ホーム | 特集 | ブラジル日本移民110周年 | 座談会=ここが違うぞ、日伯の法律事情=改正労働法はどんな影響が出た?=ビジネスにおける倫理と文化の違い

座談会=ここが違うぞ、日伯の法律事情=改正労働法はどんな影響が出た?=ビジネスにおける倫理と文化の違い

【司会進行】

古杉征己

古杉征己

古杉征己(ブラジルの日本人弁護士) 1974年広島県生まれ。大学卒業後まもなくの2000年に渡伯。FMU大学に通い直し、2016年在学中にOAB合格。ブラジルの弁護士資格を持つ、平成の自由渡航者。人文研理事。

 

 

 

 

 

 

深沢正雪(本紙編集長)

深沢正雪(本紙編集長)

深沢正雪(本紙編集長)

 

 

 

 

 

【解説者】

柏健吾

柏健吾

柏健吾(日本の弁護士) TMI総合法律事務所(本社=東京都港区六本木)所属の日本の弁護士。2012年8月からサンパウロの法律事務所で勤務しており、現在はMOTTA FERNANDES ADVOGADOSで勤務。連絡先:kkashiwa@tmi.gr.jp

 

 

 

 

古藤ウイルソン忠志

古藤ウイルソン忠志

古藤ウイルソン忠志(ブラジルの弁護士) ブラジル生まれの日系二世(コチア青年二世)。1998年島根大学農学部地域開発科学科卒業。2014年パウリスタ大学法学部法学科を卒業、ブラジルの弁護士資格を取得。2016年エスコラ・パウリスタ・デ・ディレイト契約法専攻卒業。2015年からアベ法律事務所所属。連絡先:wkoto@abe.adv.br

 

 


【深沢】ただでさえポルトガル語は難しいのに、法律の文書となると、僕ら庶民は、もう完全にお手上げ(涙)。そんな時に頼りになるのが、ここに来てもらった日本語の分かる弁護士です。裁判を抱えたときや書類作成などで世話になった人は多いですよね。
 日本人移住110周年の節目に、若手や中堅の弁護士の皆さんに、日伯の法律事情、特に改正労働法などを中心に座談会形式で分かりやすく教えて欲しいと思います。
【古杉】では、自己紹介をかねて「ジャパンデスク」という部署でどんな仕事をしているのかを、お二人から紹介してください。
【柏】じゃあまず、私からお話しさせていただきます。
【古杉】どうぞ。

