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新日系コミュニティ構築の“鍵”を歴史の中に探る=傑物・下元健吉(26)=その志、気骨、創造心、度胸、闘志…=外山 脩

到着したばかりの一晩をモイーニョ・ベーリョ寄宿舎で過ごしたコチア青年の皆さん(『コチア青年の20年』コチア青年連絡協議会、1975年)

到着したばかりの一晩をモイーニョ・ベーリョ寄宿舎で過ごしたコチア青年の皆さん(『コチア青年の20年』コチア青年連絡協議会、1975年)

謎の奇策二件(上)

 1950年代、コチア産組専務理事・下元健吉は、新政策を二件、打ち出した。いずれも誰も予想しておらず、理解もできなかった――という意味で奇策であった。
 一件は日本からの大量の青年移民導入、もう一件はジャグァレー区の6万平方メートルという広大な土地の購入である。
 前者、つまりコチア青年の導入から話を進める。
 この策は、日本の農村から青年を移民として呼び寄せ、組合員の農場で就労させ、4年後に独立させて組合員とする――という内容であった。その理由について、下元は「日本の農村の次三男問題解決への協力」「新しい血の導入」などと説明したという。
 が、組合員は誰も釈然しなかった。突然の話であったし、漠としていた上、導入数が千人単位という多さだったからである。それと既に日本政府の外郭機関・海協連を通じて、移民が入り始めていた。ために「組合が移民事業まで手を広めるのは適切ではない」と強い反対の声が上がった。
 しかし下元は強引に推し進め、移民導入の許可を得るべく、理事長のフェラースを首都リオに派遣、連邦政府の管轄機関と交渉させた。が、交渉は難航、フェラースは何度も断念しようとした。下元はそれを許さなかった(この二人は、肩書とは逆に、下元がフェラースを指揮する関係にあった)。
 ある時、その交渉でリオに出張したフェラースが戻り、理事室の下元の処へ来て報告を始めた。が、二言、三言しゃべった瞬間、下元がソファーから身を起こし、太い眉を逆立て、こぶしをメーザ(机)に叩きつけて怒り出した。報告内容が気に入らなかったのだ。
 フェラースは下元に忠実であった。改めて交渉を継続した。
 1954年漸く許可が降り、下元自身、訪日、全中(農協の中央機関)に移民募集・送出業務を委託、さらに農林省や全国の主要県の関連機関を回って協力を要請した。その間3カ月を費やしている。
 これに対して、全中は協力的であったが、農林省の役人などは「今時、ブラジルに行く青年は居ませんよ」と否定的な反応であった。それを喧嘩腰で説得したという。
 1955年、青年の渡航が始まった。1958年までに十数回に分けて1500人がサントスに上陸した。追加の1500人の導入許可も取っており、呼び寄せは続けられた。最終的には約2500人で終わるが、少ない数ではない。
 しかも終了は、日本の経済復興が進み、移住希望者が減少、下元も故人になっていたためであった。そうでなかったら、さらに継続していたろう。
 何故、下元は、ここまで執念を燃やしたのか?
 下元が理由として掲げた「次三男問題解決への協力」は、日本側から、そういう要請を正式に受けていた形跡はない。しかるに何千人も導入する、それもブラジル政府の許可を無理してとり、下元自身が訪日、3カ月もかけて実現した。辻褄の合わない話である。
 「新しい血の導入」も根拠が示されていない。
 第一、これだけの数の青年の導入など、組合として何か重要な経営戦略がなければ、する筈がない。ところが、それがハッキリしなかった。ハッキリしないまま下元は、導入開始の2年後に他界してしまった。真の目的は謎のままとなった。
 この謎を解くには、それまでの経緯を振り返ってみるのが適当であろう。
 すでに詳しく記したことであるが、下元は戦前、戦中、戦後を通じて一貫して新社会建設を追求していた。建設のためには大量の若い力が必要であった。しかし終戦時、頼みの産青連は自壊してしまった。ために1948年、組合員の子女の教育に着手した。産青連に代わる組織を作ろうとしたのだ。
 しかし、これは盛り上がらなかった。組合員の子女で優秀な者は上級学校に進み、土から離れてしまう傾向が強まっていたのである。彼らは日本の敗戦でブラジル人意識を強めており、自然、個人主義に偏り、組合の協同精神には興味を薄れさせていた。
 下元が次に思いついたのが、日本から青年を導入するという策であった。日本の農村の戦前の産青連運動、戦後の農協活動の中で生まれ育った若者を呼び、新社会の建設部隊にしようとした――。
 この件については後で、また触れる。(つづく)

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