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移り住みし者たち=麻野 涼

連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第91回

ニッケイ新聞 2013年6月8日  いつものように唇を腹部から下腹部に這わせていった。美子はため息とも喘ぎともとれる声を漏らしながら、児玉の愛撫を受け止めていた。 「顔を見せて」  美子が言った。児玉は美子の中に入り、突き上げるように腰を何度も上下させた。酒のせいか、あるいはいつも射精をコントロールされてきたせいなのか、果てそう ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第92回

ニッケイ新聞 2013年6月11日  在日の学生の多くは韓国の民主化、祖国の統一を懸命に模索していた。「北であれ南であれわが祖国」という思いを彼らは抱いていた。分断国家が統一され、確固たる国家が建設されれば、日本人の差別から解き放たれると考えている在日も少なくなかった。  帰化している美子に身の置き場がないのは当然だった。その話 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第93回

ニッケイ新聞 2013年6月12日  児玉と寝る時だけは、コンドームの着用をうるさく言わなかった。その理由を知ったのは、付き合うようになってしばらくしてからだった。彼女と食事をした後、テレーザは錠剤を服用した。 「いつも何を飲んでいるんだ」 「ビタミン剤よ」  児玉はその言葉を疑うことさえしなかった。  トニーニョは自分の寝室に ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第94回

ニッケイ新聞 2013年6月13日  テレーザは冗談のつもりなのだろうが、児玉は血の気が失せていくような気分だった。うなされながら朴(パク)美子(ミジャ)の名前を叫んでいたのだ。  それを知って以来、トレメ・トレメで寝ていても、うなされ夜中に飛び起きてしまう。午前二時、三時に目が覚めると、夜が明けるまで一睡もできない。児玉は仕方 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第95回

ニッケイ新聞 2013年6月14日 「本物は美味しいね」 「ニセモノなんてあるのか」児玉は不思議に思って聞いた。 「あるよ。パラグアイから入ってくるウィスキーはニセモノが多いのさ」  パウリスタ新聞にはパラグアイは酒好きには天国だと紹介されていた。パラグアイは海には面していないが、海軍がある国なのだ。アルゼンチンとパラグアイとの ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第96回

ニッケイ新聞 2013年6月15日 「ジャポネース、教えてあげるよ。ブラジルには男も女も、生きている人間の数だけ肌の色の違う人間がいるのさ。でもこの国には、二種類の人間しかいないよ。金持ちと貧乏人のどちらかさ。お前さんも手遅れになる前に、こんなファベーラ同然のアパートから一日も早く出ていくことだよ」  サンドラはバスルームに入り ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第97回

ニッケイ新聞 2013年6月18日  どの記事を一面トップにするか、日本の新聞を参考にして、紙面構成を考え、午前中に一階の印刷工場へ原稿を送る。  見出しは写植、記事は鉛を溶かした活字で組まれ、そのゲラが夕方の六時くらいに上がってきた。昼食を自宅に戻ってするという口実で、ゲラ刷りが上がってくるまで、児玉はトレメ・トレメで熟睡した ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第85回

ニッケイ新聞 2013年5月30日  自分にかけていた布団をずらして児玉の足にかけようとした。その布団の上に抜け落ちた屋根の隙間から容赦なく雪が舞い込んでくる。湿気を含むだけ含み重たくなった掛け布団をずらす力も老人にはなかった。掴んだ布団の淵から手が外れて、児玉の膝にぶつかった。弱々しく、軽く叩かれたような感触でしかなかった。 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第84回

ニッケイ新聞 2013年5月29日 「持ち帰りが一匹、二匹くらいなら、その被爆者は簡単に死なないんだ。でもごっそり付いている時は、翌日訪ねていくとほとんど死んでいたよ。シラミは死んだ人間の血でも吸うと言うけど、違うんだ。もうすぐ死ぬ人間から離れて生きのいい人間の方へ移動する。うわ言のように広島、広島って言いながら死んでいった被爆 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第83回

ニッケイ新聞 2013年5月28日 「父も母も韓国人なの。私の中に流れているのはまぎれもなく韓国人の血なの」  「韓国人の血」、「民族の血」という言葉を美子はしばしば口にした。その強い口調とは対照的に、美子はいつも自分の中にある不確かさに脅えていた。地図も持たずに不慣れな山に登るようなおぼつかなさを彼女は常に抱えていた。  児玉 ...

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