▼在伯6年、異色の日本の弁護士、柏さん

【柏】私は日本法の弁護士で、東京都のTMI総合法律事務所に所属しております。2012年8月からブラジルの法律事務所で勤務しておりまして、最初の1年2ヵ月はTozziniFreire法律事務所で働いていました。その後、2014年の1月から現在までMotta Fernandes法律事務所で働いています。
 ジャパンデスクでの業務は、日本企業を担当するコンサルタントのような位置付けです。
 私は日本法の弁護士でブラジル法の弁護士ではないので、ブラジル法のアドバイスはできません。ですから常にブラジル人弁護士と協力しながら案件に関与しています。
【深沢】もう6年目になるんですね。
【柏】そうです。今年の8月で丸6年ですね。
【深沢】「駐在員」のような感じなんですか?
【柏】定義が難しいですが、「駐在」というよりは「出向」という言葉のニュアンスに近いですね。駐在というと自社のブラジル子会社に赴任するというイメージですが、私が現在勤務しているブラジルの事務所と私の日本の所属先事務所との間では資本関係や提携関係はありません。また、私は「自分の意志」でブラジルで勤務しているというのも通常の駐在員の方と異なる点です。
【深沢】じゃあ、このままブラジルに10年、15年いたいと決断すれば、それも可能と。
【柏】10年、15年先となると分からないですが、少なくとも現在までは自分の意思でブラジルに残っています。
【深沢】今ブラジルに柏さんみたいに日本から来ている弁護士って何人ぐらいるんですか?
【柏】今この時点ではCIATEの永井康之先生だけですね。そのほか、駐在員で弁護士資格を持っている方はいます。その方は、日本の企業の法務部員です。
 毎年、私のように企業法務を扱う弁護士が日本の法律事務所から派遣されてきていますが、長くて一年。私だけですね、6年間も残っているのは。
【深沢】珍しいですね。ブラジルが気に入ったんですか?
【柏】まあそうですね。まあ、刺激的というのもありますし。
【深沢】案件が刺激的なんですか?
【柏】ハハハハ(笑)、常に外国人に囲まれて働いている状況なので、そういう環境の方が刺激的かなと個人的に思っています。
【深沢】日本の弁護士事務所では外国人はあまりいないんですか?
【柏】いや、いるんですけど…例えばうちの事務所は全体で500人ぐらい弁護士、弁理士を合わせているんですけど、その内外国人は25人ぐらい。ドイツ人、中国人、フランス人、アメリカ人、イギリス人などなど。割合でいうと10%もいかない。クライアントもどちらかというと日本の会社が多いです。
【深沢】ブラジル以外の国に行くっていう選択肢もあったわけですか?
【柏】ありました。
【深沢】ブラジルを選んで来られたんですよね?
(身を乗り出して)どうしてブラジルを選んだんですか?
【柏】実は2011年に留学するつもりで準備をしていました。日本の大手法律事務所の弁護士は、アメリカやイギリスに留学するのが一つの王道ルートなんです。私も最初はそのルートに乗りかけたのですが、留学するよりは、他国で働いたほうが面白いかなと思ったのと、仕事としても役立つんじゃないかと思って、途中でブラジルに行くということを決めました。
【深沢】ブラジルに対しては特に…。
【柏】まあ縁もゆかりもあるわけではなく、強いて言えば、小さい頃からサッカーをしていたという点ぐらいでしょうか。
【深沢】おおっ、サッカー繋がりですか。ちょうどロシアW杯が開幕ですね。
【柏】2012年に来たので、その時は2年後にブラジルW杯が、その4年後にはリオ・オリンピックがある状況でした。その頃はまだ経済が結構良かった時代でしたが。
【深沢】(上を向いて懐かしそうに)ああ、そうでしたね~。
【柏】なのでブラジルのマーケットもこれから伸びるだろうという想定の下、2011年にブラジルに行くことを決めました。
【深沢】その後、ジェットオースターで急降下するように…。
【柏】まあそうですね。ただ弁護士の場合って、いわゆる積極的な案件もあれば、消極的な案件もあります。例えば景気が悪くなれば破産とか、ブラジルから撤退するという案件もあります。もちろん、景気が良い方が投資が増えるので案件の数としては増えるでしょうけども。
【深沢】なるほど、景気が良くても悪くても仕事はあると。
【柏】なくならないと思います。
【深沢】なるほどね~。では、古藤さんの方もちょっと。

▼コチア青年子弟、社会経験豊富な古藤さん

【古藤】はい。私はブラジル生まれの日系二世です。父は島根県松江市出身で1958年にコチア青年として移民しました。母側の祖父は岡山県出身で戦前にブラジルへ移民しました。
 小中高でブラジルの学校に通い、1992年19歳のときに日本に渡り、父の故郷である島根県で2年間日本語の勉強をして、4年間島根大学農学部で専門的な知識を身につけました。
 1998年に島根大学卒業後、サンパウロ州立銀行東京支店に勤務いたしました。
 04年に同銀行を退行してロンドンに渡り、約1年英語を勉強しました。05年にブラジルに帰国し、日本航空サンパウロ支店に勤務しながら法科大学に通い、15年に司法試験に合格し、現在法律事務所ジャパンデスクに所属しています。
【古杉】ではジャパンデスクではどんな仕事を?
【古藤】主な業務は、日系企業を対象に法的アドバイス、覚書の作成、法律全般、労働法、民法、税法、会社法のサービスの提供を行っています。
 法律に関する日系企業の特徴としては、労働法、税法に疑問が集中している気がします。
【深沢】弁護士の仕事を始めてから何年目に?
【古藤】今年で3年目です。
【深沢】色んなことを経験されてますね。日本文化もよくわかり、ブラジル文化もよくわかると、貴重な人材ですね。
【古藤】まあ両国の文化、社会、歴史が勉強できたことはすごく強みになっていると思います。
【深沢】法律の背景には歴史があり、風土がありますからね。なぜそういう法律になったのかという部分の理解は難しいですよね。日本の進出企業の方も、わかりにくいのはその辺なんじゃないですかね。ブラジルの税制や手続きがなぜそうなっているのか、とか。

