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ロナウジーニョが早くも退団=フルミネンセでの80日の不完全燃焼

フルミネンセ加入当初のロナウジーニョ(Bruno Cantini/Clube Atlético Mineiro)

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『百年の水流』開発前線編 第一部=北パラナの白い雲=外山脩=(45)

北パラナの地図

 1960年代後半、筆者が邦字紙の新米記者をしていた頃、邦弘はサンパウロ市内にも事務所を置き、様々な事業に関わり、幾つかの団体の役員を務めていた。 人から聞いたことだが、自家用の飛行機で飛び回っており「サンパウロがフェシャードで、降りられなかった」などという会話を日常的にしていた。霧がかかって着陸できなかった、という意味である。 ...

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コチア青年移住60周年=総理、外相、農相から祝辞=編纂中の記念誌に掲載へ

安倍総理

 編纂中のコチア青年移住60周年記念誌に対し、安倍晋三内閣総理大臣、岸田文雄 外務大臣、林芳正農林水産大臣から祝辞が寄せられた。60周年記念特集に際して、コチア青年の存在がいかに広く認識され、祝われているかを示す証左としてこれを掲載する。未来へ継承される不屈の精神―共に歩む―安倍晋三 内閣総理大臣 コチア青年移住60周年を迎え、 ...

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第67回全伯短歌大会=富岡さんに清谷益次短歌賞=184首の応募作品から

参加者全員で記念撮影

 今年も第67回全伯短歌大会(椰子樹、ニッケイ新聞共催)が13日、文協ビル内のエスペランサ婦人会サロンで開催され、例年より多めの49人が参加した。歌友と旧交を温めながら日がな一日歌作りに励んだ。184首の中から栄えある総合1位を獲得した富岡絹子さんには「清谷益次短歌賞」が贈られた。    互選得票二八票 終の地と決めて悔い無きブ ...

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ニッケイ俳壇 (856)=星野瞳 選

故・西谷博(南風)氏

【この九月四日世を去った西谷南風遺句集より】

仔馬追ふ母馬の眼の人に似る
時雨るるやキリストの本売ル人に
百雷の轟く滝の夕燕
吹き荒れて谷に落ちたる野分かな
火焔樹の下に人待つ恋乙女
鍬百姓四十年や豆の花 ...

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『百年の水流』開発前線編 第一部=北パラナの白い雲=外山脩=(37)

慶応学生視察団

「君の名は」の後宮 ここで一寸、話の筋は逸れるが、後宮という姓は、元々は「うしろく」と読んだ。が、当時、戸籍は仮名をふらなかったので、信太郎は「あとみや」と名乗った。 その弟は「うしろく」のままで通した。戦前から戦中にかけ陸軍の要職を歴任した後宮淳(うしろく じゅん)大将で、武雄の叔父に当たる。後宮大将は、東條英機首相と士官学校 ...

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『百年の水流』開発前線編 第一部=北パラナの白い雲=外山脩=(36)

二章 バンデイランテス 農場を守り、守り続けて90年 サンパウロ―パラナ線は、1930年、カンバラーから西へ52キロ地点まで延びた。駅はバンデイランテスと名付けられた。これは地名にもなった。 駅の開設時の賑いについてはカンバラーの章で記したので略すが、周辺の土地が区画化され、道が造られ、商店や住宅、ホテル……が次々と建てられた。 ...

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死線を越えて―悲劇のカッペン移民=知花真勲=(1)

在りし日の知花真勲氏

出発 私のブラジル移住は、沖縄出発の時から平穏ではなかったように思う。 先ず、神戸の移民斡旋所で出国手続きや移住者への講習を受けるために船倉荷物を那覇港に残して私達は、手荷物のみを持ってチチャレンカ号に乗り込み那覇港を出発した。 ところが、出発してから数時間の航行中に暴風に巻き込まれ、奄美大島の名瀬港に寄港を余儀なくされた。神戸 ...

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農作物は今年も増産か=昨年比8・6%増と予想

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ニッケイ俳壇 (855)=富重久子 選

サンパウロ  平間 浩二

夢追ひしなべて移民の花珈琲
【今から百何年前に移民した人々は、戦後移民の我々とはちがって、珈琲栽培と言うしっかりとした目標があって、短期間の移民として来られたと聞いている。
 「なべて移民の」とこの句にあるように、珈琲を植えその実を収穫して売買してという、全ての人の胸に大きな夢があったのである。「花珈琲」という芳しい季語の真に良く坐った巻頭俳句であった】

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