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JICA青年ボランティア リレーエッセイ=最前線から =連載(35)=池田玲香=マリアルバ文化体育協会=子供と正直に向き合って

2006年3月30日(木)

 私がブラジルに来て、一番困ったこと。それは言葉や文化の違いではなく、習慣のちがいだった。躾の違いと言ってもいいかもしれない。それは一年経った今も、私の前に大きな壁となって立ちはだかっている。
 私は大雑把な性格で、あまり物事を気にしない。それが人事となると、なおさら気にもとめない。けれど今、子供達と過ごす中で、見てみぬ振りができないことがたくさんある。
 まず、「モノを大切にしない」ところだ。それが自分の物だろうと、学校の物だろうと関係ないのだ。私の目を盗んでは、物を投げることも頻繁だし、大抵の物は手荒く扱う。「こんな物、壊れるはずがないのに…」と、思う物まで壊す。
 例えば、空気入れやドアのカギ。確かに日本のものに比べ、ブラジルの物が壊れやすいと言う事は一理あると思う。でも、それにしても「物を大切にする」という意識が感じられない。
 ある日、机の上に、無残にも穴あけパンチで、ぼこぼこに穴が空けられた、プラスチックの定規が置いてあった。「どうしてこんなことをするの?」という私の問いかけに、一言「おもしろい」と答えた生徒。私はこの言葉に切れた。
 「こんなことをすると二度と使えない!どうするの!」と、くどくどと説教をした。その翌日、机の上にセロハンテープで補正された、定規が置いてあった。少しは分かってくれたのかなと、ほっとした一瞬である。
 それから「すぐ人のせいにする」のも、目に付く。何かを見て「誰がやったの?」とすぐ発してしまう私も悪いとは思う。けれど「○○がやった」「○○もやった…」。言い訳が永遠と続くから、私も叱る言葉にさらに力が入る。
 「誰がやったかは問題じゃない。どうしてそれをそのままにしているのか、どうして止めなかったのか」。それでも、「自分じゃない」と言い張るから、「やってもやらなくても、黙って見てたら一緒なの!」。ここまで言うと、生徒には、私が何を言っているのか分からないようだ。
 「自分はやっていない。見ていただけなのに先生は怒る。なんで…?わけがわからない」おそらく生徒の頭の中は、こんな具合だろう。
 私だって、子どもの頃はそんなこと理解できなかった。でも今は分かる。だから子どもにも同じようにしているつもりだ。「駄目な事は駄目だ」と。それが、国が違っても、習慣が違っても同じでいいのか。と疑問に思われるかも知れない。もちろん私だって迷う事もある。
 実は、ろくに経験もなく、日本から来ただけで教弁をとっている私が、どうしてこうも強気でいられるのかというと、理由があるのだ。それは背中を押してくれた人たちがいること。 一人は、去年まで一緒に日本語学校をしていた先生。彼はブラジルで生まれ、日本で中・高を卒業し、現在ブラジルの大学生だ。その彼がいつも言ってくれた。「先生が悪いと思ったことだったら、叱っていいんです」と。
 そして、もう一人は生徒のお父さん。立ち話の中で、こんなことを言っていた。「あなた達日本人は、日本で教育を受けた事に感謝しなければならない。何も苦労せずに、道徳心が身についているのだから」と。
 その二人の言葉が、今の私の背中を押してくれている。日本と同じようにするつもりも、そうできるとも思っていない。私はただ、「先生はそれを正しいと思わない」そういう態度をもって、正直に生徒と向き合いたいと思っているのだ。
   ◎   ◎
【職種】日本語教師
【出身地】鹿児島県鹿児島市
【年齢】23歳

 ◇JICA青年ボランティア リレーエッセイ◇
連載(34)=加藤志保=ピエダーデ文化体育協会=ブラジル―日本間で
連載(33)=今井さや香=コロニア・ピニヤール文化体育協会=村人の優しさに感動
連載(32)=中江由美=ポルトベーリョ日系クラブ=ブラジルのお盆
連載(31)=宇都宮祐子=Escola Professora Josephina de Mello(マナウス)=ひらがなや漢字を描く?
連載(30)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=コロニアで聞く戦争体験
連載(29)=相澤紀子=ブラジル日本語センター=「サンタクルス病院にて」
連載(28)=辻 伸二=セルジッペ州日伯文化協会=歌と歩んだアラカジュの2年間
連載(27)=原規子=西部アマゾン日伯協会=「アマゾンに暮らす」
連載(26)=東万梨花=トメアス総合農業協同組合=パラエンセのスピリット
連載(25)=森川奈美=マリリア日系文化体育協会=書道に日本語は必要?
連載(24)=原田陽子=ピラール・ド・スール文化体育協会=日本の反対側の日本
連載(23)=今井さや香=コロニアピニャール文化体育協会=「ブラジルの空の下で」
連載(22)=池田玲香=マリアルバ文化体育協会=気づいた「日本人らしさ」
連載(21)=山崎由加里=特別養護老人施設あけぼのホーム=〃家族とのつながり〃
連載(20)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=百周年に移民展を
JICA連載(19)=加藤みえ=ボツカツ日本文化協会=ボツカツから笑顔の風
JICA連載(18)=中江由美=ポルトベーリョ日系クラブ=「時の流れもお国柄」
JICA連載(17)=加藤紘子=クイアバ・バルゼアグランデ日伯文化協会=パンタナールに漂う空間に出会って
JICA連載(16)=宇都宮祐子=Escola Professora Josephina de Mello(マナウス)=料理アマゾナス風
JICA連載(15)=松岡美幸=パラナ州パルマス日伯文化体育協会=「人の温かみを感じる町」
JICA連載(14)=相澤紀子=ブラジル日本語センター=「何を残して何を持ち帰るのか」
JICA連載(13)=東 万梨花=トメアス総合農業協同組合=ブラジル人から学んだ逞しくなる秘訣
JICA連載(12)=森川奈美=マリリア日系文化体育協会=「笑顔の高校生達」
JICA連載(11)=原 規子=西部アマゾン日伯協会=元気な西部アマゾン日伯協会
JICA連載(10)=中江由美=ポルトヴェーリョ日系クラブ=「熱帯の中で暮らし始めて」
JICA連載(9)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=「日本」が仲立ちの出会い
JICA連載(8)=加藤紘子=クイアバ・バルゼアグランデ日伯文化協会=日本が学ぶべきこと
JICA連載(7)=森川奈美=マリリア日系文化体育協会=「気づかなかった素晴らしさ」
JICA連載(6)=清水祐子=パラナ老人福祉和順会=私の家族―39人の宝もの
JICA連載(5)=東 万梨花=ブラジル=トメアス総合農業共同組合=アマゾンの田舎
JICA連載(4)=相澤紀子=ブラジル=日本語センター=語り継がれる移民史を
JICA連載(3)=中村茂生=バストス日系文化体育協=よさこい節の聞こえる町で
JICA連載(2)=原規子=西部アマゾン日伯協会=「きっかけに出会えた」
JICA連載(1)=関根 亮=リオ州日伯文化体育連盟=「日本が失ってしまった何か」
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