ホーム | Free | ニッケイ新聞 63回パウリスタ・スポーツ賞=特別賞8人含め25氏に栄誉=元伯国代表サッカー選手も=聖市議会で9日に授賞式

ニッケイ新聞 63回パウリスタ・スポーツ賞=特別賞8人含め25氏に栄誉=元伯国代表サッカー選手も=聖市議会で9日に授賞式

昨年のプレミオ・パウリスタの壇上から見た様子

 伝統あるニッケイ新聞主催の『第63回パウリスタ・スポーツ賞』授賞式が9日夜、聖市議会の貴賓室で行われる。戦後、勝ち負け抗争で荒れた日系社会の世相を、日系スポーツ界振興を通して親和を図ることを目的に始まったのが、日系社会最古のこのスポーツ賞だ。今回はコロニア、ブラジル社会で指導者や選手として競技の振興や普及に尽力した功労者25人に対し、記念プレートを授与する。東京五輪を来年に控え、機運が高まるスポーツ界。その貢献者を19部門から選んだほか、さらに特別賞として、日伯交流に貢献する元ブラジル代表サッカー選手や、将棋界からも選ばれた。式典を前に、各人の経歴を紹介する(ABCで競技名順(ポ語)、敬称略)。

【特別賞・陸上】ケイチ・フギタ(77、二世)
 日系最古の陸上競技組織、アテ・ア・ビスタ会(AAV)の推薦。フギタさんは陸上競技のスコアシート(記録表)の専門家。日系社会はもとより、パウリスタ陸上連盟においても多大な貢献をした人物。30年を超える長い間、300以上の多様な競技においてポランティアの専門家として比類のない支援を重ねてきた。

【特別賞・アマチュアスポーツへの貢献】佐々木ヴァルテル(71、二世)
 2011年から総合型地域スポーツクラブ「ニッポン・カントリークラブ」で理事長を務めている。日系社会で最も大きいクラブであり、数多くのスポーツ団体を有し、老若男女問わず幅広くスポーツの普及に貢献している。

【特別賞・柔道】松堂忠顕(84、沖縄県)
 1958年にボリビアのサンタ・クルス・デ・ラ・シエラ市に移住し、6年後に聖市に転住。70年にスザノ市に移り、ヴィラ・ウルペス文化体育協会で柔道の普及に尽力し、沖縄県人会本部でも活躍した。01年7月には柔道の交流で伯国の団体を沖縄県に連れて行き、「第5回世界ウチナーンチュ大会」に参加。また、98年からは沖縄角力(すもう)を沖縄県人会で復活させ、18年には日本人伯国移住110周年記念で沖縄角力大会を促進させた。

【特別賞・柔道】柳森優(まさる)(98、熊本県)
 1936年に渡伯。50年から柔道と日本語教師として聖州マリパ市で活動を始め、59年にはツッパン市で柔道協会の講師として柔道の普及に務めた。69年にはオザスコ市に転住し、82年に柳森柔道道場を創設。柔道講師として活躍した。また、柳森さんは日本語教育にも尽力した功績が認められ、日本政府から勲五等を叙勲されている。

【特別賞・相撲】籠原功(79、二世)
 1949年聖市生まれ。53年に聖州サント・アマーロ市で相撲を始め、全伯相撲大会に20年間連続で選手として参加。引退後は、パウリスタ相撲連盟、伯国相撲連盟の行司として、25年間伯国相撲業界に貢献してきた。その後はパウリスタ相撲連盟の会長を01年~06年まで3期務め、伯国相撲連盟の会長を07年~18年まで3期務めた。

【特別賞・ゴルフ】ロベルト・ヨシオ・アキヤマ(57)
 1962年聖市生まれ。ゴルフ普及に務め、聖州ゴルフクラブの主催するゴルフ大会のホールインワンの賞品として、自動車やバイクを提供してもらうようにホンダに働きかけた。その結果、現在ブラジル日系ゴルフ大会は50回近く開催され、全伯から200人が参加するイベントとなった。

【特別賞・将棋】吉田国夫(81、二世)
 1938年聖州プロミッソン市生まれ。13歳から父親と共に将棋を始め、17歳で聖州ノロエステ線代表としての第10回名人戦に出場した。その後も数々の将棋の国内戦に参加し、12回優勝を果たした。現在はブラジル将棋連盟の会長を務めている。

【特別賞・サッカー】セーザル・サンパイオ(51)
 1968年生まれ、元伯国代表及び元Jリーグ選手。名門・パルメイラスで長年活躍した他、Jリーグでは横浜フリューゲルス(現横浜F・マリノス)等に所属。98年にはフランスで行われたW杯で3得点を挙げ活躍した。現在はサッカー解説者、ジャパン・ハウス運営委員などを務めている。

【陸上】マリウセ・ミツエ・カワシマ・スギヤマ(42、三世)
 聖州パセンブ市出身。94年にオザスコ市に転居し、競技人生を始めた。98年に初めて日系国際スポーツ親善大会で陸上競技のブラジル代表選手として出場。その後8回出場選手として招待され、毎回4つの競技に参加し活躍している。

【野球】クラウジオ・カズヒサ・マツモト(57、三世)
 バステンセ(現ゲセブス)の野球チームで競技人生を始め、15歳で南ブラジルチームの選手に選ばれる。ブルージェイズ(現ニッポン・ブルー・ジェイズ)に入団し、現在は幼年カテゴリーのコーチを20年以上務め、野球選手の育成に貢献している。

