樹海

「樹海」拡大版=ボルソナロという虚像=デジタル空間に移った選挙活動の主戦場

このようなmemesがインターネットやSNSであっという間に広まって、有権者の印象を左右した
このようなmemesがインターネットやSNSであっという間に広まって、有権者の印象を左右した

 今選挙の特徴の一つは、前回までは道端にあふれていた候補者のサンチーニョ(ビラ)を配ったり、候補者の応援旗を振ったりする人がほぼいなかった点だ。にも関わらず、「ボルソナロ効果」が起きて、政治地図が大激変した。これが意味するのは、「宣伝活動の主戦場が道端という実際の空間から、インターネットやSNSというデジタル空間に完全に移行した」ことだ。現実空間よりも、デジタル空間の方が影響を持つようになった初めての選挙といえる。(深)

 今回の選挙では初めて、グーグルやフェイスブック、ツイッター、インタグラムに料金を払って、デジタル空間に選挙広告をバラまくことが許可された。これに広告を出す場合、どんな人に広告を見てほしいかというキーワード、見せるタイミング、どの地域に住んでいる人に見てほしいかなどの設定ができる。
 その条件に合致した人がフェイスブック、ツイッターなどを見る際、自動的にその広告が挟み込まれるようになり、それが面白ければシェアされてどんどん拡散する。
 「シェア」というのは、フェイスブック上で自分と「友達」になっている人とそれを共有するという意味だ。シェアされた広告は、友達がフェイスブックを見た時に表示される。これを「拡散する」という。
 たとえば、こうやって拡散する。Aさんは「面白い」と思った情報や広告をシェアする。もしもAさんに「友達」が100人いれば、シェアした情報が友達に表示される。それぞれの「友達」にも100人の「友達」がおり、そのうちの3割がシェアすれば3千人に広まる。次の段階で、3千人のうちの3割がシェアすれば9万人、その次は270万人、その次は8100万人に広まる。つまり、5回シェアされ続ければ全有権者の半分に届く計算になる。
 ネズミ算以上の広まり方だ。しかも「友達」を経由して拡散するので、噂話のように広まりやすい。もしも、Aさんが宣伝活動のプロフェッショナルの場合、その選挙宣伝が面白ければ、1時間もしないうちに有権者の過半数に広まる可能性がある。8100万人のうちの1割が、その情報に影響された投票をすれば81万票を獲得したも同然だ。
 連邦議員が当選するには約10万票、大統領選挙なら5千万票レベルの票を獲得する必要があるが、このような機能を活用すれば、従来のようなテレビCMや大新聞に広告を出すよりもはるかに安く宣伝ができる訳だ。
 直前の投票予想調査では泡沫扱いだった無名候補が、リオ州知事選やミナス州知事選の一次投票では突然2位以内に大躍進した背景には、このような宣伝システムがあった。投票日直前のテレビ公開討論で、どちらの候補もボルソナロ支持を表明した。それが、前述のシステムで一気に広まり、大番狂わせを生じさせたようだ。
 従来のように、大量に人を雇って道端でビラを撒いたり、高い金を払ってテレビや大新聞で宣伝をするより、はるかに効率的な選挙宣伝が今回からはできるようになった。
 これが、ボルソナロ効果を可能にした最大の原因であり、彼を支持する資金力のない新人政治家を大躍進させた最大の武器だ。

