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【記者コラム】ポルトガル語の情報発信を強める中国・ロシア勢、貧弱な日本勢

 インターネットにおける日本に関するポルトガル語情報、日本視点から見たアジアや世界のニュースに関する情報発信は欧米勢に比べて実に貧弱だ。
 情報収集の重要さは言うまでもないが、それ以上に「どのように情報を発信するか」も大事なはずだが、日本は政府も民間企業も、どこか内向きになってしまっている。
 「日本が世界からどのように思われているか」――これは世界的通信社が、日本に関してどんな論調で記事を配信しているかで決まる。ブラジルにおいても主要メディアは全て、世界的な通信社や新聞社の記事を使っている。日本視点の記事は皆無だ。
 世界の情報を支配しているのは、文句なしに欧米の民間通信社た。ただし、民間通信社の経営は厳しいとの話もあり、経営が安定した国営宣伝機関が影響力を拡大している印象がある。
 ウィキぺディアによれば、世界の3大通信社はAP通信(米国)、ロイター(米国)、フランス通信社(AFP通信)。それに次ぐ4番目はスペイン系のEFE通信社だと言われる。
 日本のメディアが出した日本語記事とは、ポレミックな事件ほど世界の通信社とは論調が違う感じがする。代表的なのは捕鯨問題、福島原発問題、最近では日産ゴーン被告逃亡事件など、日本国内とブラジルでの論調にはずれがある。
 また、ここ10年ぐらいは韓国や中国による歴史関連の政治的なプロパガンダが強くなってきており、それに対して日本はキチンと反論できていない印象が強い。
 参考までに、ポルトガル語で強力な情報発信をしている外国メディアの一部を、以下紹介したい。

伝統的に強い欧米勢

英国のBBCブラジル

■BBCブラジル■
 本コラム1月7日付《日本政府はゴーンの情報戦に立ち向かえるか?》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/200107-column.html)で詳しく書いたが、最もポルトガル語情報発信に力を入れている外国媒体はBBCブラジル(https://www.bbc.com/portuguese)だと思う。いうまでもなく英国の国営放送BBCのポルトガル語版だ。
 サイトを軸に、22日時点でポ語版のフェイスブックスのフォロアーはなんと329万人、ツイッターは260万人、ユーチューブ155万人、インスタグラム178万人もいる。ブラジルの大手媒体ですら叶わないレベルの影響力を持つ。
■エル・パイス・ブラジル■

スペインのエル・パイス・ブラジル

 南米全体で圧倒的な存在感を示すのは、スペインを本拠地とするエル・パイス紙ではないか。ポルトガル語版「EL PAÍS Brasil」サイト(https://brasil.elpais.com/)を軸にフェイスブックのフォロアーは119万人、ツイッターは71万人を数える。
 ポルトガル語に近いスペイン語をベースとするだけに、ラ米全体に目配りした記事が多い。朝日新聞と提携しており、中道左派のスペイン社会労働党寄りのメディアと言われるだけに環境問題にも厳しく切り込むなどかなりヨーロッパ目線だ。
■EFE通信■
 これもスペイン・マドリードに拠点を置く通信社で、スペイン語圏における主要通信社の一つ。ポルトガル語版サイト(https://www.efe.com/efe/brasil/3)。創立は1939年で1965年にアルゼンチンに南米初の支局を開設、リオは約50年前に編集局を設置。
 所属ジャーナリストの国籍は約60カ国に及び、総数3千人といわれる巨大通信社だ。配信記事は年間300万件もあり、約120カ国の約180都市から24時間、年中無休で配信するという。フェイスブック(約6・9万人)やツイッター(180万人)はスペイン語のみだが強力だ。ユーチューブにはポルトガル語版があり6・8万人のフォロアーがいる。
■AFP■
 フランスに拠点を置く世界的な通信社「フランス通信(AFP)」も当然、ポルトガル語でニュース(https://www.afp.com/pt/noticias)を発信する。ポルトガル語のユーチューブは42万人、ツイッターも10・8万人、インスタグラムは62万人もいる。だが、なぜかフェイスブックは英語で52万人だ。
■RFI■

