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新型コロナ禍は文明発展の必然?=濱田篤郎の『疫病は警告する』から学ぶ=聖市ビラ・カロン在住 毛利律子

『疫病は警告する―人間の歴史を動かす感染症の魔力』(濱田篤郎著、洋泉社、2004年)

 「生態系は疫病という現象で、人間にメッセージを伝えているのではないだろうか。人間がこのメッセージに応ずることができなければ、それは生態系からの抹殺を意味するのである」(『疫病は警告する』より)
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 今年の正月を日本の岡山県で過ごしたが、去年の11月から暮れと正月にかけて、不気味なほど暖かかった。お鏡餅にはびっしりと分厚く青カビが張り、正月最後の7日目の七草粥にも餅を入れることはできなかった。
 今年は西暦2020年、日本人にとっての新元号が令和に替わって2年目。干支では子年。ゾロ目のように数字が並んだ年の始まりは、この一年がユートピアになるか、デストピアになるのかと、フッとそんなことを思いながらも、ささやかの祈りを奉じ、いつもの年と同じように、一年の無病息災を祈った。
 その時、これほどの疫病騒動が静かにうごめき始めていたとは想像もしなかった。
 2月に入ると、年明けからは予想もしなかった新型コロナウイルス(COVID―19)パンデミック(世界的な爆発的感染)に攪乱された。すでにこちらに戻っていた私は、日本の知人から聞く話にさらに驚いた。
 事態はテレビ報道よりもずっと深刻で、向こう5月頃までの各イベントまで、準備ができないという理由から、次々に中止、延期あるいは企画見直しという状態だというのである。
 医療関係の友人は、心配というだけで来院する人々への対応で、疲労困憊している。「『病院に来ないで、自宅で様子を見てください!』と、来院者を叱りつけるほど苛立ってしまって、プロとして情けない」と呟いていた。
 今日の情報化社会では、この疫病の世界的な広がりを瞬時に知ることができる。

人類への警告としての病

 「感染症とは何か、なぜ突然に勃発して容赦なく人間社会を襲うのか」ということについて、改めて考えてみることにした。
 今の騒動は、どうも2003年の3月に発生したSARSコロナウイルス・パンデミック(世界的感染拡大)の状況によく似ている、という。
 そこで、10年前に読んだ濱田篤郎医師の著書、『疫病は警告する』を思い出した。濱田医師は、渡航医学・熱帯感染症・産業衛生の専門医である。
 多くの著作は、感染症の歴史、文学者が旅行中に罹患した感染症などをテーマとしている。身分の上下、貧富、男女、民族の格差なく、人間なら誰でも罹り、人が次々と死んでいく社会の恐怖化、人間の心の機微が、医者の視点から語られているので大変興味深い。
 「疫病」とは「大規模な流行を引き起こす感染症」という意味だという。それは3千年まえのメソポタミアの叙事詩や、聖書の中にも登場する病で、古代から現代に至るまで、ある時期を置いて突然発現し、爆発的に広がり、人類を打ちのめす病である。
 それはあたかも、時代を超えて人間社会に対する「警告、メッセージ」のようであるという。中世のペスト、19世紀のコレラを彷彿とさせる。
 これは決して過去の話や発展途上国の話ではない。むしろ「生態系のアンバランスが進む現代の先進国が直面する課題である」と濱田篤郎医師は『疫病は警告する』のなかで論じている。

類似する2003年のSARS騒動

 今から17年前の、2003年のSARS騒動を振り返ると、その伝達経路は、現在の新型コロナウイルスの拡散経路など、多くの点で近似している。SARS(「重症急性呼吸器症候群」)とは、中国広東省で最初の症例が起こったとされる「SARSコロナウイルス」が原因の、新しく発見された感染症で、2003年春、瞬く間に世界中に拡散し、700人以上が亡くなった感染症である。
 SARSには有効な治療法というのはまだ確立されていないので、肺炎の場合のような全身状態をよくするための対症療法が中心となる。まず、一般的な細菌性肺炎を考えた抗菌剤による治療が行われ、肺炎が重症になったときには、酸素が投与されたり、人工呼吸器がつかわれたりするが、確実に効果があると科学的に証明されたものはない。
 SARSを予防する実用化されたワクチンはまだない。

感染症が発する人間社会への警告とは

マスクをする男性

 濱田医師は感染症増加の根本的原因をどのように論じているのだろうか。次の諸条件が根本的原因と述べている。それは、「人口増大、大規模な経済開発による環境破壊、グローバル化に伴う人類の大規模移動の影響」である。
 また、現代の高度情報化社会においては、インターネットの普及は、感染病の流行制圧に大きく影響を及ぼす一方で、情報過多による社会的混乱が著しい。これらの理由についての解説を次に取り上げよう。