▼面白オカシイmemesで宣伝

 ただし問題は、「友達」に紹介するにふさわしい「面白い情報」でないとシェアされないことだ。
 この「面白ければ」というのが本当にクセモノだ。普通のまじめなニュースや情報は、さほど面白くない。シェアされるには、『面白くする』必要がある。つまり、国民性に訴えるようなピアーダ(ジョーク)的な情報にする。
 そこには、フェイクニュース(偽ニュース)的なもの、正当な批判というよりはただの誹謗中傷、候補者の人格の完全否定が多く含まれるからだ。
 今回の選挙中、インターネットやSNSなどのデジタル空間で、サンチーニョの代わりに飛び交っていたのは、「memes」と呼ばれるピアーダ面白画像だ。(https://webinformado.com.br/tag/memes-candidatos-2018/
 たとえば、新人大統領候補のカーボ・ダシオロがなぜ、元財相メイレーレスを出し抜いて1・26%(134万票)も得票したかは、memesを見れば一目瞭然だ。
 彼は「選挙活動を始める」と称して、リオのモンチ・ダス・オリベイラスに21日間も山籠もりして精神修養をした。山から下りてきてグローボの取材に答え、開口一番「私は大統領になる。でもどうやってなるかは知らない」などと発言して話題になった(G1サイト25日付)。
 そんな狂信的な宗教者のキャラクターがネット上で面白がられており、《グローボニュース=カーボ・ダシオロを知っているか。プラナルト(大統領府)から悪魔祓いをすると約束した大統領候補の牧師=インターネットで大人気の候補》などと、グローボサイトのニュース頁ソックリの映像が張り付けられている。
 memesからは、アウキミンに人気がなかった理由も推測できる。たとえばこれだ。3コマ漫画のような構成で、1枚目には十字架の写真の上に「テメル政権は死んでいる」との文字、2枚目には墓からゾンビ(生き返った死者)が出てくる写真に「だが彼は甦るかもしれない」、3枚目はアウキミンの顔写真で「ザ・アウキミン・デッド」(ゾンビ・アウキミン)と太字の見出しという具合だ。
 ボルソナロのものは、彼をバカにしつつも親近感を感じさせるものが多い。
 ちなみに、ワッツアップも今回の選挙に大きな影響を与えたが、これは広告がない。ただし、memesを広める媒体としてワッツアップが果たした役割は大きい。
 今回の選挙には、memesを作って広めるプロフェッショナル、特定の候補を徹底的に攻撃したり、逆に親近感を醸成するようなコメントをネット上の様々な場所に書き込むプロフェッショナルが、数百人単位で雇われていたと想像される。
 このような表面的な中傷やらフェイクニュースモドキが無数にデジタル空間を飛び交い、ピアーダ的な印象操作によって選挙が動いた。あまりに浅薄な選挙活動だと唖然とせざるを得ない。

▼ボウロナロは何を考えているのか?

 では、ボルソナロはどのような人物なのか。
 「逆ルーラ」だ――5日から始まったテレビ選挙宣伝放送を見て、そう直感した。政策的にルーラPTの逆を行くことを基本にしながらも、興味深いことに、その言葉使い、振る舞いは、むしろそっくりと言って良いように感じる。
 だから、2年以上前からルーラ対ボルソナロという二極化図式が浸透してきたのだと痛感する。ブラジルの歴史上に節目節目に現れる〃カリスマ的なボス〃の雰囲気を感じる。
 とくに言葉使いだ。ルーラの演説は庶民に訴える分かりやすい直感的な言葉使いで有名だが、ボルソナロもまさしくそうだ。その点、本来ならアンチPTの雄として決選投票に残るはずだったPSDBのアウキミンは、言葉使いが難しすぎた。内容はある。だが、庶民に理解できない。memesのように面白くない。
 ボルソナロを支持する庶民は、彼をこうイメージしている。「軍出身だから規律に厳しくて汚職からほど遠い」「敬虔なカトリック」「厳しくも愛情のある父親」。
 だから彼の標語は「Brasil acima de tudo e Deus acima de todos」(ブラジルは全ての上に、神は全ての上に)という実に抽象的なモノ。前半からは「国家発展のためには個人の自由は制限されても仕方ない」という国家主義的な雰囲気が漂い、後半からは「今風の民主的な議論よりも、昔ながらの倫理道徳」というカトリック風修身の匂いがする。
 本人はローマ・カトリックを信仰しているが、一次投票の最後に支持することを決めて、彼の優勢を決定づけたのはエヴァンジェリコ勢(新興プロテスタント福音派)だ。中でもとくに強力なのはウニベルサル教会。その創始者エジル・マセド氏は、国内第3位のTVレコルジ局(7チャンネル)の所有者でもあり、マセド氏の意向を酌んだ論調でニュースが報じられることが度々指摘されている。
 米国ではトランプが「米国優先主義」をスローガンにして、低学歴者にも分かりやすい言葉使いの演説をして魅了した。民主党的なグローバリスムやマイノリティ優遇政策を否定し、それらの政策によって虐げられてきた貧乏白人層を惹きつけて選挙に勝った。
 ボルソナロも軍政擁護のナショナリストであり、黒人差別や貧困対策を最重要視するPTの人権擁護的な政策から距離をおくという面で、たしかに似ている部分がある。

