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ブラジル沖縄県人移民110周年=同胞の絆で世界的人脈形成へ=次世代にウチナー精神継承を!=国境越えるウチナーンチュ

今後ますますの発展を祈り、節目の年に祝杯をあげた

今後ますますの発展を祈り、節目の年に祝杯をあげた

 1908年に第1回移民船「笠戸丸」がサントスに着港し、沖縄県移民325人がブラジルの地を踏んでから110年――約190万人と言われるブラジル日系人のうち約1割を占め、その規模を遥かに上回る存在感を持つ沖縄系コミュニティ。その中核組織、ブラジル沖縄県人会(島袋栄喜会長)は「ブラジル沖縄県人移民110周年記念祝典」を8月3、4、5の3日間、聖市の本部会館や州議会、ビラ・カロン区、ジアデマ市などで盛大に挙行した。国外からは母県の慶祝団一行はじめ、米国ハワイやアルゼンチン、ペルー、ボリビアなどから総勢500人近くが訪れ、国境を越えたウチナーンチュの絆を深めると共に次世代へのウチナー精神の継承を誓った。

ケーキカットも

ケーキカットも

 最終日の5日、ジアデマ市のブラジル沖縄文化センターで催された記念式典には、母県や国外からの慶祝団を合わせて約700人が出席した。

 国歌斉唱の後、挨拶に立った島袋会長は「今日の発展と繁栄は団結力、組織力、芸能文化の力、相互扶助の精神が基盤。その根底には、いちゃりばちょーでー(一度会ったら皆兄弟)、ゆいまーる(相互扶助)、ちむぐくる(友愛)の伝統的精神が反映されている。若者に心の遺産を継承してゆく」と誓った。

 また母県との絆の重要性として「心の底に眠っているウチナーンチュ精神を呼び起こして育む上で大きな力になっている」と訴え、「若者がウチナーンチュの教えを持って世界的ネットワークを形成し、社会に貢献することを願っている」と期待を寄せた。

 母県からも祝辞が続き、翁長雄志県知事(直後の8日に急逝)の挨拶文を代読した富川盛武副知事は、「県系人の皆様がブラジル社会の様々な分野で活躍し、発展に寄与されてきたことは沖縄県民にとって大きな誇り」と称えた。

 新里米吉県議会議長は「国際交流に最大限の努力を傾注する」と宣言。那覇市の城間幹子市長も「戦前戦後を通じ、沖縄の復興発展のためにご尽力頂いた先人のチムグクルを、私たちは片時も忘れたことはありません」と在外同胞への思いを語った。

 その他、下地幹郎衆議院議員、野口泰在聖総領事、山田康夫県連会長、飯星ワルテル連邦下議、ブラジル連邦共和国在那覇名誉領事の西原篤一氏、うりずん会の新城盛博アレシャンドレ会長も祝辞を述べた。表彰式では県人会本部・支部功労者、移民資料収集・保管功労者、各支部婦人会、海外特別功労者合わせて、61の個人・団体に表彰状が授与された。

 節目を祝して鏡開き、ケーキカットの後、昼食会に。琉球芸能や伯国民族芸能など10の演目が披露され、最後はカチャーシーで熱気に包まれ、大団円となった。

 

熱狂! 総勢2千人の大パレード=若手活躍、琉球文化に酔いしれ

500人の一糸乱れぬ沖縄太鼓の演奏に沸いた(撮影・望月二郎)

500人の一糸乱れぬ沖縄太鼓の演奏に沸いた(撮影・望月二郎)

 

 一連の記念祭典のハイライトは、ビラ・カロン沖縄県人会支部(照屋武吉会長)主催「第16回おきなわ祭り」で4日に行われた総勢2千人の記念パレードだ。

慶祝団一行も手を振りながら、意気揚々と行進した

慶祝団一行も手を振りながら、意気揚々と行進した

 同支部は、ブラジル沖縄県人会傘下41支部のなかでも最大で500世帯以上の会員を有し、琉球芸能・文化の中心拠点で県人会の大黒柱だ。琉球文化の〃花の舞台〃と目されている同祭における2時間半に渡るパレードでは、次々と琉球文化が繰り広げられた。

 パレードは会館から同祭会場入口までの約150メートルの路上で行われ、沿道には日伯の小国旗を手にした観衆で埋め尽くされた。

 午後3時過ぎ、日伯両国旗、沖縄県旗の行進で華々しく幕開け。母県からの慶祝団一行が入場すると「セージャ・ベン・ビンド(ようこそいらっしゃいました)!」と掛け声が上がり、温かな拍手で迎えられた。