フランスのRFI

 フランス系では政府系ラジオ放送局RFI(ラジオ・フランス・アンテルナショナル)もある。フランス外務省の予算で運営されており、フランス政府が100%の株を所有する国際放送統括会社フランス・メディア・モンド社の一部門。フランス語放送を中心に、英語、ポーランド語、ポルトガル語、ルーマニア語、ロシア語、中国語、スペイン語など19言語で放送されている。ポルトガル語のフェイスブックは約13万人もいる。ただしツイッターは0人、ユーチューブも1・7万人とチグハグな展開になっている。

台頭する中国、ロシア勢

 そこに果敢に切り込んできているのは、中国とロシアの媒体だ。
■新華社通信■

中国の新華社

 筆頭は、なんといっても中国の国営通信社「新華社通信」ポルトガル版(http://portuguese.xinhuanet.com/)だ。分かりやすく国家の宣伝機関であり、中立的な視点から、中国国内の問題を批判することはない。
 他のポ語媒体に比べて「オピニオン」(社説)欄が充実しており、「訴えたいもの」があることが一目瞭然だ。習近平首席が握りこぶしを作って力んでいる写真が、トップページの右上に掲示され、下にスクロールさせても、その写真はずっと掲示され続ける。
 中国の国内情勢にくわえ、世界と中国との関係に関する記事が中心で、新華社通信特派員による独自ブラジル取材のポルトガル語記事(Lusofonia)も毎日2、3本程度は掲載されている。同ポ語サイトは1999年から稼働している。
 さらに中国国際広播電台(中国国際放送局)CRIポルトガル語版(http://portuguese.cri.cn/)もある。同サイトの日本語版の概要には次のように書いてある。
 《中国国際放送局は1941年に設立された中国の国際放送局で、国家新聞出版広播総局の管轄下に置かれています。2017年現在、44か国語で全世界に向けて放送を行う、世界中で使用言語の最も多い放送局として知られます。
 2016年末現在、毎日3000時間以上のコンテンツを制作・放送、カバレッジは50か国以上の国の首都と主要都市に及び、カバー人口は5億人にのぼります。他にも、世界中の101の放送局と提携関係を持ち、46か国に支局(うち地区総局8箇所)を開設している他、番組制作スタジオ、ラジオ孔子学校などの100近くの関連機関を開設しています》
 ポルトガル語部(CRIpor)の概要ページ(http://portuguese.cri.cn/aboutus/942/20170818/18479.html)を見ると、ポ語放送は1960年に開始している。FM、短波放送、サイト、SNS、雑誌などを通して中国情勢を世界に発信している。《ヨーロッパ、南米、アフリカ、アジアに広がる2億人のポルトガル語話者をターゲットにしている》と明記。
 20人以上の中国人職員を抱え、ポルトガル語に堪能なジャーナリスト、通訳、ニュースキャスターも雇っているとある。かなりの陣容だ。
 ポルトガルのリスボンに加え、ブラジルのFMラジオではリオとサンパウロのマンシェッチ局で、CRIが制作した番組を放送している。
 CRIポ語版フェイスブック(https://www.facebook.com/cri.portugues/)のフォロアーは69・2万人もいる。FBアカウント作成が2015年12月9日だから、かなり急激にフォロアーを増やしたといえる。
■スプートニック・ブラジル

ロシアのスプートニク

 2014年11月に設立され新しいロシアの通信社(https://br.sputniknews.com/)がスプートニックだ。政府系メディア「ロシアの今日」傘下にあり、新華社同様に政府の声を代弁する役割が強い。
 ロシア製の新型コロナ・ワクチンのニュースなども実に詳しく政府側に立って速報しており、疑問視する風潮が強いブラジルの一般メディアとはまったく論調が異なる。
 それに一見して、軍事情報関連がやけに充実しており、民間のサイトとは一線を画す。
 外国読者向けに33カ国語のニュースサイトを有しており、ロシア及び世界のニュースをロシア語から各国言語に翻訳して伝えるほか、スプートニク記者によるオリジナル記事も配信している。
 ポルトガル語のラジオ放送もある。ポルトガル語のフェイスブックのフォロアーは1・6万人、ポ語ツイッターは3・6万人、ポ語ユーチューブは約2万人。中国勢に比べると勢いは弱いが、それなりに影響力を拡大している印象だ。