▼法律は作らないが息子を政治家にするのは成功

 連邦議会の動きを専門に報道するコングレッソ・エン・フォッコ・サイト9月11日版の記事によれば、ボルソナロは1991年から7期目の連邦下議の任期中だが、彼が起草して議会で承認された法律はたった一件しかないという。
 《議会の中では、エヴァンジェリコ議連(プロテスタント福音派の議員)やバーラ(銃弾)議連(拳銃所持簡易化を支持する議員)に混じって馬鹿笑いをする彼の姿は見られるが、それらどのグループのけん引役になったこともない。息子のエドゥアルド下議の〃おまけ〃的印象だ》と辛らつに書かれている。ただし、「起草は2件」と書くサイトもあるが、とにかく少ない。
 法律を作ってこなかった上に、驚くなかれ、彼はこの30年間で9回も政党も変わっている。
〈1〉PDC(1989―93年)、〈2〉PP(1993年)、〈3〉PPR(1993―95年)、〈4〉PPB(1995―2003年)、〈5〉PTB(2003―05年)、〈6〉PFL(2005年)、〈7〉PP(2005―16年)、〈8〉PSC(2016―18年)
 むしろ、この約30年間で彼が一番力を入れていたのは、「政治を家業にすること」かもしれない。4男1女をもうけたが、うち3人の息子が政治家を継いだからだ。
 前述のエドゥアルド(次男、34歳)は、今回もサンパウロ州から出て下議選史上最多の184万票を得て再選した。もっとも「ボルソナロ効果」の恩恵を被った一人だ。
 長男のフラヴィオ(37歳)はリオ州議だったが、今回なんと上議に当選した。これも親の七光りの典型だ。ちなみに三男カルロス(33歳)はリオ市議だ。「政治を家業にする」意味では、成功者といえる。
 ただし、政治を家業にする以外に、さしたる実績のない人物が、時流にのって〃カリスマ〃になってしまったことは、ブラジル国民にとっては不幸な事実かもしれない。