【ゴルフ】エミ・ノムラ(85、二世)
 1929年、聖州リンス市生まれ。30歳でゴルフを始め、聖州ゴルフ連盟に入会。その長い選手人生の間に数々のトロフィーを獲得。12年からは聖州ゴルフ連盟で実績を表彰され「エミ・ノムラ杯」が創設された。現在も全伯の日系ゴルフ大会で審判を務める。

【ゲートボール】本多八郎(74、二世)
 88年にゲートボールを始め、97年以来伯国GB連合会で理事を務める。02年には南米GB連合会や世界GB連合会のメンバーも務め、ゲートボールの普及に貢献している。伯国GB連合会の会長を15年~18年の2期務めた他、数々の国際大会で審判を務めた経験を持つ。

【柔道】オズワルド・クペルチノ・シモエス・フィーリョ(66)
 1969年に、バイーア州サルバドール市で柔道を始めた。72年には、伯国の重量級で初めて優勝する。その後も数々の大会で優勝し、パンアメリカン競技大会やパンアメリカン柔道選手権大会で金・銀・銅メダルを獲得し、伯国柔道界に貢献し続けている。

【剣道】長谷川康一郎(75)
 1966年に渡伯。日本にいる12、3歳の頃に、父親の指導を受けて剣道を始める。60年に初段を取得し、渡伯後も剣道を続けて14年には七段を取得。ブラジル剣道連盟ジュンジアイ支部の剣道指導者として後進の育成に務める。

【健康体操】アリス・キミエ・ナカムラ(68)
 1951年生まれ。04年からニッポン・カントリークラブの理事を務める他、ラジオ体操と健康体操の指導員として活躍している。

【古武道】クリスチーナ・サチコ・ホッジ・ボウム(46、二世)
 リオ・デ・ジャネイロ州出身。01年に剣術の稽古を始め、02年に伯国大会で優勝、06年に準優勝。04、05年にカリオカ大会で優勝、15年に準優勝を収めた。現在はリオ・デ・ジャネイロ道場で剣術の指導員として貢献している。

【マレット・ゴルフ】西本ミツオ(68、二世)
 07年に国士舘大学スポーツセンターでマレット・ゴルフを知り、スマレー日伯協会で最初のマレット・ゴルフ場を建設した先駆者の一人。選手として近年も、16、17、19年に様々なカテゴリーでメダルやトロフフィーを獲得している。

【マレット・ゴルフ】ルシアノ・マサオ・サトウ(68、二世)
 08年にスマレー日伯協会でマレット・ゴルフを知り、10年から競技を始めた。同年、国士館スポーツセンターで行われた大会で優勝。14年に病気で中断したが、16年に競技を再開。数々の大会でメダルやトロフィーを獲得している。

【パーク・ゴルフ】ウィルソン・マサオ・ヤマモト(66、三世)
 1952年、パラナ州ジョアキン・タヴォラ市生まれ。03年に聖州アチバイア市で競技人生を始めた。ブラジルパーク・ゴルフ連盟のインターネットページ作成等を担当し、普及に貢献。18年まで同連盟の副会長を担い、19年からは会長を務めている。

【ラジオ体操】木下ジョージ(81、二世)
 1938年生まれ。98年から現在まで、ブラジルラジオ体操連盟で企画部長、副会長、会長、顧問など数々の役職を担い、長年ラジオ体操普及のために尽力。聖市、聖州スポーツ省により、数多くの表彰も受けている。

【リズム体操】マリナ・ミチコ・サイトウ・クシヤマ(58、二世)
 1961年、聖州リンス市生まれ。02年にラジオ体操の指導員の資格を取得、さらに10年に健康体操の指導員の資格を取得。リズム体操は18年に準指導員の資格を取得した。空手も二段の腕前を持つ。

【ソフトボール】マイラ・サユミ・アカミネ(27、四世)
 6歳の時にパラナ州マリンガ市でソフトボールを始め、マリンガのチームで何度も勝利した。10年にソフトボール伯国代表チームに選ばれる。15年にマリリアのチームに入り、数々の国内戦及び南米戦での優勝経験を持つ。

【相撲】清田武久(75)
 清田さんは14歳で相撲を始め、57年に聖州イトゥ市で第一回地域相撲大会に参加した。82年に国際相撲選手権大会に参加し、その後は選手と行司の補助員として活躍。02年にはサルト相撲が設立され、指導員として参加。10人の生徒を35人に増やし普及に貢献。15年にはベテラン選手として試合に参加、さらに行司も務めた。

【テニス】ジロウ・セルジオ・サカキバラ(52、二世)
 77年に11歳でテニスを始めた。14歳の時に国際大会の幼年カテゴリーで優勝。18歳でブラジル青少年カテゴリー、ウルグアイのモンテビデオで行われた南米大会の伯国代表等で優勝経験を持つ。以後、04年まで数々の国際大会で優勝を収めた。

【卓球】佐藤誠(66、岡山県)
 1953年生まれ。91年から競技人生を始めた。97年以来、サンパウロ州卓球連盟の総合大会で27回優勝しているクラブの副会長を務めた。また、同じく97年から伯国が開催する卓球の国際大会では、参加するチームのコーディネーター及び育成・選抜責任者を、男性チームで15回、女性チームで8回務め貢献した。

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