▼労働法改正で企業には有利に

【深沢】労働法が大幅に改正されましたが、改正内容を理解するためにはその歴史を理解することが重要ですか。
【柏】学問的には、労働法が出来上がった背景を理解するのは大事だSと思います。ただ、実務的には、実際の条文にどのように規定されているか、旧法と比べてどのように変更されたかを知ることが重要ですね。
【深沢】確かに、そうですね。日本の弁護士の立場から、ブラジルの労働法ってどう見えますか。
【柏】皆さんご存知の通り、ブラジルの労働法は労働者寄りの法律であり、裁判所も労働者寄りの判断を行います。「法律で労働者を守る」のは大いに結構だと思うんですが、ただその法的に曖昧なところを労働者寄りに解釈しようという感じがしてしまうんですね。
 それを受けて労働者は「裁判起こしたらお金がもらえる?」と思っちゃうので、そこがコストになってしまう。
【深沢】企業側のですね。
【柏】労働者寄りの法律を作るか企業寄りの法律を作るかは、その国のポリシーの問題です。例えば解雇のときはFGTSを割り増しして払う必要がありますが、それは国のポリシーの問題なのでとやかく言っても仕方ありません。
 一方、条文が曖昧な点について労働者寄りの判断を続けると、労働者は簡単に訴え提起することになります。訴え提起されると会社はそれに対応することになり、弁護士費用などの費用がかかります。
 法律に書いてあるものだけならコストを事前に想定することは容易ですが、実際にはそれ以外のコストが膨らんでしまう。やっぱりそこが見えないコストとして、企業の負担になってしまうと考えますね。
【深沢】去年の労働法改正で、その辺は企業にとっては良い方向へ…。
【柏】なるんじゃないかなとは、はい。
【深沢】今までのところ、裁判件数が減ったとか、そういう兆候が出てきてますよね。
【古杉】まあちょっと様子見もあるかもしれませんよね。
【柏】まあ少なくとも、プラスの面は確実にあると思います。今仰られた通り、州によっては裁判件数が非常に減っているところもあるので。
【古藤】多分半分以上、減りました。2017年12月分の全国労働訴訟数は8万5千件数になりましたが、労働改正法前では月約20万件数がありました。やっぱり50%以上の減少になりました。半年単位でも、同じ傾向が続いています。
【深沢】件数意外に変化した点というのは?
【古藤】以前は、訴訟を起こすときに、労働者側が何でも要求すれば、いくらかはもらえた。それが、きちんと法律に定めている物を要求しないと、何ももらえないという風になった。これからは適正に要求しないともらえない様になったと思います。
【深沢】今まで曖昧な解釈の部分が労働者寄りだったのが、解釈が狭くなったみたいな…。今回の労働法改正によって、日本企業には前より人が雇用しやすくなったと。
【柏】雇用しやすくなったというよりも、雇用した後に裁判が起きづらくなった。今ウイルソンさんが言ったのを補足させていただくと、昔は、勝てるかも知れないというものをどんどん付け加えて、ドンとまとめて大きな金額の訴訟を起こした。
【深沢】起こした側に裁判費用が掛かんなかったからですよね?
【柏】収入が低い人には裁判費用がかからない制度があるのですが、改正前はかかる制度の適用が非常に緩やかでした。また、弁護士も勝訴した場合の成功報酬だけで受任する人も多いです。結果として、労働者はただで訴えることができました。改正法では、低収入者の裁判費用免除の要件が厳格化され、また、もし負けた場合、自分が請求した金額が認められなかったら、それの10%ぐらいの相手方の弁護士費用を払わなければいけなくなった。つまり、大きく要求するほど自分に跳ね返ってきてしまう。
【深沢】だから、大きい裁判が起こせないと。
【柏】はい。ですから労働者側も根拠を持って勝てそうな物だけを裁判にするという流れになっていると思います。
【古杉】リスクを事前にきちんと判断するようになってきたんですよね。今までみたいに何でもかんでも裁判にする訳ではなく、勝てそうなものだけする方向になったことで、だいぶ裁判件数が減った。その分、日本企業にとっても頭痛の種が減ってきたわけですね。

▼労働裁判、日本はブラジルの1%未満?!