▼いまだに政策が良く分からないボルソナロ

 先週のったウーベル運転手、40歳前後の白人男性に聞いたら、やはり「ボルソナロに投票した」という。「PTは汚職が酷すぎる。大政党はどこも同じで期待できない。彼なら汚職や犯罪を減らしてくれると思った」とその理由を説明した。
 さらに「バンジード(強盗)が人を殺して刑務所に入ったら、その家族はなんと2最賃も貰えてヌクヌクと生活できる。本人も安心して刑務所暮らしができるし、家族も歓迎だ。でも軍警がそんなバンジードを殺して、そいつの家族から過剰防衛だって訴えられて逮捕された場合、PMの家族がいくらもらえるか知ってるか? ゼロだよ、ゼロ。世の中オカシイと思わないか。そんな風にバンジードばかり法律で保護されているから犯罪が減らないんだ。ボルソナロならそれを糾してくれる」と熱弁を振るった。
 これは、国内第4位のTVバンデイランテス局の看板ニュース番組「ブラジル・ウルジェンチ」の人気アナウンサー、ルイス・ダテナと同じ論調だ。ダテナとボルソナロは仲がいい。そういえば、ボルソナロが暴漢に腹部を刺されてアインシュタインに入院した後、最初に独占インタビューしたのがダテナだった。ダテナ自身が今回の選挙で上議選への出馬を持ちかけられていた。もし出馬していれば、ボルソナロ人気を追い風に当選していた可能性は高い。
 ウーベル運転手の大半はそれなりの自家用車を持ち、今回の大不況の前まである程度まともな会社で正規雇用されていた人が多い。つまり今回の大不況の犠牲者的なプロフィールを持っており、その財政破綻の原因を作ったPTを憎んでいる。
 ボウロナロの基本方針は「小さな政府(省庁の大幅削減)」「国営企業の半減」「汚職撲滅」「年金受給年齢引き上げ」等で、財政赤字の大幅削減を優先課題と謳っている。
 さらに治安回復のために、いまは18歳以上にしか適用されない刑法を16歳に引き下げること、「身を守りやすくするために」との名目で銃保有を簡略化する施策を打ち出している。
 とはいえ、肝心の経済面に関して「オレは良く分からない」と早々に認めている通り、ズブの素人だ。そこで銀行家上がりで経済学者のゲデス氏を登用したので、リベラルな経済政策が取られると期待され、金融市場が味方に付いた。だが、つい先週ボルソナロ本人が「エレトロパウロは民営化すべきではない」などと発言し、決選投票では基本方針がブレてきたのを見て、市場が動揺して株価下落につながった。
 今まで見てきたように、ボルソナロは法律を立案したことがほぼなく、専門分野の議連で中心的に振る舞ってきた経歴もない。つまり、政治家としての経歴は空っぽに近い。だから一次投票の前にテレビ公開討論会に出ていたら、ライバル候補に問い詰められてタジタジになり、醜態をさらしていたことは十分にありえる。その意味で、今まで公開討論会に出なくて済んでいるのは、まさに刺傷事件のおかげだ。

▼何らかの形で「票まとめ」が必要では?

 先週来社した飯星ワルテル下議と話していて痛感したが、国民は既成大政党に絶望し、根本的な大変化を求めている。PT、MDB、PSDBがその既成大政党の典型だ。だから3分の2が改選された上院では、選挙前には前述3大政党で81議席中の42議席を占めていたのに、今回の惨敗で26議席に激減、逆にボルソナロのPSLはゼロから4に急増した。
 下院においては513議席中、選挙前には3大政党で161議席を占めていたが116議席に激減した。PTは減ったとはいえ、最大派閥56人を保った。一番減らしたのはテメル大統領のMDBで、前回選挙で66人選出したのに、今回はたった34人。
 アウキミンのPSDBは下院で前回54人当選させたのに、今回は29人。前回までは議席数3位の大政党だったのに今回は9位に落ちた。惨敗だ。
 逆に、PSLは4年前にはたった1人しか当選させられなかったのに、今回はなんと52人だ。
 このボルソナロ効果という〃大波〃によって、PSDB連立与党などの中道政党に属していた、日系社会を基盤とする日系連邦議員が押し流され、全員落選した。入れ替わりに、ボルソナロ支持を表明していた候補者の多くが大波にのって当選した。
 190万日系社会の7割、130万人余りがサンパウロ州に住むと言われる。有権者数でいえば、ほぼ95万人だ。10万人で一人の連邦下議を押し上げられるので、計算上は9人も出せる。実際、多い時には5人の下議がいた。ところが、今回はゼロだ。
 全人口の0・7%が日系人だと思えば、513人の下院議員中で3~4人いるのが適正なバランスだ。今回、西森ルイス氏と新人キム・カタギリ氏だけなのは寂しい。特に最大の日系社会をかかえるはずのサンパウロ州で、コミュニティ基盤の日系政治家が一人もいないのはいかがなものか…。
 シリア系やアラブ系、イタリア系子孫の候補が溢れる連邦議会だからこそ、日系候補も同じ様に存在感を示していい。2年後の地方選挙では、インターネットの宣伝専門家を利用すると同時に、やはり、日系社会においても何らかの形で上手に「票まとめ」をする仕組みが必要ではないか。

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