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ニッケイ俳壇(847)=富重久子 選

      サンパウロ      広田 ユキ

相似たる身の上話移住祭
【我々日系人は六月十八日、サントス港に着いた日を記念して移住祭を催し、其の日は公式に「移民の日」とされている。
 この句にあるように戦前戦後を問わず、共に移住後の暮らしは肉体的、精神的にも共にさまざまな苦労があったもので、「相似たる身の上話」と静かに聞き止めている作者である。戦後移民の我が家も五十五年を過ぎてしまった。】

廃屋となりし校舎や枇杷の花
【「廃屋」となった多くの元日本学校、また家屋などブラジルも日本も多くが見られるが、特に子供たちの姿の見えなくなった校庭などを見るのは、しみじみ侘しいものである。季語の「枇杷の花」が鬱々と咲く光景の想われる、この作者の柔軟な読み振りの佳句。五句共々によく味わいたい巻頭秀句であった。】

山間の冬菜畑にも陽の恵み
冬霞まとひ湖畔の虚子の句碑
山彦の声もうつろや山眠る

   カンポ・グランデ      秋枝つね子

ウルブーの来ぬ間に鶏(とり)を穴に埋め
※『ウルブー』はクロハゲタカのこと。
【「ウルブー」は主に死肉を食べるとあるが、牧場などで弱った牛や馬なども襲うという。ブラジルの冬の季語である。
 作者は養鶏もしていて、時々弱ったり死んだりもするので、そんな時大急ぎで処分せねばならない。「ウルブーの来ぬ間に」と咄嗟に穴を掘り始末するという、見事な一句である。】

寒卵早仕舞ひして許さるる
【朝夕世話の行き届いた鶏はますます元気で寒さにもめげず、大きな立派な卵を沢山産んでくれる。しっかり餌をやり水を継ぎ足して今日の仕事を早めに切り上げようとする作者。立派な「寒卵」を産んでくれる鶏をながめ、「早仕舞して許さるる」という謙虚な言葉を胸に一句を認める作者に、賛辞を贈りたい秀句であった。】

枯木立ながめ忍耐学びゐし
山眠る卵価産卵上の上
枯木立生きる力を貯へて

   サンパウロ         近藤玖仁子

冬ざれて時計こちこち耳をかむ
【「冬ざれ」という言葉、まさしく今のブラジルそれもこのサンパウロ市の中で、これ程感じたことはない。しかしそれは自分が歳をとって老いぼれたからであろうか、等と感じる。
 この句、冷えた寝床にもぐり込むと中々寝付かれない。そのうち読みかけの本を伏せると、掛け時計の秒針の音がやけに耳につき眠られない。「こちこち耳をかむ」とは、絶妙な言葉の選択。この作者にしか出来ない佳句であろうか。】

ただにただボケたくないと枯芭蕉
黄水仙あしたのあしたを恋しがり
小夜時雨闇がストーンと色濃くす

   サンパウロ         平間 浩二

朝市の「サシミ、サシミ」と鮪売り
【クロマグロ、ホンマグロと呼ばれる鮪は、冬季に脂が乗り美味しく冬の季語となっている。
 朝市に行くと、今が旬という鮪は魚屋のどのバンカでも綺麗に切られてならんでいるが、威勢のいい売り子がこの句の様に、しきりに「サシミ、オイシイ!」などと呼びかけている。刺身や手巻き寿司などブラジル人にも普及して、ますます無形文化遺産となった日本の食文化が浸透している、珍しい佳句。】

ブラジルでは『フェイラ』という朝市が曜日ごとに決まった場所で開かれ、朝早くから大勢の人で賑わう。新鮮な果物や野菜、肉、卵、日本人や日系人が多く暮らす地区では鮮魚も販売されている。

ブラジルでは『フェイラ』という朝市が曜日ごとに決まった場所で開かれ、朝早くから大勢の人で賑わう。新鮮な果物や野菜、肉、卵、日本人や日系人が多く暮らす地区では鮮魚も販売されている。

まぐろ鮨ブームとなりし和食かな
すっぽりと耳朶を隠して冬帽子
いにしへの無病息災冬至粥

   コチア           森川 玲子

吟行の蜂鳥日和帰り花
【久しく出掛けなかった吟行に、句友一同森川農園に出掛けた。広く蔬菜を栽培している農園は見事に整備され、ビニールハウスの中には浅緑の瑞々しい幼い蔬菜が綺麗に育っていた。
 農園の入り口には帰り花の数々が出迎えてくれ、楽しい終日を送った。淡い桃色の椿、躑躅、野山の可憐な草花などなど、楽しい一日であった。季語の「帰り花」は返り咲きの花、狂い咲き、忘れ花などを言うが、小春日和のあたたかさに季節でないのに花を開くのをいう季語で、冬となっている。】

米研ぎてうづく親指夕しぐれ
折られたるページ伸ばして読む寒夜
バス降りて夕闇迫る冬至かな

   サンパウロ         土田真智女

遠山を眺めて飽かず冬の町
【私たちのように大都に住んでいると、中々自然の景には恵まれない。仕事部屋の窓から仕事の合間に遠く見えるジャラグヮ山を眺め、ああ今日は冬雲が懸かっているとか、時雨で霞んでしか見えないとか折々を独りで眺めている。
 作者もあまり外出が出来ないので、私のようにささやかな遠山の変化を眺めて、楽しんでいるのであろう。良い俳句が出来ますように。】

