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【2016年移民の日特集号】ごあいさつ

ブラジル日本都道府県人連合会山田会長

ブラジル日本都道府県人連合会山田会長

移民の日に思うこと
ブラジル日本都道府県人会連合会会長 山田 康夫

 ブラジルの日本移民は今年108年、戦後の移住が再開されて63年になり、戦前、戦後を通じてブラジルに移住した日本人の数は25万人余、そして現在では190万人余といわれる日系人の中に占める日本人の数は3%を下回るといわれています。
 しかしながら108年前に、コーヒー園へのコロノ生活に始まり、幾多の年月の中には志しを果たせず、また過酷な労働の中で生を受けた子供が早世するなど、一言でブラジルの日本人移民を語ることはできませんが、その人たちの労苦があったから現在があるということも忘れてはなりません。
 6月18日の移民の日は、志を果せず亡くなられた人を慰霊する日でありますが、自分の意思とは関係なく両親につれられて、ブラジルに来て亡くなった人たちも沢山います。
 今では日系社会も移り変わって、ブラジル生まれの人たちが多くなり、一世の大半は高齢化し、二世、三世そして四世、五世、六世という時代が来ており、今では日系人の中心は三世かと思います。
 そして世代別の混血状況は四世においては六〇%を超えるとみられています。そこでこれからの日系社会のあり方を考えなければなりません。
 このような中で、日本に対する認識、理解は希薄になっておりますが、県連が主導で留学生や研修生の復活、存続などを訴え、それが相互の交流を今まで以上に密にして行くことと思います。
 それには、私どもの行く基礎を作っていただいた、先人の足跡を忘れてはなりません。毎年6月18日に行われる慰霊祭は、これからの日系人の生き方を考えるとともに先人の方々への鎮魂の儀式です。これを次代に受け継いでもらうとともに、新しい日系の歴史への第一歩を踏み出したいと思います。


商工会議所村田会頭

商工会議所村田会頭

これからの日系人と日本人の在り方
ブラジル日本商工会議所会頭 村田 俊典(としふみ)

 ブラジル日系移民108周年を迎えるにあたり、これまでの皆様のご苦労に思いを馳せながら、将来に向けての私の思いを少し述べてみたい。また、これは商工会議所の会頭としての問題意識でもあり、私自身の反省であり、将来に向けたチャレンジだとも思っている。
 私は日本企業の駐在員として通算19年ブラジルに在住している。駐在員の中では平均より長い勤務経験がある。しかし、このような私も実は日系人の友人はそれほど多くない。若い頃は仕事に忙しいというのもあっただろうが、週末は駐在員とのゴルフで時間はほとんど埋まっていた。ゴルフがテニスやサッカーや旅行に変わるぐらいで、駐在員の大方の生活は似たり寄ったりだと思う。
 何故だろう? どうしても溝があるとしか思えない。言葉の壁が大きいのかもしれない。しかし、それよりも日本人と日系人、二つの日本人(DNA的に言って)を結ぶきっかけが少ないように思えてならない。
 しかし最近、ブラジル裏千家の方のインタビューを受けた。それを機に、文化祭りでお茶をいただいた。お茶を立てていたのはブラジル人。また、ボサノバのイベントにも出かけた。主催は文協だったので日系ブラジル人の方が多く聴きにこられていた。でも、ボサノバを弾いていたのは日本人だった。
 実はサンパウロにはこんなにたくさんのきっかけが溢れていたのだ。今まで知らなかったのはひょっとしたら自分だけだったか? そう思った。
 もう一つ。日本人は変化球にはからっきし駄目な人種かも知れないと感じる時がある。歴史的にはとても柔軟な人種なはずなのだが、クリームチーズが入っている手巻きを「食べてもいないのに」美味しくないと言っている日本人は多い。日本人が日系ブラジル人と接して感じるほのかな違いを受け入れない日本人が大勢いる。
 ブラジルの多文化共生の中で農業国から工業国への変貌、軍事政権から再民主化、モラトリアム宣言、ハイパーインフレなどを経験し変化を遂げてきた日系ブラジル人。
 一方、単一文化社会の中、戦争、戦後の復興、高度成長、バブル崩壊、デフレ、アベノミクスと独自の変化を遂げてきた日本人。
 この二つの日本人を結びつける媒介を見つけて行くことが、お互いの強みを活かすことに他ならない。
 それにはまず、ブラジルでビジネスをさせて頂いている多くの日本人がブラジル日系人を理解し、協力して行くことなのだと思う。今年度より、我々商工会議所は日伯交流委員会を新しくスタートさせ、日系団体と協力して文化交流、人材交流、スポーツ交流に力を入れることにしている。
 また、同じDNAを持つ二つの日本人がブラジルで力を合わせ、未来志向で協力してゆくことがお互いを強くすると考える。その意味でも、オリンピック期間中に総領事館、日系団体と商工会議所で行う予定のパブリックビューイングは、大きなきっかけの第一歩として是非成功させたい。