貧弱な日本勢の発信

■NHKワールドジャパン■

NHK

 日本メディアで毎日ポルトガル語ニュースを出しているのはNHKワールドジャパンのポルトガル語サイト(https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/pt/news/)のみだ。22日現在のフェイスブックのフォロアーは7463人と正直言って少ない。
 NHKワールドジャパンのユーチューブは60万人のフォロアーがあるが、残念ながら英語だ。ツイッターも8万人、インスタグラムも11・8万人だがやはり英語…。
 毎日10本前後のニュースを出しているが、基本的に日本語で書かれたものを翻訳しているだけ。ポルトガル語の独自取材ニュースは皆無のように見える。
 むしろ健闘しているのは在日ブラジル人が作っているポルトガル語サイトだ。そこに依存しすぎている部分があるのではないか。
■インターナショナル・プレス・サイト■
 「在日ブラジル人最大のポータルサイト」(https://ipc.digital/)と自ら銘打っているだけあって、コミュニティ関係の独自ネタも含めて、毎日3、4本ほどの記事が上げられているようだ。元々、デカセギ向きのポ語新聞を週刊発行しただけあって最も本格的だ。リーマンショック時に印刷版がなくなったという話を聞いた。
 どのように著作権問題を処理しているか知らないが、朝日新聞、共同通信、ロイターなどの記事の翻訳が写真付きで掲載されている。その辺、グレーな部分があるかもしれないが、日本に関するポルトガル語情報発信という意味で果たしている役割は大きい。
 現在はポルトガル語月刊誌『Super Vitrine』を無料でサイト(https://ipc.digital/supervitrine-edicaodigital/)から見られるようにしている。100ページもあるが、ほとんど広告だ。逆にいえば、それだけ広告があれば経営状態は悪くなさそうだ。
■アウテルナチーバ■
 そんな大御所のIPCと双璧ともいえそうなのが、同名の雑誌を発行しているアウテルナチーバ(https://www.alternativa.co.jp/)だ。
 加えてポルタル・ミエ(https://www.portalmie.com/)が日本の生活情報を広めるという意味で健闘している。中部地方を中心とした独自取材の記事もあって、好感が持てる。ただし、人材派遣会社の広告が目立つサイトで、あくまでコミュニティ向けのニュアンスが強い。当地在住のブラジル人には少し現地色が強い感じを受ける。
 ポルトガル語世界において、報道機関よりも強力なポルトガル語発信をしているのは日本政府機関だ。たとえば在ブラジル日本国大使館のフェイスブックのフォロアー数は45万人を数える。強力なポ語ニュースサイトがない分、ブラジル人がそこに集まっている感がある。
 あと在サンパウロ日本国総領事館のフェイスブックは30・7万人、サンパウロ・ジャパン・ハウスは10・9万人もある。ただし、この辺は報道機関ではなく、政府そのものあり、ニュースではなく「広報」だ。
 本来は、民間がニュースとして日本の情報を第3者的に出していったほうが、説得力は強い。それにニュースの内容の自由度も高い。
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 ウィキぺディアによれば、ポルトガル語話者人口は世界7位で2億1500万人となっているが、実際にはもっと多い。ブラジルだけで2億768万人の人口がいるからだ。ブラジルの経済規模は世界で7位程度。そして世界最大の日系社会という特殊なつながりが日本とはある。もっとポルトガル語での情報発信が重要視されてしかるべきではないか。
 今の状態で、日本及びその周辺のアジアに関する情報発信が十分に行われていると、日本政府は思っているのだろうか。中国勢、ロシア勢が追い上げている中、NHKを初めとする日本勢にも、BBC並の健闘を期待したい。(深)

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