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櫻井杏理選手が銅メダル=車いすフェンシングW杯=東京パラ五輪に繋げる

試合に臨む藤田選手(藤田裕香さん提供)

試合に臨む藤田選手(藤田祐香さん提供)

 伯国フェンシング連盟のパラリンピック委員会主催「車いすフェンシング世界選手権」が、21日から25日の5日間、聖市南部のブラジリアン・パラリンピック・トレーニング・センターで行われた。日本からは男子6人、女子1人の7人が出場。櫻井杏理選手(30)が見事銅メダルを獲得した。

 日本からは恩田竜二選手、加納慎太郎選手、笹島貴明選手、角田成選手、藤田道宣選手、安直樹選手、櫻井杏理選手の7人が出場。
 櫻井選手はエペ個人女子カテゴリーBで銅メダルを獲得した。同選手は20歳の時に椎間板ヘルニアの手術を受け、車いすでの生活となり、車いすフェンシングを始めた。
 藤田選手(32)はフルーレ、エペの個人男子カテゴリーBに出場。予選を通過しベスト16、ベスト32入りを果たした。試合を振り返り「ベスト8には入りたかったが、壁は厚い」と悔しさをにじませた。
 同選手は龍谷大学付属平安高等学校でフェンシングを始めた。当時の同校には北京五輪で銀メダルを獲得した太田雄貴氏も所属。龍谷大学進学後も競技を続けるが、大学2年生の時に海水浴中の事故で頚椎を損傷し下半身不随となった。その後車いすフェンシングを始め、現在では日本選手権で優勝する実力者。
 また日本は男子団体戦に出場。ウクライナ、ドイツ、カナダと対戦したが、25対45、32対45、29対45と3戦3敗。
 今大会は2020年東京パラリンピックの選考も兼ねた大会。2018年から2020年までの指定大会の成績を基にしたポイントにより、上位選手がパラ五輪に出場できる。
 車いすフェンシングは一般のフェンシングと同じ剣と防具を使用し、ルールも一般のものに準じる。ただし、車いすを固定して対戦する点で大きく異なる。個人種目は男女ともフルーレ、エペ、サーブルの3種目があり、障がいの程度に合わせてカテゴリーA、Bに分かれている。団体戦は控え1人を含めた4人が出場し、総当たり戦で勝敗を決定する。


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 車いすフェンシング世界選手権が21日から25日の5日間、聖市で行われ、日本から7人の選手が出場した。その中には驚きの経歴をもつ選手も。安直樹選手(41)は元車いすバスケットボール選手。チームを日本選手権3連覇に導き、2004年のアテネパラ五輪にも出場。イタリアで日本人初のプロ選手として活躍した輝かしい経歴の持ち主。37歳の時、若手の台頭からパラ五輪出場が困難になり、別競技への転向を決意。現在では車いすフェンシング選手として、日本選手権で優勝するほどの実力者に。日本の選手は歴史のある強豪ヨーロッパと比べるとまだ実力差があるそうだが、東京パラ五輪では日本人選手の活躍をもっと見たいもの。

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