【深沢】今まで日本の企業から受けた相談の中で、労働者に関する相談というのはやっぱり多いんですか?
【柏】そうですね、まあ裁判も多いですから。
【深沢】日本とブラジルで労務関係の相談を受ける割合っていうのは、やっぱりこちらの方が高いんですか?
【柏】訴訟の数という意味ですか?
【深沢】柏さんが今まで請けられた相談件数だと?
【柏】日本の場合は、そもそも労働訴訟がほぼないですね。大企業であったとしても。
【深沢】(のけぞって)えっ、ほぼないんですか!?
【柏】今は、日本も裁判に対する心理的な障壁が減ったり、弁護士が増えたりしているので、多少は増えたかもしれませんが。
【深沢】例えば、ブラジルが100だとしたら日本はいくつぐらい?
【柏】具体的な数字で言うと、ブラジルの2016年の新規の労働裁判は300万件を超えたようです。一方、2016年の日本の労働裁判は労働審判という調停のような手続きを入れても7000件くらいです。
【深沢】ブラジルの1%にもいかないですね。まさに、ほぼない。
【柏】ハハハ(笑)
【深沢】というか、ブラジルの方がありすぎなんですね。
【柏】その理由の1つとして、ブラジルでは労働法改正前、当事者間での合意が後から無効になったという点が挙げられます。例えば労働者ともめて、和解で解決したとしましょう。ところが後日、労働者から和解した内容について訴えられる可能性がある。
 その時、企業としては「こういった形で合意したから、あなたの権利はもうないはずですよ」と日本だったら言える。日本の場合は労働者ともめたとしても、できるだけ円満に解決しようってことで和解をするんですけれど、ブラジルでは「円満に解決する」という選択肢がなかった。
【深沢】和解、示談というのではほぼなかった。
【柏】そうです。
【深沢】今でもあんまないんですか?
【柏】今回の改正で初めて認められて、当事者同士で和解したものを裁判所に持っていって、裁判所が承認すれば認められるといわれているんですけれども…。
 ただ、最近の報道だと裁判所がすぐには認めないらしく、内容を精査して労働者側に余りにも不利だと、承認が下りないという話らしいんです。ただし、少なくともそういう制度ができたので、それも含めて労働訴訟が減っているという可能性はあります。
【深沢】逆に日本は何でそんなに労働訴訟が少ないんですか?
【柏】国民性がまず一つ。そもそも裁判ということに対して心理的な抵抗があると思います。
 ブラジルと違って、日本はまだ終身雇用が占めている部分が大きい。だから、そこで働き続けることを前提に訴えることになる。ブラジルのように「辞めてから訴える」というよりも、まだ「その会社で働きたい、でも訴える」というような形になる。訴えるとやっぱり会社にいづらくなる。
【深沢】なるほど。まあ終身雇用だと訴えづらい環境があるわけですね。ブラジルは、すぐ辞めてっていうね。
【柏】ブラジルは「働きながら訴える」っていうのは聞いたことがないですね。辞めてから訴える。日本の場合は働きながら訴える。

▼遵法精神がビジネスの妨げになっていた?

