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2013年

デカセギ三都物語=なぜ日本に残ったのか=第7回=愛知編=再出発後も道のり厳しく=行き場を失った子供達は

ニッケイ新聞 2013年4月19日  2月5日午後2時半頃、名古屋駅を出て30分ほど市バスに揺られて降りると、川沿いに立つ真っ青に壁が塗られた建物が見えてきた。名古屋市にあるブラジル人学校「コレジオ・ブラジル・ジャパン」。国外在住ブラジル人を代表する機関「在外ブラジル人代表者協議会」の元評議員会長、篠田カルロスさん(二世)の経営 ...

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ブラジルに於ける茸栽培の沿革と一考察=野澤弘司=(2)

ニッケイ新聞 2013年4月19日  ブラジルのキノコ栽培の歴史的、技術的経緯を知るには、ブラジルのキノコ業界の発展に偉大な足跡を遺した古本が、故橋本梧郎植物分類学者に請われて執筆し、1983年に農林水産省熱帯農業研究センターから刊行された、熱帯農業技術叢書 18号「ブラジルの野菜」の最終章(355?376ページ)に掲載された菌 ...

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ブラジルに於ける茸栽培の沿革と一考察=野澤弘司=(1)

ニッケイ新聞 2013年4月18日  はじめに、この拙文は移民100年史編纂委員会からの要請により、移民100年史農業編第五章第一節キノコの項に掲載する目的で、約3年前に執筆した草稿である事をご理解頂きたい。  其の為、私は当編纂委員会が催した会合にも何回か出席し、ブラジルに於けるキノコの生産と流通に関する1930年代から200 ...

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デカセギ三都物語=なぜ日本に残ったのか=第6回=岐阜編=「節度ある生活学んだ」=地域に根を張りたいブラジル人

ニッケイ新聞 2013年4月18日  なぜ日本語を使わないのかと伊禮門さんに問うと、「言っていることはわかる。でも、自分からは話さない。間違うのが恥ずかしいんだ」と言い訳し、取材中も一貫して早口のポ語で通した。  しゃべらなくなった直接のキッカケは、訪日直後に勤めた工場で日本人従業員から「(日本語が)下手くそ」とからかわれて嫌気 ...

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米国日系人の食卓コラム=私のログキャビン・スキヤキソング=ニムラ・タミコ(著)=長 里子(訳)=(下)

ニッケイ新聞 2013年4月17日  わが家のログキャビンシロップ入りレシピは私のお気に入りでしたが、以前、異性化糖問題があった時期は使用を控え、代わりにメープルシロップを使いました。でも、私が好きなレシピは、やはりログキャビンを使ったものです。ログキャビンは、私にとっての典型的日系アメリカ人家庭料理の中の、典型的な新天地アメリ ...

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デカセギ三都物語=なぜ日本に残ったのか=第5回=岐阜編=「大事なことは日本で学んだ」=子供のため帰国は選ばず

ニッケイ新聞 2013年4月17日  その後、後藤佳美さんは種明かしのようにこう言った。「ソニー問題で大手メディアが取材に来たけど、最初からストーリーを作って取材していたという印象がある。事実とは違うように書かれていたのがね…」。  町全体が大変なことになっている、路頭に迷う外国人…。センセーショナルな見出しを付ければ、それだけ ...

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米国日系人の食卓コラム=私のログキャビン・スキヤキソング=ニムラ・タミコ(著)=長 里子(訳)=(上)

ニッケイ新聞 2013年4月16日  北米ロサンゼルスに所在する全米日系人博物館が運営するサイト「ディスカバー・ニッケイ」(DiscoverNikkei.org/ja)では、ニッケイ食文化が日系人のアイデンティとコミュニティに及ぼす影響というテーマで文章を募集し、「いただきます! ニッケイ食文化を味わう」というエッセイのシリーズ ...

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デカセギ三都物語=なぜ日本に残ったのか=岐阜編=最大手雇用企業が閉鎖—=偏ったマスコミ報道?

ニッケイ新聞 2013年4月16日  大手電機メーカー、ソニーの子会社でエレクトロニクス商品の製造・修理などを手掛けるソニーイーエムシーエス株式会社(東京)の美濃加茂市の工場「美濃加茂サイト」が3月末で閉鎖すると昨年10月に発表され、大手マスコミの「揺れる美濃加茂」報道が飛び交った。  昨年10月末時点で、全就労者2千人強のうち ...

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第3回=三重編=美濃加茂編=ソニー閉問題に揺れた街=ブラジル友の会は今

ニッケイ新聞 2013年4月13日 三重編  愛伝舎のヘルパー講座を受講する林田マリナさんは、女手一人で子供を育てるため、さまざまな仕事を経験した。化粧品アドバイザーの資格も取った。リーマンショックでは失業は免れ、工場の派遣契約満了後に講座に通い始めた。「人と話をするのが好きで、お年寄りは大事だと思う。だから福祉や介護の仕事をし ...

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デカセギ三都物語=なぜ日本に残ったのか=三重編=否定しない帰伯の可能性=「娘を大学に通わせたい」

ニッケイ新聞 2013年4月12日  サンパウロ市生まれの阿部チエミさん(23、三世)は二世の父、非日系の母と一歳半で訪日した。両親は「2年」の予定をしていたが、結果的に「20年」になった。まさにデカセギ版準二世、もしくは子供移民だ。  鈴鹿市に住んで4年で、家族で経営する保育園「Carinho da mae」を手伝う。南米国籍 ...

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