 

日伯援護協会菊池会長

日伯援護協会菊池会長

日本移民108周年記念日に寄せて
サンパウロ日伯援護協会会長 菊地 義治

 今を遡ること108年前の1908年(明治41年)6月18日、笠戸丸に乗った最初の日本移民781人がブラジル国のサントス港に上陸して108年の歳月が流れました。そして、今や、ブラジル国に於ける日系社会は190万人を擁する大きなコミュニティーを形成するまでになりました。この間の先達の皆様方の幾多のご労苦とご功績に対し、深甚なる感謝の念と敬意を表したいと思います。
 この間、約1世紀余り、日本移民及びその子孫たちは農業分野での目覚しい貢献のみならず、その後、工業、商業、政治、芸術文化、教育等々のあらゆる分野に於いて日本人特有の誠実さと勤勉さと不断の努力によってブラジル社会の発展に大いに寄与し、今や、ブラジル社会にとって、なくてはならない存在として確固たる地位と信頼を築き上げております。
 昨年は日本・ブラジル外交関係樹立120周年にあたり、官民挙げての協力体制の下、日伯ナショナルプロジェクト展覧会、花火祭りをはじめ、400件以上の様々な記念行事やイベントが開催され、10月末には、記念事業の集大成として秋篠宮殿下ご夫妻がブラジル国内各地の日系移住地を訪問し、開拓先没者及び住民の方々のこれまでの功績を称え、労を労い、激励のお言葉をかけられました。一方でブラジル政府要人ともお会いになり、日伯関係の更なる深化と緊密化に向けて積極的な皇室外交を展開されました。この度の120周年記念事業が今後の日伯関係の更なる発展・拡大に向けての好機となることを願って止みません。
 さて、サンパウロ日伯援護協会(援協)は1953年から始まった日本人戦後移住の最盛期を迎えて、長い船旅で疲弊してサントス港に上陸する移住者たちに休息と宿泊の場を提供したいとの強い思いから1959年1月にサントスに『移民の家』が開設されたことに端を発しております。
 爾来、今日までの57年間、援協はブラジル日本移民の歴史とともに歩み、拡大・発展してまいりました。今や、援協は5つの医療施設、7つの福祉介護施設、総職員数約2千名を擁する大きな団体に成長いたしました。
 その間、援協はブラジル政府公認の公益福祉団体として福祉及び医療分野に於いて高齢の日本人移民の方々は勿論のこと、日系社会及びブラジル社会に於ける経済的、社会的に恵まれない多くの人々に救済援護の手を差し伸べてまいりました。
 そして援協は今後も、創立の理念であります『社会的弱者の救済援護』の精神を忘れることなく、誠実に実践し、名実ともに日系社会の中核団体として日系社会のみならず、ブラジル社会にも、しっかりと貢献していく所存であります。
 最後になりましたが開拓先没者の方々の偉大なる功績は日系社会のみならず、ブラジル社会の中で未来永劫、生き続け、輝き続けるものと強く確信しております。