【深沢】古藤さん、どうしてブラジルはこんなに訴訟が多いんですか?
【古藤】やっぱりあの、私は2点あると思うんですよね。まずはきちんと法律を守っていない企業がたくさんあるということが一つ。だから訴えられる件数が多い。
【深沢】まあ企業もそうですが、労働者側も守らないですよね。法律に対する国民性ですよね。日本人は「車が来なくても赤なら横断歩道で止まっている」世界ですけれども、ブラジルじゃ考えられない。
【古藤】やっぱりブラジル企業の多くが法律をしっかり守ろうという気が薄い。別の言い方をすれば、法律を厳密に守っていくと商売にならないとかね。まあ極端な言い方ですが(笑)。
【深沢】いやいや、まさにそこのポントが知りたいんです。
【古藤】ハハハハ(笑)
【深沢】いや、その個人でも法人でも一緒だと思うんですが、「法律を守りながら、商売を広げていこう」としていく人と、法律関係なく「できることはなんでもやって稼いで、悪いことがばれちゃったらごめんなさいすれば良い」みたいな人が、同じ地点からスタートしたら、悪いことでもバンバンやっていく人のほうが、ビジネス的に伸びる可能性があるという不平等感を感じるんですね。ブラジルの風土においては。
 だから遵法精神が強い日本企業には不利。ブラジルでは周りが守る気がない中で、一人だけ守ってるみたいな状態になっちゃってビジネスが伸びにくい。「悪貨は良貨を駆逐する」じゃないですけど、法律を守る気風が育ちにくいみたいな環境があるんじゃないかと。
【古藤】やっぱりそれは、倫理感の問題でしょうね。
【深沢】倫理感ですよね。まさにラヴァ・ジャット作戦を見ていれば、政治家のトップからして、いかに倫理感がないかが良く分かる。そんなニュースを子供も見ているわけじゃないですか。どうやって倫理、道徳意識を強めるかといえば、宗教しかない。
 カトリックでもプロテスタントでも、仏教でも神道でも良いですけど「騙しちゃいけませんよ、盗んじゃいけませんよ、殺しちゃいけませんよ」という倫理感を子供の頃から心に刻み込んでほしい。
【古杉】日本との違いとして一ついえるのが、社会格差や不平等感が非常に強い風土がある、ということですよね。
【深沢】まったく、その通り。「法の下に万人平等」とか言いながら、ラヴァ・ジャット作戦の容疑者は、ルーラもミナス州知事も特別扱いの留置場に入っていますよね。
【古藤】つい最近までは、ホワイト・カラーは基本的に刑務所にいかないという流れがあった。
【深沢】それがメンサロン以降、特にラヴァ・ジャットでは逮捕されるようになり、改善されてはますよね。
【古藤】歴史的な一つの分岐点になっています。

▼企業と倫理、そしてラヴァ・ジャット効果

【深沢】ラヴァ・ジャット作戦では、今まで日本企業はほぼでてきてない。少なくとも今のところ。ある意味、綺麗なビジネスを日本企業は心がけてきた成果ですが、ただ、それゆえに連邦政府の深い懐には入っていなかった裏返しでもありますよね。
【柏】ラヴァ・ジャットでは確かに日本企業の名前はほぼ出てきません。ただ、だからといって日本企業の倫理観が高いとは言えないと思います。たとえば、競合企業同士で価格などについて合意する「カルテル」に関しては、日本企業も相当罰せられています。
【深沢】それは、ブラジルに進出している日本企業の話ですか?
【柏】日本企業の一般的なイメージという意味で、ブラジル人から「日本はカルテルの文化があるんでしょ」って言われることがあります。
 日本企業として汚職と言う意味では政治家にお金を払っているわけではない。ただ「皆でチームを組んで、皆で利益を得ていこう」ということはしている。そのへん、単純に「ブラジル企業より日本企業が正しい」っていうのは違うと感じる。もちろん全体的に、日本企業のほうが正しくやっているんでしょうけど。
【深沢】少なくともブラジルの警察沙汰になるような、大きく目に付くような汚職、贈収賄がない。
【柏】そうですね。
【深沢】今後、ラヴァ・ジャット効果で、ビジネス環境が綺麗になれば、日本企業ももうちょっと競いやすくなる?
【古杉】事業がしやすくなるでしょうね。
【深沢】普通のグローバルビジネスがブラジルでもできるようになるというか、ローカルリスクが減るというか。
【古杉】なんかブラジルでのコンプライアンスってのは…。
【柏】はい。2013年に腐敗防止法ができて、その中で、「リニエンシー」という制度ができました。これは、賄賂の支払などの違法行為をした場合に、最初に密告した人は刑が軽減されるという制度です.
 ラヴァ・ジャットでも「デラソン・プレミアーダ」と呼ばれている司法取引(編註=本紙では「報奨付き供述」と記載)により多くの事案が明るみなっています。このような制度により、現在は違法行為を隠し続けることは難しくなっていると思います。
【深沢】そうですねー。わかんないですけどね。まだ表に出てないことも。
【柏】そうですね。

