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中島宏著『クリスト・レイ』第29話

「その辺に、クリスト・レイ教会の持つ特殊性があるの。
 確かに、イエズス会に繋がったカトリックの教会には違いないけど、はっきりいって私たちの教会は、その歴史的な背景が特別のものを持っているから、こちらのブラジルのカトリックの教会とは異質ということになるわね。
 同じキリスト教だから、あるいはカトリックだから、変わらないではないかという意見ももっともだし、それに対しては反論の余地はないけど、でも、私たちにしてみるとやはり、この教会は私たちのものだという気持ちが強いの。そこに特殊性というものがあるわけね」
「まだ、はっきりしたことが掴めない感じですけど、つまり、クリスト・レイ教会は、イエズス会のカトリック教会ではあっても、日本から来たということで、ブラジルのカトリック教会とは別のものということになるのですか」
「その辺りが複雑なんだけど、同じカトリック教会でも、クリスト・レイ教会の場合は、日本に結び付いていて、そこからローマ、カトリック教に繋がっているの。
 だから、ある意味では、マルコスがいうように、ブラジルのカトリックの教会とは別物というふうになるかもしれないわね。もちろん教えそのものはカトリックであることに変わりはないから、まったく異質のものともいえないけど」
「そうなんですか。それだと何とか分かりそうな感じですね。つまり、同じカトリックでも国が違うということで、そういう差があるわけですね」
「本当は、そういう差があること自体、おかしいというべきなんでしょうけど、国によってどうしても微妙な違いが出てくるのは、止むを得ないことなんじゃないかしら。特に日本の場合は特殊な事情があって、あの狭い国の中で、しかも東洋という異質な世界の中で、細々と生き残ってきたという背景があるから、その形もかなり変形したようなカトリックになったということはいえるようね。たとえばね、マルコス。今、建築中のあのクリスト・レイ教会の建物、何かエキゾチックな感じがしない?」
「そうです、たしかにそういう感じがします。あれは、ブラジルのカトリック教会と比べると、かなり変わった形をしていますね。日本からの設計図に基づいて作られたものだと、以前にアヤが言ってましたが、やはり、そういう事情があったわけですね」
「そうなの、あれは日本のカトリック教会の薫りを漂わせているという感じね。私たちにとっては、あれがカトリック教会の形なの。でも、あなたたちから見れば、異国の教会というふうになるのでしょうね。いってみればそれは、異郷で変形していった一つの文化といったようなものかしら。原形とはかなり離れたものになっているけど、それでもキリスト教という芯のところはちゃんと受け継がれているから、本来の目的から逸れてしまってはいないわね」
「なるほど、そこにあのクリスト・レイ教会の不思議さと、独特の雰囲気の秘密が隠されているわけですね。アヤの説明で段々分かってきました。もっとも、まだまだ知りたいことはいっぱいありますがね」
 二人はいつの間にかコーヒー園が途切れる所まで来ていた。話に夢中になっていて、思いがけず遠い所まで歩いてきている。陽は大分西に傾き始めているが、日没まではまだ間がある。ただ、夏とは違って、この時期は徐々に日が短くなっているから、あまりゆっくりともできない。どちらからともなく、この時点で引き返そうという意志が伝わり合って、二人は踵を返して、今来た道を戻ることにした。

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