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オーリャ!

コラム オーリャ!

 さきごろ、大阪橋袂で日本人路上生活者が〃発見〃されたとき、地元から「援協はすぐにも援助の手を差しのばすべきだ」との声があがった。援協の態度は「本人から助けてくれ、と要請がなければやらない」。予算が潤沢でないので、こういう態度も理解できる。  二十六日、フィリピンのミンダナオ島などで旧日本兵二~四人が生存している、という情報が日 ...

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 ブラジルの現実と矛盾を知りたいなら、ゾナ・ノルテのザキ・ナルシ(Zaki Narchi)通りをみたらよい。三世のジャーナリスト、アンジェロ・イシさんは著書の中でそう綴った。  モルンビー・スタジアム横のジオヴァニ・グロンシ(Giovani gronchi)通りを、千五百メートルほど上ったあたりも似たような光景だ。道路を境に、山 ...

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 先日、取材で自然分娩に関するビデオを見せてもらった。その自然分娩は、妊婦が分娩台に横たわって医者に任せるのではなく、産む直前まで歩いたり、シャワーを浴びたりし、自然な体勢で赤ちゃんが出てくるのを待つ、超・自然分娩だ。 それから、高校生の現代文で読んだ一つの詩を思い出していた。吉野弘の『I was born』という散文詩の中で、 ...

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 ブラジルのインディオ社会の実地調査をまとめた『悲しき熱帯』が刊行されて五十年がたった。 この人類学の古典を、二十二日付フォーリャ紙が特集を組んで再検証。日本を愛着してやまない著者レヴィ・ストロースがかつて、邦訳版に寄せた序文も転載していた。  仏人ストロースは一九三五年、創設されて間もないサンパウロ大学に赴任しており、同書には ...

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 「羽黒高校野球部効果」といったらいいか、パラナから日本大学佐野高校(栃木県)へ、二人の高校生が、七日、三年間の留学に旅立った。ウイルソン・ヴィアナ君(16、ロンドリーナ)がその一人。イビウーナの野球学校生であった。  同選手は、幼少年、少年、準青年クラスのブラジル代表の投手、外野手として活躍。今後日本では、高校、大学チームで甲 ...

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 かつては、「日本人が三人集まれば、会を作る」と言われていたと聞く。組織的活動を得意とし、私を滅してでも所属団体に尽力するのは、日本人の特質といえよう。  そこで出てくるのが世代論。南銀やコチアの崩壊を次世代の責にする言は、今やコロニアで世代交代を語る際の枕言葉のようだ。「リーダーと呼ばれていた人たちは、私財を投じてまで団体の発 ...

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 「条文と格闘しなさい」。大学で国際法を学んだ。恩師は環境条約が専門。法律上の抽象的な概念を頭の中でこねくり回すよう、叩きこまれたのが記憶に残っている。  先日、シャパーダ・ドス・ヴェアデイロス国立公園でIBAMA─JICAの環境プロジェクトを取材した。  決して、裕福とは言えない地域住民たち。「明日、食べるものがない人もいる。 ...

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 「(日本から)正月休みにハワイに行って、冬の俳句を詠む必要はない」。郷に入っては郷に従え、それならば今は秋か冬だ、と単純に納得したものの・・・。  句会に誘われた。秋の季語を用いて七句詠んでくる。「パイネイラ」、「ゴヤバ」、そして秋の行事。ここでは秋の雰囲気よりも旬の物の方が使いやすいかと思ったが、まだ「パイネイラ」がわからな ...

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 歴史的に繋がりの深いイベリア半島の文学史を学んで初めて、ブラジル文学の「とば口」に立てるのではないか。  サンパウロ市立図書館の正面にあるセルバンテスとカモンエスの像を見るたび、その実感は強まる。セルバンテスに比べると、日本人にはややなじみ薄だが、カモンエスは十六世紀ポルトガルの詩人だ。  ユーラシア大陸最西端ロカ岬を詠んでの ...

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 某日(木曜日)、社会保険院のピニエイロス事務所に行った。郵便の届け先変更手続きだった。以下は「体験」である。  午後二時少し前到着。整理券を受け取り、八十ほどある待ち合い席についた。十数番待ち。目の前にパソコンが十二台あり、職員十二人が仕事できるようになっていた。しかし、職員は二人しかいない。しかも、ときどき一人が席を立つ。だ ...

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