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石井千秋、五輪名選手殿堂入り=全競技中最多22メダルの最初=柔道は伯国スポーツ界の大黒柱

手形をもつ石井さんと娘バニアさん(左)、妻・恵子さん

 「こんなに名誉なことはない。銅しかもらっていないのに、申し訳ない」―ブラジル柔道界に初五輪メダルをもたらした男、戦後移民・石井千秋さん(77、栃木県)は20日午後2時、ブラジル五輪委員会(パウロ・ワンデルレイ・テイシェイラ会長)が聖市ガルボン・ブエノ街を閉鎖して行った特別イベント「Hall da Fama(五輪名選手殿堂)」で、記念手形をとった際に本紙取材に答えて、そう謙遜した。ブラジルにとって五輪種目中で最多メダル獲得競技は、文句なしに柔道の22個。その最初の一個を手にしたのが、1972年ミュンヘン五輪の石井さんだった。

「東京2020まであと1年」イベントの一環。ガルボン街に五輪マスコットが出て、記念撮影する様子

 ロジェリオ・サンパイオ同専務理事に聞くと、昨年末から手形とりが始まり、石井さんが6人目。13人の選考委員会のうち80%以上が「ブラジル五輪の歴史を代表する人物として相応しい」と承認しないと、認められない。同専務理事は、「石井先生は柔道で初。もちろん100%承認でした」とほほ笑んだ。日本人、日系人でも初だ。
 ブラジル柔道連盟のシルヴィオ・アラシオ・ボルゲス会長は「彼がメダルをとったことで、多くの選手たちは、自分たちも練習をすれば同じ様にとれると勇気づけられた。栄光の22個のメダルは、彼の一つから始まった。今ブラジルのスポーツ界全体において、柔道の存在感は大きい」と柔道界初の手形を石井さんが残す意義を強調した。

「東京2020まであと1年」イベントの一環。ガルボン街で空手の模範演技

 特設会場にグローボTV局をはじめ、多くのブラジル・メディアが押し寄せる中、石井さんは「今日は人生で一番幸せな一瞬を味わっている」としみじみ語った。手の型を取り、記念プレートを授与され、東京2020用のブラジル代表ユニフォームをプレゼントされた。
 石井さんは「女房に助けられて、この日を迎えられた」と感謝。妻・恵子さん(75、栃木県)は「実は2017年から糖尿病の関係で入院している間、院内感染で2回死にかかったんですよ。元気になれて、今日こうして晴れの場に来られたのは、皆さんが支えてくださったおかげ。主人は今日、本当に感激しています。珍しく『涙が出るほどうれしい』と言っていました」と明かした。

「東京2020まであと1年」イベントの一環。サーフィンを体験する来場者たち

 ブラジル講道館柔道有段者会の関根隆範会長も「石井千秋は選手でしたが、その時の伯国柔道代表チームの監督は岡野脩平でした。彼らが出発点です。今のブラジル五輪委員会の会長も専務理事も、そこから育った柔道関係者。柔道によって鍛えられた人材が、今ではブラジル・スポーツ界全体を支えているといっても過言でない。移民が伝えた柔道は、ブラジルの大黒柱に育ちました」と感激した様子だった。
 同五輪委員会によれば「Hall de Fama」はリオに設置される予定。

石井さんを囲んで記念撮影する歴代の五輪メダル所持者たち

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