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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(23)

ニッケイ新聞 2013年10月15日

 午前中に仕事を終わらせ、後を頼りのカヨ子さんに任せ、ジョージは余りにも無責任と云うか、無謀な中嶋に怒りをおぼえアパートに戻った。
「朝のコーヒーまで用意していただいき恐縮です」
「おっ、アパートがきれいになって、中嶋さんが!?」
 ジョージは、見違えるようにピッカピカに掃除されたアパートを見て怒りが半減してしまった。
「勝手な事してお許し下さい。時間があったので。で、あの棚に鉄砲が・・・」
「あれは私が刑事の頃から所持しているもので・・・」
「本物の鉄砲ですね?」
「サンパウロ州軍警仕様のブラジル製のタウルス四十五口径と、個人で買ったベルギー製のブローニングです。どちらもセミオートの素晴らしい拳銃です」
「すみませんでした。勝手に触って・・・。ジョージさんは警察の方ですね」
「昔そうでした。それにしても、あまりにも部屋がきれいになってびっくりしました。一瞬アパートを間違えたかと思いましたよ」
「あの〜、この東洋街に仏壇は売ってないでしょうか?」
「売っています。太陽堂に、いや、太陽堂は・・・、文房具や日本の本を売っている所で、仏壇は・・・、大仏堂と云う店です。この、ガルボン・ブエノ街を二百メートルぐらいのぼった所の右側です。さて、昼飯に出ますか」
「実は、昼飯も勝手に・・・」
 台所のテーブルに、冷蔵庫の隅に忘れられていたラッキョや梅干しをきれいに並べた皿と、白い御飯と味噌汁と煮物が湯気を上げていた。簡素であるが、丁寧に作られた料理に、ジョージの残りの怒りも無くなってしまった。ビールを取り出そうとした冷蔵庫の中もきれいに掃除、整頓されていた。
「ジョージさん、いいのですか?」
「今日はもう仕事を終わらせました。いい従業員にめぐまれていますから大丈夫です。午後は中嶋さんが探しているボーズの件で、シュクリ和尚を訪ね、それから宮城県人会館を訪ねます」
「私の事でもうそこまで調べていただいたのですか、御迷惑ばかり・・・」
 二人はコップを上げて乾杯した。アルコールに弱い中嶋はコップに口を付けるだけで応じ、テーブルに置くと両手を五秒間合わせて拝んだ。それにつられてジョージも一、二秒手を合わせてから食べ始めた。

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