文協呉屋会長

文協呉屋会長

移民の日にあたって
ブラジル日本文化福祉協会会長 呉屋 晴美

 今年で日本移民がブラジルに移りきて、108年を迎えます。先輩方のご苦労の賜物があり、私共はいかされ、今日の日系社会も存在しております。開拓先亡者の御霊に対して心より追悼と感謝の意を表する次第であります。
 現在、ブラジルの政治経済情勢は多くの不安と問題を抱えていることは誰もが感じる事実でございます。そんな時代だからこそ、190万人を超える日系社会がこれまで培ってきた勤勉さや信用といった要素を発揮していくべきではないでしょうか。
 移民記念日の6月18日を中心とするこの時期になりますと、様々な催しが活発に各地で実施され、現在の日系社会の姿が浮き彫りとなって現れる頃かと思われます。この地で育まれた日本文化は、もはや日系人、日本人のものだけではありません。料理、武道、芸術など幅広く日本文化は根付いており、ブラジル社会の多くの方々から尊敬の念を抱かれております。
 今年は、南米大陸初となるオリンピックがリオで開催されますことは大変嬉しい出来事でございます。ブラジルと日本の選手には準備万端で本番に挑み、実力を遺憾なく発揮して頂き、メダルの獲得を目指すとともに、多くの人々の心に勇気と感動を与えて頂きたく存じます。
 リオ・デ・ジャネイロ五輪後の2020年には、東京五輪が開催されることが決定しております。これは偶然ではなく、両国の深い縁を感じさせます。私共、日系社会と致しましては両国選手のご活躍を応援し祈るとともに、両国のこの交流機会を大切にし、惜しまず協力する所存でございます。
 また今から2年後は、ブラジル日本移民110周年にあたる年でもあります。日系社会にとっては最も意義深く大切な記念事業を大成功に導くため、現在は主体となる委員会の発足に力を注いでいる最中でございます。
 この事業を推進していく上で重要となるのは若い力の最大の活用ではないかと思います。未来を担う若い世代のリーダー層が中心となり、ベテラン経験者は彼らが堂々と力を発揮できるよう影から支えることが望ましいのではないでしょうか。
 最後になりましたが、日系社会の皆様、ニッケイ新聞をご愛読の皆様のご健勝を祈念し、ブラジル日本移民108周年にあたる、私の挨拶とさせていただきます。

 

日伯文化連盟大城会長

日伯文化連盟大城会長

偉人のみが大事を成し遂げるのではない
日伯文化連盟会長
大城 幸夫(元連邦警察最高指揮官)

 ブラジル日本移民の先駆者たちがこの地に着いて108年。今もなお、我々の先祖の慣習がブラジル社会の日常に根付いているのはなぜだろうか。先駆者たちが我々に遺してくれた規律、価値観、道徳観、教育といった大いなる遺産のおかげと答えたならば、それは正解であろう。
 今まで広く語り継がれてきたように、様々な困難や苦悩、逆境に立ち向かい、連帯の精神で協力し合って乗り越えてきたからと答えたとしても、正解であろう。
 先駆者たちが遺してくれたかけがえのないものだけで、日本文化の灯を守ることができるだろうか。多分、それは不可能であろう。なぜなら、グローバル化、科学、技術の発展、混婚が進む現代社会では自らのルーツへの関心が希薄となっているからだ。
 しかし、なぜブラジルにはそれほど日本文化が日常的存在であり、ブラジル社会に浸透しているのか。実例として、日本語コースや様々なアート教室の学習者の半数以上が非日系人であること。ブラジル各地で日本と同じように多数の日本文化イベントや祭りが行われていることを挙げることができる。
 ブラジルは、世界で最も多くの日系人が住む国であり、そこに答えを見出すことができるだろう。
 我々の先祖からの価値観や慣習を受け継ぎ、この地で新たなリーダーを育て、広大な面積を持つブラジルで常に日本文化を普及し、維持してきたのは、他でもなく、ブラジル各地に存在する数多くの日系団体の努力の賜物ではないだろうか。
 偉人だけが大事を成し遂げるのではない。ブラジルの北から南まで、ブラジル各地に散らばる小さな力の結集によって、日本の文化、伝統、慣習は保存されていくのだ。

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