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憩の園=移民ショーで客席も舞台も涙=歌手「涙堪えて歌うのが大変」=2回公演で満員の大成功

終幕時にずらりと並んだ出演者たち

 「おじいちゃん、おばあちゃんの苦労が伝わってきて、涙が止まりませんでした」――社会福祉法人「救済会」(佐藤直会長)が主催した慈善歌謡祭「日本移民ショー(移民には歴史がある。それを音色で知って)」が9日に文協大講堂で行われ、来場者の平間セリアさん(46、三世)は幕間に取材に答えて、そう涙をぬぐった。日本の歌謡曲と芝居で移民史をたどる試みは大成功し、2回公演合わせて2千人以上が堪能した。当日はアラサツーバやビリグイ、ドウラードスなどの遠方からもバスで駆け付けた。収益は憩の園に寄付される。

 主演歌手の一人、谷川セルジオさんは終演後に取材に応じ、「舞台の上からお客さんが泣いている姿があちこちで見えて、思わずこちらも、もらい泣きしながら歌っていた。涙を堪えるのが大変だった」と興奮冷めやらぬ様子で語った。
 終演後にファンや友人の列がズラリとできた若手歌手・平間パウラさんも「お客さんの反応がすごくて、私も泣きながら歌っていたの。終わってから、お客さんがいっぱい私との記念写真を取りに来てビックリ」とのこと。
 ブラジルへ働きに行くことを決める家族会議をする迫真の芝居から始まり、「日本での生活は苦しいが、ブラジルで5年、10年稼いだら必ず帰ってこい」と親に言われた息子とその家族が決断し、「蛍の光」で出港風景を演じ、「丘を越えて」に合わせてコーヒー耕地の豆収穫の様子が再現され、一世来場者は一気に若き日の自分に引き戻された。
 歌の間に挟み込まれる芝居に客席は引き込まれ、一緒に「かごめかごめ」などの童謡や「ふるさと」「誰か故郷を想わざる」を口ずさみながら涙を流す姿があちこちで見られた。日本に帰るつもりだったのに大戦が勃発。舞台では特攻服姿の谷川セルジオさん、兵隊服姿の水谷ペドロさんが「同期の桜」などを涙ながらに熱唱した。
 琉球國祭り太鼓がズラリと並び打ちするのに合わせて「時をこえ」が歌手4人によって歌われ、1部が終了。プロデュース担当の當間ファビオさんらしく沖縄色がちりばめられた演出だった。
 哀愁が漂う1部とは打って変わって、第2部では若い世代が中心になって活躍する舞台となり、気炎太鼓などの迫力の演奏、三つ葉グループのYosakoiソーランなどが元気よく披露された。最後は演者全員が舞台上やその前に勢揃いして「ダイナミック琉球」を合唱して盛大にフィナーレを飾った。
 救済会の佐藤会長が「感動の舞台だった。出演者、スポンサー、来場者の皆さまには感謝の言葉しかない」と挨拶。最後に再び「蛍の光」を会場と大合唱し、客席は携帯電話のライトを点けて振り、終演を惜しんだ。
 救済会が運営する老人ホーム「憩の園」に住む103歳の大木寿保さん(北海道)は「オヤジが苦労している姿がついつい思い起こされて、特に第1部で涙が出たね」とのこと。
 また102歳の来場者の秋村艶子さん(兵庫県)にも感想を聞くと、「1925年に7歳で来てリベイロン・プレットのファゼンダ(農場)で働いていた頃のことを思い出して、涙が止まらなかった。私は小さくてカフェーの樹が高かったから、ハシゴに登って実をもぎったの」と清々しい笑顔を浮かべた。


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 「日本移民ショー」では前半、芝居があちこちに挟み込まれることで、移民史的な意味づけがされ、ただ音楽を聴くよりも味わい深く歌詞が楽しめる工夫が随所にあった。ところが後半はあまり芝居がなく、移民史にからんだストーリーが展開されず、純粋に曲や和太鼓演奏などを並べる流れに。「後半も、もっと芝居と歌を絡ませる演出をしてほしかった」との声も。そしてプログラムの最後には「世界に一つだけの花」と書いてあるのに、歌われなかったのも残念。ぜひ練り直して、新しいバージョンで再演を。

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