▼日伯で圧倒的に異なる最高裁の知名度

【深沢】氷山の一角かもしれませんが、ブラジルを代表する企業ペトロブラスとか、JBSとか。
【柏】そうですね。オデブレヒトとかも。
【深沢】巨大なところからガツガツ捜査の手が入っているのはすごい時代だと本当思いますね。それが一段落したあとどうなっていくのかが、気になるところです。
【古藤】ラヴァ・ジャットはいつ終わりますかね。
【深沢】まあいずれ。
【柏】それはわからないな(笑)
【深沢】来年誰が大統領になるかによって、ラヴァ・ジャットの捜査が終わりになるとかね。という可能性がなきにしもあらず。
【古藤】そうですね。いつまで続くかですよね。
【深沢】まあ続いていって欲しいし、かといって、やりすぎて欲しくもないというか。そういうところが難しいなって。
【古杉】やりすぎて景気が冷えていくっていうのは、ないですかね?
【深沢】本当にそうだよね。一所懸命にクリチバで捜査をしている皆さんは結局、国全体のことなんて考えていない。とにかく「巨悪を検挙する」という正義感に溢れる若者達ですよね。ある意味、ブラジルでは珍しい愛国的な若者たち。
 ただし、あれがあまりにも司法独裁的な方まで行き過ぎてしまうと、その後が心配になりますよね。最高裁のジウマール・メンデス判事が言っている「予防拘束しすぎ」っていうのも言われたらまあ、それもそうだろうなっていうね。
 本来、「逃げる可能性がある人たちを拘束する」のが予防拘禁なのに、警察に呼ばれたら必ず出頭するような人たちもバンバンと留置所に入れている。
 ただし、それをやらないとダメなんだろうなっていう現実論も分からなくない。留置場で辛い状況に置かれないと、司法取引をしようという気にならない。司法取引をすれば自宅軟禁に切り替えられるわけですから。天と地の差。その辺、後世から客観的に見た時に、どうだろうな、と。
 それに、ブラジルの司法ってすごく存在感が強い。日本の最高裁の判事が何言ったって、新聞ネタにほぼならない。それこそ日本で一般庶民は「判事は誰?」というレベル。ところがブラジルだと最高裁判事の名前は庶民でも数人は知っているし、判事も積極的にしゃべる。
【古杉】発言をよくしますよね。
【柏】日本の場合って、裁判官がどんな発言したかってフォーカスされないですし、当然テレビの生中継もされない。裁判所はこういう判断をしましたっていう結果だけが出てくるだけです。こちらって、議論の最中もテレビに出てくるじゃないですか。
【深沢】テレビで生中継してますよね。庶民がバールでビールを飲みながら最高裁の裁判を見たりする。

