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イグアスの滝、アマゾン河、そして悪魔の洞窟

画面右下の階段上部に青年が一人。高い天井に天然のシャンデリアのように釣り下がっている無数の鍾乳石を見つめている

画面右下の階段上部に青年が一人。高い天井に天然のシャンデリアのように釣り下がっている無数の鍾乳石を見つめている

 「これが太古の闇か…」――ガイドが鍾乳洞の電気を消した瞬間、深い感動を覚えた。
 「悪魔の洞窟」(Caverna do Diabo)はイグアスの滝、アマゾン河に匹敵するブラジルが世界に誇る観光資源ではないか。もっと日本からの観光客にアピールしても良いはずの場所だと感じた。
 コラム子は仕事柄、ブラジル各地に足を運んでいるが、実は式典会場や日系移住地だけで観光地をほぼ知らない。この鍾乳洞にも初めて訪れて深い感動を覚えた。
 イグアスの滝を最初に見た時も、ついつい故郷静岡が誇る「白糸の滝」を思い出した。故郷の滝はまさに「糸」一本だったが、イグアスは数百メートルにわたる「水のカーテン」だった。
 両親を連れてアマゾン河の夕暮れを見にいった時も、父は「向こう岸はどこだ。これじゃまるで海ずら…。狩野川が可哀想」と故郷の川を悲しんでいたのを思い出す。今回は富士の風穴と比較してしまい、スケールの大きさに圧倒された。
 よくSF映画では、地底に作られた秘密都市が描かれるが、そんな「地底世界」とか「地底城」に迷い込んだようだった。25メートルはありそうな高い天井、そこから無数に垂れ下がる鍾乳石のツララ、地面からせり上がるモノ、300年物のフィゲイラのように太い柱状になったもの、カーテンのようにヒラヒラした形のもの、ミルクを垂らしたような艶のあるもの、鍾乳洞は実に様々な顔を持っている。
 その1センチが伸びるのに1千年以上かかると聞かされ、あまりに荘厳な数百万年がかりの大自然の芸術作品にひれ伏したい気分になった。
 ガイドの話では、以前から洞窟の存在は知られていたが、1891年にドイツ人学者リッシャ・クロスが鍾乳洞であることを再発見した。地図で見ると海岸のカナネイアから海岸山脈に60キロほど入ったエルドラド市にある。
 El Dorado(黄金)というスペイン語の地名の由来は、この地域で1700年代に金採掘がスペイン人によって盛んに行われていた歴史的な痕跡だ。ガリンペイロたちはリベイラ川の河口の町イグアッペから船で上流に遡って、砂金掘りをした。上流に向かってレジストロ、セッチ・バーラス、エルドラドとなる。
 エルドラドは採掘場として有名で、そこ砂金を大量に見つけたと噂されたスペイン人ガリンペイロが、レジストロにあったポルトガル王朝時代の金測量所(Registro)をなぜか手ぶらで通過して祖国に帰った。
 通常、採掘した金の2割を植民地政府に税金として収める義務があったから、必ずそこで計った。そんな経緯からレジストロの町の名や、ガリンペイロがレジストロの直前で7本の金の延べ棒(barra)にして埋めて隠したという伝説が生まれ、それが地名になった。
 この地域全体の地名が18世紀のゴールドラッシュ時代に由来する。その時代、砂金掘りの奴隷労働者として黒人がたくさん連れて来られた。彼らの一部が、前人未到の上流や山中に逃げ込んだ。そんな逃亡奴隷が作った隠れ里がキロンボーラで、山の中にある悪魔の洞窟はそんな村落が8つも集中した場所として知られ、一般人は近寄らなかった。
 ガイドによれば、逃亡奴隷たちは食糧の隠し場所として、洞窟の奥を利用していた。奥の方に隠したはずなのに、誰かがそれを食べた形跡があった。「実際はオンサ(ジャガー)が食べたと思うが、当時は洞窟の奥に悪魔が住んでいて、ときどき出てきた悪さをすると信じられていた」と解説した。
 聖州最大規模を誇るこの鍾乳洞は、全長6300メートルもある。だが公開されているのは手前600メートルのみ。照明が付けられ、432段ものコンクリート製の階段が付けられている。
 コラム子は岐阜県人会の一行13人と同行して訪問した。人数が多いのでガイドが2人ついたため、その一人が気を利かせて最奥部の電気を10秒間ほど消す演出を特別にしてくれた。その時に、原始人が感じたであろう真っ暗闇への恐怖を感じた。
 ガイドが必ず同伴するため1日当り672人までの入場制限がある。聖市から南西に約290キロあり、車で片道5、6時間かかる。そのためだけに行くには遠いが、レジストロの「おばあ茶ん」紅茶園見学や、灯籠流し参加などの折にぜひ訪れてほしい場所だ。
 駐在員の人にもぜひ足を伸ばして欲しい。鍾乳洞好きには堪えられない素晴らしい洞窟だとお勧めしたい。(深)

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