母の日や二世三世勢揃ひ
蘇る句心ちらと冬の町
人通りまれな旧道梟鳴く

   スザノ           畠山てるえ

手間省く一汁三菜鮪切る
【最近は核家族といわれているが、昔のように毎日大勢の家族で食事をすることもあまり無い。
 この句のように一汁三菜、例えばご飯にお汁、そしてサラダ、漬物に生きのよい鮪の刺身でもあれば十分である。やれカレー、すき焼き、オムレツなどなどとなると、一寸面倒くさい。珍しい内容の手馴れた佳句である。】

見学のハウス輝く冬帽子
果樹園の一画燃えて冬紅葉
帰り着く駅早や暗き今日冬至

   サンパウロ         串間いつえ

底冷えや正座してゐる椅子の上
【最近のこの寒さは、まさしく底冷えである。両足の下から深々と冷えてくるのは歳をとったからかな、とも思ったりしている。
 この句はよく寒いときにした椅子の座り方、でも残念ながら今はとてもそんな座り方は出来ない。若い作者は時々椅子に正座していたり、床に平気で座れるが歳をとって椅子の生活ばかりに慣れ全く座れない。珍しい若い人の一句。】

ここよりは土の道なり冬木立
冬の夜や火影に揺らぐ夫の貌
冬温し希望と知りぬ花言葉

   ヴァルゼングランデ     馬場園かね

万両や付き合ひながしエンシャーダ
※『エンシャーダ』はポルトガル語で鍬(ホー)のこと。
【アパートに住むと小さなスコップがあれば何事にも足るが、一軒家に住むとどうしても庭の隅に一寸ねぎを植えたり、花の種をまいたりと「エンシャーダ」とは縁が切れない。「つき合ひながし」とは、親しい言葉の一句であった。】

ウルブー舞ふコチアに残る原生林
火の色や問はず語らず冬の旅
万両や土塊固き鉢いくつ

   ヴァルゼングランデ     飯田 正子

遠き日に黄花を摘みし菊枕
【「菊枕」は野菊の黄色い花を摘んでよく干し、これを中身として枕を作るが、香りがよくパラナの入植地で習って作ったことがあった。日本でも作ったことのない「菊枕」などを、一番喜んだのは主人であった。
 この句の通り、「遠き日」の思い出で、懐かしい佳句である。】

寒木瓜や古木となりて花わづか
友よりの干し柿届くとぎれなく
我が村は養鶏村よ寒卵

   サンパウロ         橋  鏡子

新渡戸菊知らずに過す月日かな
【先日森川農場に吟行した折、この「新渡戸菊」が見事に盛りで、丈高く向日葵に似た黄色い花が道の両側に咲きついでいて句友を喜ばせた。
 作者も花は見ていても名前もその名の由来も知らず過ごしていて、初めて知ったのである。
 昔、台湾の民政長官であった「新渡戸稲造氏」に因んで名付けられたもので、秋から初冬にかけての新季題とある。珍しい一句。】

木枯らしや浮浪者寄り来メトロ駅
腐らして捨てるが多し葱一把
逃げること自ずと悟り冬の蝿

   トメアスー         三宅 昭子

悔しくもその整然さサウバ道
人質の殺害の報朝寒し
教育の尊き叫び女性の日
闘病の友の訃報や秋惜しむ

   ピエダーデ         国井 きぬ

冬晴れや球場へいく孫元気
裏庭の大葉にばった保護色で
今朝の霧サボテン宝石きらめきて
裏戸開け宵月と星空高く

   サンパウロ         山本英峯子

どのバスも乾季埃の薄汚れ
自転車の道は朱色に冬木立
冬の夜の肉焼く屋台客まばら
万両や駄句と思へどその句好き

   サンパウロ         渋江 安子

冬の夜犬の遠吠え気になりて
聞くだけで食べし事なき河豚料理
冬木立鳥の鳴き声聞こえ来る
万両の植木が見たく朝市へ

   サンパウロ         大原 サチ

下り立ちて様子窺ふ寒雀
つつましき暮しの庭に石蕗の花
この国に浮き沈みして移住祭
済まされぬ仕事は明日に冬至かな

   サンパウロ         上田ゆづり

根締めにと万両添へて生花かな
つややかに緑に映ゆる万両かな
六十路越え下り坂なる冬木立
黒胡麻のごとく輪を描くウルブかな

   サンパウロ         山岡 秋雄

慰霊碑や揮毫の主は元主相
冬雲のそこひがかかり陽が透ける
鳥群れて枝の紫イペー散る
仏心寺鐘の音流る冬の坂

   サンパウロ         伊藤 智恵

背を丸め猫うづくまる冬日向
短命を受け入れるよな冬の蝿
休眠や精気ひそめし冬木立
殺し屋の汚名もらひし鮫哀れ

   サンパウロ         赤木まさ子

杖まかせ静かに歩すや花野中
冬耕の農婦は手ぶすま煙草吸ふ
参道の花を愛でつつ吟行す
花の下行き交ふ人のスマホ手に

   サンパウロ         佐藤 節子

作句する苦労も楽し秋の日々
子供たちとピニヨン拾ひし又楽し
※『ピニョン』はポルトガル語で松の実のこと。
秋晴や日時計今は一時半
音立てて堰を流れる秋の水

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