▼法律に従わない裁判官という存在

【柏】ええ、やっぱそこが特徴的だなっていうふうに感じていて。なので、そういう意味ではちゃんと三権分立が成立しているところの一つじゃないかなって。
 裁判官は裁判官で意見がある。私も最近日本の弁護士として、ブラジルの労働法改正に関して違和感を覚えたのは、労働法が改正された直後から、「あんな法律には従えない」って裁判官が自分の意見を公にしたことですね。実際に法律に従わない形の判断をしている裁判官もいる。
 日本では、一裁判官が国会で成立した法律に「私は従えないよ」というのはほぼないので。
 場合によっては違憲審査って言うことで「この法律は憲法に反しているよ」って言うこともあります。
 ただ、労働法のような、いわゆる国家の根幹となるような法律について、国会で成立した直後に一裁判官が批判するって言うのは中々聞かないですね。
【深沢】まあ、裁判官の中には左系の思想を持った人が多いという話も聞きますしね。今の反左派政権がやることは認めたくない、みたいな。
 大体ブラジルの裁判所は多すぎませんか? 労働裁判所とか、軍事裁判所? 日本も分かれてます?
【柏】いや、分かれてない。日本は専門裁判所はないので。知的財産権に関する事件を専門的に取り扱う知的財産高等裁判所だけが例外です。
【深沢】ブラジルの裁判所ってカテゴリーはいくつぐらいあるんですか?その…
【古藤】一般的に連邦裁判所、労働裁判所、選挙裁判所、軍事裁判所、州裁判所(通常裁判所)ですね。
【深沢】そのそれぞれに地方裁判所が…。
【柏】はい、三審制と呼ばれていますね。
【深沢】三審制で、それぞれ連邦レベルまであると。でもブラジルは実際には四審制なんですよね?
【柏】事実上はそういう風にいわれています。
【深沢】日本は三審制ですよね?
【柏】三審制です。
【深沢】四審制がある国っていうのは世界的に見ても少ないんですか?
【柏】いやーそこはわからないですね。
【深沢】その辺がブラジルの法律の特殊性と言うか。何で軍人さんは別の裁判所なのか、労働裁判は別じゃないといけないんだとか。すごい不思議ですよね。
【柏】労働裁判に関しては、件数が多いので、それを同じ裁判所でやった方が効率が良いっていう発想じゃないかと思います。
【古藤】けどそれ、地方の場合はね、一つにまとめている場合が多いんですよね。
【深沢】あ~、地方によるってことですね。
【古藤】地方だと一カ所に全部揃ってますね。民事、労働も。
【深沢】疑問なのは軍事裁判所ですね。軍人がそんなに犯罪を犯してるのか、と。
【古杉】いわゆる軍隊といわれているもの以外に、各州の軍警があります。軍警は、州の軍事裁判所で裁かれることになります(ただし、犯した罪によっては、管轄裁判所が異なる場合も有り)。
【深沢】そっか。軍警すごいもんね。現行犯だということで、バンバン殺していますよね。
【古杉】それにブラジルはレクルソと呼ばれるもの(控訴・上告・異議申し立てなど)の種類がすごく多い(笑)
【深沢】テレビのコメンテーターが、「ブラジルはフェスティバル・デ・レクルソ(上告祭り)の国だ」って(笑)言っていたのを聞いて笑った。次から次へとね。それをやっている間は推定無罪で普通に生活できるから。お金持ちの容疑者ほど高い弁護士を雇ってどんどんレクルソして、その間は刑務所に行かないで済むという構図がありますよね。気がついたら20年、30年みたいな。

▼裁判を抱えていることへの意識の違い

【柏】日本って訴訟を持っているだけで、企業も個人も精神的なストレスがあると思うんですよ。なので、できるだけ早く終わらせたい。民事であれば和解して終わらせたいっていう。その点、ブラジルは企業が裁判を抱えていることにストレスを感じない風土がある。
【深沢】ブラジルは訴訟を起こされても、企業の方で負担を感じていない訳ですか。「10年でも、20年でもやって、よくない判決が出たら最後上告すればいい」みたいな受け取り方なんですかね。その辺、日本企業がブラジルに来たときに、日本的に判断しちゃいけないんでしょね。ブラジルにおいては「郷に従え」で、ブラジル的にのらりくらりと。
【古藤】法律、訴訟の大きな特徴はやっぱり長いこと。やっぱりその、駐在員としては大体4~5年の滞在。その間に裁判が終わるのは難しい。
【深沢】ほぼ確実に、その間に裁判終わらないですよね!
【古藤】そういうこともあるから、訴訟したくないという気持ちになるんじゃないかと私は思います。
【深沢】そこが大事なポントだと思います。ブラジルのそんな事情が分かって来た時には、日本に帰んなきゃいけない。
 「熟成させて、寝かせとけ」みたいな感覚にならない。次に日本から来た人が、日本の感覚で判断し直して、「やっぱりなんとかしなきゃ」とか思って、寝た子を起こしてしまったり…。
【古藤】そうなんですよねー。
【深沢】藪蛇つついてしまうみたいなね。その辺難しいですよね。でも日本から来た人とか、日本の本社は、「日本の頭」で判断するしかないですもんね。
【柏】日本企業が初めてブラジルに進出する際にびっくりするのは、やはり裁判の数だと思います。たとえば、ブラジル進出にあたり、現地の会社を買収しようとするときはデューデリジェンスという事前調査を行ないます。その際、対象となる会社に裁判がどれだけあるかとか、内容を調べるんです。その時に、例えば「労働訴訟が200件、税務裁判が100件あります」ということがこちらでは普通なので、ブラジルの裁判実態を知らない日本企業はびっくりする。
【深沢】それが普通なんですか?
【柏】はい。それが日本から見るとびっくりするということの一つだと思いますね。まあそれは従業員の数にもよるんですけれども。例えば千人ぐらい抱えている会社だと100件労働訴訟を抱えていてもそんなに珍しくはないっていう。
【深沢】日本企業がブラジルでより活発に活動していくために必要な、知っておくべき法律的な知識はかなり多いんでしょうね。
【柏】そうですね。
【古杉】赴任前の研修がもっと必要ということですか?
【深沢】ほとんどの人は来てから、オン・ザ・ジョブ・トレーニングで、分かった頃に帰るということの繰り返し。
 現地社員は最初からブラジルの常識の中でやろうとしてるんだけど、日本から来た人が、常に日本的なもので判断してしまう。そこのコンフリットが起きて、だんだんこなれてきて、ようやく分かった頃に帰ってしまい、新しい人が来て、また振り出しに戻るみたいな。そういうとこは多分どこの会社でもあるんでしょうね。

