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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第77回

ニッケイ新聞 2013年5月18日

 三時間ほど走り、ドライブインに入り休憩した。昼間の熱気がまだ残り、車を降りた瞬間汗が噴き出してくる。次々に長距離バスも入ってくる。ドライブインは二十四時間営業で、ボリュームをいっぱいに上げたスピーカーからサンバが流れていた。
「もうすぐカーニバルよ」マリーナが言った。
 毎年二月末にカーニバルはブラジル全土で行われる。気候が日本とは逆転するブラジル、真夏のクリスマスツリーも初めて見たが、日中は三十度を越える真夏の元旦を一ヶ月前に迎えたばかりだった。新年が始まったなどという厳かな気分になどなれなかった。時差は十二時間、NHK紅白歌合戦の衛星放送が大晦日の午前九時から始まった。
 ブラジルの土を踏んだ最初の大みそか、児玉は新聞社の先輩の家に招かれ、そこで紅白歌合戦を見た。
「やはり日本の演歌はすばらしいですね」
 食い入るように見つめていた初老の男性がいた。どこかでみたような顔立ちだと思ったら、ルバング島から帰還した小野田寛郎だった。小野田はマット・グロッソ州ドラードス近郊の日本人入植地に入ったが、時折サンパウロに出てきていた。
「本年度のレコード大賞受賞曲〈北の宿から〉、都はるみさんの熱唱をお聞きください」
 アナウンサーが紹介した。
〈あなた変わりはないですか 日ごと寒さがつのります 着てはもらえぬセーター 寒さこらえて編んでます〉
 流れ落ちる汗を拭きながら見る紅白歌合戦などまったく面白くなかった。ブラジルに来て間もないせいか郷愁も感じなかった。ブラジルで聞く日本の歌謡曲に違和感を覚えた。ミッシェルで楽しい時間を過ごしているせいなのか、それよりもサンバに心惹かれた。
 ドライブインに入ると、バスの運転手がサンバを踊りながら、カウンターでコーヒーを飲んでいる。ジョゼも眠気を覚ますためなのかブラックコーヒーを二杯飲んで、フスキンニャに戻った。
 ブラジルの道路はなだらかな起伏のある地形に定規で線を引いたように真っ直ぐに伸びている。ひたすら走っていると闇の地平線に漁火のように揺れきらめく街の灯が突如浮かび上がる。ブラジルの街は幹線道路に沿って開けているようだ。いくつもの街の灯を通り過ぎ、東の空が闇から群青色に変わろうとしていた。
「シェゴウ(着いた)」
 ジョゼはインターチェンジに近づくとスピードを落とした。サンパウロから五時間足らずでグァイーラに着いていた。
 ブラジルはどんな小さな町でも中心部には教会が建つ。そこから商店街や学校や住宅が広がる。マリーナの実家は教会から車で数分の距離に位置していた。木陰を作るための街路樹が歩道に並び、通りを挟んで向かい合うように両親と祖父母の住む家があった。
 ジョゼは街路樹の下にフスキンニャを止め、エンジンを切った。街路樹に巣を作った鳥のさえずりがうるさいほどだった。
 マリーナの両親はブラジル生まれの二世で、ジョゼたちが着いたことを知ると家から二人とも出てきて、抱き合いながら挨拶をしている。
 児玉はパウリスタ新聞の記者で、マリーナの友人と紹介された。通りの反対側の家からも老夫婦が出てきて、まだ一歳にもならない曾孫のリカルドを抱き上げた。
「その方がパウリスタ新聞の記者の方か」老人が聞いた。
「シン(はい)」
「野村峯夫といいます。十年くらい前まではパウリスタ新聞の代理店をしていました。今日は私の家に泊まりなさい」
 児玉は名刺を出して挨拶した。野村峯夫がパウリスタ新聞の代理店をしていた話はマリーナから聞いていなかった。パウリスタ新聞は週五日発行されるが、長距離バスの早朝便に乗せてもらい遠隔地に輸送していた。代理店を引き受けた日本人は、バスが到着する頃ターミナルに受け取りに行き、自分が経営する店のスタンドに新聞を並べた。


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