文明の進展がもたらしたパンデミック現象

 1978年、国連が発した「西暦2000年までに感染症は、もはや人類の健康上の主要な脅威ではなくなるだろう」という声明文は、大きく崩壊している。
 それは、近代の大規模移動や無秩序に進めてきた大規模開発による環境破壊、国際経済のグローバル化、航空機旅行の移動の高速化などが、世界中に、感染症が容易に蔓延する原因になっている。
 SARSやトリ型インフルエンザは、野生動物に固有なウイルスと考えられているが、この動物がなんであるかはまだ明らかにされていない。その動物にとってSARSウイルスは無害で共存関係にあったようだ。
 ところが何らかの原因で人間に感染し、強い病原性を持つようになった。こうした現象は疫病の歴史の中でもたびたび起こっている。SARSの場合は、現代中国の大規模開発事業と急速な経済発展により、それまでは人間が立ち入ることのなかった山奥に開発が及ぶようになったことが原因のようだ。
 今まで、奥地にのみ生息していた野生動物と人間の接触する機会が増えて生まれた病気だと考えられる。
 もともと、アフリカの猿に見られたエイズウイルスの1970―80年代のアメリカ都市部への波及や、1994年にインド社会を混乱させたペストの流行。1996年のエボラ出血熱の大流行。1998年のマレーシアで、コウモリに寄生するニバウイルス感染の流行などもしかり、である。

世界中に広がるウイルスのイメージ図

大規模開発による環境破壊と人類の大規模移動

 このような現象は、実は、古代からの歴史上の人類大規模移動と、感染病の流行に奇妙に符合し、大陸間の移動の活発化がその背景にある。
 中世の黒死病の流行は、モンゴル帝国により草原の道が開発されたため、中央アジアの草原地帯まで人間が侵入できるようになったから起きたと考えられる。
 新大陸の発見に続く梅毒のヨーロッパでの流行、アステカ、インカでの天然痘の流行もしかり。植民地時代のマラリアの大流行は、侵略者たちによる自然大破壊によるものだった。
 これらの流行は、ヨーロッパ諸国が新大陸を手中に収め、その環境を改変しようとする最中に起きた。
 スペイン風邪は第一次世界大戦という、人間の大規模移動の中で勃発している。
 「疫病を起こす微生物は、約30億年前の先カンブリア紀に、地上の最初の生命体として誕生した。生態系の最も古い祖先と言えよう。かたや人類は約10万年前に誕生したに過ぎない。しかし、この新種の生物は知能を武器にして、短期間のうちに頂点まで上り詰めた・・・中略・・・微生物は次第に人類への毒性を強め、人類の個体数を調整する役目を担うようになったのである。つまり、これが感染症である」
 その上で、次のように結論が述べられる。
 新しい感染症が増え続けると何が起こるのか。その結末は、中世の黒死病(ペスト)の流行のように、人類の存亡にもかかわるような事態になる事も想定しなければならない。その対応策は、人口増加の問題を考えること。

感染症撲滅で人口激増したから、新しい感染症?

 人口問題が顕著になるのは19世紀後半の感染症学の発達以降であり、それに伴って平均寿命が延びたことが大きな要因になった。
 つまり、感染症を撲滅したために人口増加が顕著となり、その結果、新たな感染症の発症を招いたという皮肉な現象なのである。
 これから先の感染症対策は、ミクロ的には医学分野の問題であるが、マクロ的には生態や人口学の専門家と共に、これから先の感染症対策を構築していかねばならない、と濱田医師は括っている。
 『疫病は警告する』を読まなければ、2003年のSARSコロナウイルス・パンデミックと、現在の新型コロナウイルス騒動が似ているということも、感染症の歴史の解説を読まなければ、人体の内外に住む微生物と共生していることにも気が付かなかっただろう。
 知っているようで何も知らず、愚かにも感染症を侮ってはいないか。感染病原体は、いつでも人類を滅ぼすだけの威力を以って潜んでいるということを、得心できるのだろうか。
 感染症の歴史を振り返りながら、共に人間の歴史も再考した。近代では、戦争を繰り返す中で生まれた劇薬や農薬などの毒性に注目して、大国は他国を壊滅させようという悍ましい魂胆を以って、人や国だけでなく、自然をも破壊しつくしてきた。しかし人間は自然を破壊することなどできない。
 時を置いて発生する感染症の猛威は、あたかも、人間が忘れてしまった自然の奥行きの深さを教えようとしているのかもしれない。

【参考文献】『疫病は警告する』2004年、洋泉社

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