▼お互いの企業文化の理解を深めるために

【古藤】おそらく、もっと長くいればもうちょっと違う…。私の提案なんですけれども、やっぱりブラジルでも日本語を話せる弁護士を増やし、日本でポルトガル語が話せる日本の弁護士を増やし、お互いに相違の理解を深める必要を感じますよね。
【深沢】やっぱり言葉は大事ですよね。
【古藤】おそらくそれが一番大きな壁なんじゃないかと思うんですよね。
【深沢】あと言葉を通して、その言葉が持ってる文化、法律も含めた文化的な背景への理解を深めることも大事ですよね。
【柏】まさに私の役割はそこで、日本企業は当然日本の法律のバックグラウンドを基に私に質問してくるので、「日本の法律だとこうなってるけど、ブラジルだとどうですか?」っていう形で私に質問してくる。
 なので、日本の法律を知らないブラジル人弁護士は質問の意図がわからない場合があるんですよ。そもそも、「なんでそんなことを聞いているのか?」と思ってしまう。そんな時、私は質問者がどういうことを考えながら質問しているのかがわかるので、ブラジル人に対して「日本の法律上こういう制度があって、それに対してこういう解釈があるので、ブラジルにおいてそういう制度があるんじゃないか」と説明できる。
【深沢】大事な役目ですね、それは。その辺噛み砕いて説明してくれる人がいないと、本当にわからないですもんね。
【柏】もう一つ日本の企業文化をご説明すると、あることを実行しようとするときに、それに対して5個の手段が理論上考えられるけど、実際はその内の1、2個しか取り入れられないような状況があったとします。
 そのときに、ブラジル人の場合は、そもそも残り3個は説明しなくて良いんじゃないかと思いがちなんですね。
 ですが、日本企業の場合には、12345の全てを説明して、それに対してメリットとデメリットを考えて、その結果、1か2だねって言う判断をする。だから全部説明する必要がある。そこもブラジル人に理解されないことがあります。
 「そもそもその手段は取りえないんだから考える必要はないんじゃないか」って、ブラジル人は思うんですよね。それに対して日本の企業文化として、「あらゆる選択肢を考えたのか」っていうことを会社内で言われる。
 それに備えて、あらゆる選択肢を考えてそれに会社がメリットとデメリットを考えた結果、コレですよっていうプロセスが日本の特に大企業だと大切になってくる。
 そういう企業文化っていうのもブラジル人は中々判らないので。そこを伝えるっていうのも重要な役割かなって思っています。
【深沢】ほっほ~う。なるほど、ビジネスの世界においても日本とブラジルとの文化の違いが、かなりあるんですね。
 日本移民が普段感じている異文化体験が、企業という現場でもそっくりそのままあるんだと共感を覚えますね。
 移民は昔から法律が分からなくて泣いてきました。だから戦前移民は子供が育つと真っ先にUSP法学部に入れたんですよね。同様に病気で困ったから、子供を医学部に入れて医者にした。周りを見たら、日系の弁護士や医者はたくさん居ますよね。
 でも、日本語ができる弁護士や医者はどんどん少なくなってきている。皆さんのような存在は貴重です。ぜひこれからも頑張ってください。

image_print

こちらの記事もどうぞ