ホーム | 連載 | 2006年 | JICAボランティア リレーエッセイ=最前線から | JICA青年ボランティア リレーエッセイ=最前線から =連載(38)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=「祖国」について思うこと

JICA青年ボランティア リレーエッセイ=最前線から =連載(38)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=「祖国」について思うこと

2006年4月20日(木)

 戦後移民のある方と、近頃の日本外交についてお互い頭に血を上らせ気味にしゃべっていて、ふと「この人はなんだってこんなに熱くなるのだろう」と感じたことがあった。
 二十代のはじめに日本を出て、以来日本へ行ったのは一度か二度きり、いつもきれいに刈り込んでいるが伸ばせばそれは見事な白髪だろう。古希だから、もうブラジル生活の方がずいぶん長くなる。
 とうの昔にブラジル国籍で、「俺はブラジルを愛している」と堂々たる宣言をし、「別に日本に帰りたいとも、行ってみたいとも思わんなあ」とうそぶくセリフになんのてらいもない。 そんならそこまで熱くならなくても、というわけだが、それでも、「日本のことは気になるよ」なのだそうだ。
 そこでこの人にとって、「日本」というのは何なのだろう、と考えはじめ、浮かんだ言葉は当たり前すぎてどうかと思いながら、「あなたにとって『日本』は『祖国』ですか?」と尋ねると、「そうだなあ、俺にとって、『日本』は、やっぱり『祖国』だなあ」と返ってきた。
 「祖国」という言葉は、難しくもなんともない、小学生でも知っている熟語だし、あえて意味を追及することもなかったけれども、このやりとりをきっかけに少し新鮮なものになった。 たとえば、「祖国」を持っている人が世界にはどれぐらいいて、そのなかで他ならぬ「日本」を「祖国」と想う人はどれだけいるのか。もちろん私にとっても「日本」は「祖国」ではあるが、今の私の、「日本」を「祖国」と想う感覚はとてもぼんやりしたものでしかない。
 生まれた国を本当に離れてしまわないことには、強い「祖国」感覚は持ちにくい。それもおそらくは二度と戻らない決意をもって国を出た、あるいは結果的にそうなった人の内にこそその感覚は胚胎し育つのだろう。ここにたくさんいる(いた)人たちのように。
 「君が代を聴くと、イノ・ブラジレイロと同じように胸がぐっと締めつけられる」と語る人もあった。この人にとって君が代は、「祖国」の国歌なのだろうか。二世の方だったから、とすると「祖国」感覚の継承ということもあるようだ。
 正直言って私にはよくわからない。ただ思うのは、ブラジルを愛している!と同時に日本を気にかけ、どちらの国歌にも感動できる人の存在は、ブラジルと日本との関係にとって貴重だろうという事だ。考えてみれば、我々ボランティアはそういう人たちの社会に貢献するために派遣されているのだったような気がする。
   ◎   ◎    【職種】史料館学芸員
【出身地】高知県高知市 【年齢】40歳

 ◇JICA青年ボランティア リレーエッセイ◇
連載(37)=原田陽子=ピラール・ド・スール文化体育協会=「悔しい」気持ち
連載(36)=後田聡子=レシフェ日本文化協会 =いつかペルナンブカーナに
連載(35)=池田玲香=マリアルバ文化体育協会=子供と正直に向き合って
連載(34)=加藤志保=ピエダーデ文化体育協会=ブラジル―日本間で
連載(33)=今井さや香=コロニア・ピニヤール文化体育協会=村人の優しさに感動
連載(32)=中江由美=ポルトベーリョ日系クラブ=ブラジルのお盆
連載(31)=宇都宮祐子=Escola Professora Josephina de Mello(マナウス)=ひらがなや漢字を描く?
連載(30)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=コロニアで聞く戦争体験
連載(29)=相澤紀子=ブラジル日本語センター=「サンタクルス病院にて」
連載(28)=辻 伸二=セルジッペ州日伯文化協会=歌と歩んだアラカジュの2年間
連載(27)=原規子=西部アマゾン日伯協会=「アマゾンに暮らす」
連載(26)=東万梨花=トメアス総合農業協同組合=パラエンセのスピリット
連載(25)=森川奈美=マリリア日系文化体育協会=書道に日本語は必要?
連載(24)=原田陽子=ピラール・ド・スール文化体育協会=日本の反対側の日本
連載(23)=今井さや香=コロニアピニャール文化体育協会=「ブラジルの空の下で」
連載(22)=池田玲香=マリアルバ文化体育協会=気づいた「日本人らしさ」
連載(21)=山崎由加里=特別養護老人施設あけぼのホーム=〃家族とのつながり〃
連載(20)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=百周年に移民展を
JICA連載(19)=加藤みえ=ボツカツ日本文化協会=ボツカツから笑顔の風
JICA連載(18)=中江由美=ポルトベーリョ日系クラブ=「時の流れもお国柄」
JICA連載(17)=加藤紘子=クイアバ・バルゼアグランデ日伯文化協会=パンタナールに漂う空間に出会って
JICA連載(16)=宇都宮祐子=Escola Professora Josephina de Mello(マナウス)=料理アマゾナス風
JICA連載(15)=松岡美幸=パラナ州パルマス日伯文化体育協会=「人の温かみを感じる町」
JICA連載(14)=相澤紀子=ブラジル日本語センター=「何を残して何を持ち帰るのか」
JICA連載(13)=東 万梨花=トメアス総合農業協同組合=ブラジル人から学んだ逞しくなる秘訣
JICA連載(12)=森川奈美=マリリア日系文化体育協会=「笑顔の高校生達」
JICA連載(11)=原 規子=西部アマゾン日伯協会=元気な西部アマゾン日伯協会
JICA連載(10)=中江由美=ポルトヴェーリョ日系クラブ=「熱帯の中で暮らし始めて」
JICA連載(9)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=「日本」が仲立ちの出会い
JICA連載(8)=加藤紘子=クイアバ・バルゼアグランデ日伯文化協会=日本が学ぶべきこと
JICA連載(7)=森川奈美=マリリア日系文化体育協会=「気づかなかった素晴らしさ」
JICA連載(6)=清水祐子=パラナ老人福祉和順会=私の家族―39人の宝もの
JICA連載(5)=東 万梨花=ブラジル=トメアス総合農業共同組合=アマゾンの田舎
JICA連載(4)=相澤紀子=ブラジル=日本語センター=語り継がれる移民史を
JICA連載(3)=中村茂生=バストス日系文化体育協=よさこい節の聞こえる町で
JICA連載(2)=原規子=西部アマゾン日伯協会=「きっかけに出会えた」
JICA連載(1)=関根 亮=リオ州日伯文化体育連盟=「日本が失ってしまった何か」
image_print