみんな死んでしまった。そんな記事を読んで喜ぶ日本人がいると思うのか」  甲斐一家も一旗上げるつもりでブラジルの土を踏んだのだろう。故郷には家族もいる。まして長男が帰国し、帝国陸軍の兵士として ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第120回

ニッケイ新聞 2013年7月20日  十八家族五十四名は、リオデ・ャネイロで下船、イーリャ・ダス・フローレス移民収容所に一先ず入所した後、アマゾンに向かった。四人の孤児はそのままサントス港に向かい、彼らがブラジルの土を踏んだのは、それから二日後の十三日のことだった。「明るく瞳輝いて、孤児四名元気で着く」という見出しで、二月十四日 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第121回

ニッケイ新聞 2013年7月23日 「なんだ、児玉さんは叫子さんを目当てに飲みに来たんだ。残念ね、彼女はいい人を見つけて、今はアクリマソンで暮らしているらしいよ」 「そうなんだ。どこのアパートだかわかる?」 「叫子さんと仲の良かった子がいるから、ちょっと待ってて」  彼女はサトミというホステスを連れてきた。児玉はボックス席で二人 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第122回

ニッケイ新聞 2013年7月24日 「日本で記事が出るとなると、家族が読む可能性が出てくるので……」いつもの小宮らしからぬ歯切れの悪い返事だ。  しかし、すぐにいつもの小宮に戻り、意を決したように言った。 「児玉さんの取材はお受けしたいと思います。でも、少し時間をいただけますか。私たちがホントに揺るぎない幸福な生活を築くまで待っ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第107回

ニッケイ新聞 2013年7月2日  他の整備士も技術を習得しようと懸命になっていたが、竹沢によるとパウロは何度説明してもオートバイのメカニズムを理解しようとしないと嘆いていた。その理由は現場で教えているとすぐにわかった。  最初のうちはパウロだけではなく、ブラジル人は小宮の説明をノートにメモするどころか、メモ用紙さえ持っていなか ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第123回

ニッケイ新聞 2013年7月25日  そんな交渉をしている横のテーブルで中野が、A3の封筒から結婚式の写真のような表紙のついたアルバム三枚を取り出し、児玉に差し出した。中野は子供の頃、北海道から移住してきた一世で、ブラジル全土を広告取りに飛び回っていた。 「何ですか、これ?」児玉が聞いた。  しかし、中野はそれには答えずに、エス ...

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