 パレードは約40の文化団体から総勢2千人以上が参加、14隊で構成され、日ポ英3カ国語で各隊の説明が行われた。

 獅子舞、ミス琉装も練り歩いて観衆の目を楽しませ、母県市町村や米国、アルゼンチン、ペルー、ボリビア、台湾からの慶祝団、沖縄県人会傘下支部が各々の旗を持って入場した。

 琉球文化の隊では、五穀豊穣をもたらす神であるミルク「道じゅねー」で100人以上の可愛らしい稚児らが踊りながら入場。500人以上からなる琉球國祭太鼓、レキオス芸能同好会が一糸乱れぬ太鼓演奏をすると、拍手が沸いた。

 最後は今年の聖市カーニバルで優勝したアカデミコス・ド・タトァペが登場。迫力あるデスフィーレに熱気は最高潮に。陽気なサンバのリズムに乗せられた観衆もステップを踏んで加わるなど熱狂の渦が巻き起こり大盛況で幕を閉じた。

 新崎盛義マリオ実行委員長は「この祭りを通じて若者が続々と増え、同祭と相まって文化活動もさらに発展してきた」と振返り、「今回は百周年パレードより大規模だった。これだけの琉球文化の素晴らしさ、参加者の規模に胸が熱くなった」と笑顔を見せた。

 

聖州議会で特別セッションを開会=長寿県、90以上高齢者123人を表彰

フランコ・モントーロ講堂にて記念撮影

フランコ・モントーロ講堂にて記念撮影

 

 

 3日に聖州議会で行われた「慶祝議会」は、西本エリオ州議、羽藤譲二州議、キクトメ・ペドロ州議の尽力により開催された。州議会より翁長雄志知事、沖縄県人会に聖州名誉功労章を授与。また母県からは100歳以上高齢者4人、90~99歳までの高齢者119人、功労者14人に対して表彰が行われた。

 富川副知事は「幾多の困難を乗り越え、100、90歳を越えるまで健やかに活動されていることは、多くの人に元気を与えるものであり、健康長寿である沖縄県の誇り」と高齢者を激励。新里県議会議長も「長きに渡り県系社会のリーダーとして母県との親睦や支援、友好関係強化に尽力して頂いた。県系社会が高く評価されているのは皆様の賜物」と賞賛した。

 下地議員も「苦労を乗り切ったみなさんのお顔は本当に素晴らしい。沖縄県民全てが皆さんを誇りに思っている」と語り、「皆さんが頑張ってきた成果をどう次世代が引継ぐか。そのためには交流が大事。四世だけでなく、五世、六世の皆さんも『祖国は日本だ』と感じられる制度を作っていきたい」と意気込んだ。

 高齢者特別表彰者を代表して山城勇さん(89)は、「移民50周年の58年に移民し、当時、大変な祝福ムードに沸いていたのを今でも覚えている。あれから早や60年。今日があるのも先人のおかげ」と感慨深げに語った。

 同日、慶祝団一行らは、聖市庁舎にてブルーノ・コバス市長、バンデイランテス宮にてマルシオ・フランサ州知事を表敬訪問。州知事からは、翁長知事の代理として富川副知事に対しグランクルース・ダ・オールデン・ド・イピランガ最高勲章、新里議会議長、城間市長、翁長俊英市議会議長、島袋会長にも別の勲章が授与された。

 

富川副知事「次世代育成に全力対応」=万国津梁で21世紀の繁栄目指す

交流支援に意気込みを見せた富川副知事

交流支援に意気込みを見せた富川副知事

 4日午前、ブラジル沖縄県人会館で、富川副知事らと若手県系人との間で懇談会が開かれた。うりずん会(沖縄県費留学生、研修生OB会)、市町村研修生、ウチナージュニアスタディ、ニーセーターツア、ブラジル県人会青年部から50人近くが参加し、意見交換が行われた。

 富川副知事は、2030年迄の沖縄の将来像に係る長期構想「21世紀ビジョン」について説明。「自然、歴史、伝統文化、沖縄の価値観といったソフトパワーが、発展には不可欠」と強調した。

 また「小さな島の発展にはネットワークが不可欠」と語り、万国津梁(世界の懸け橋)としてかつて交易拠点で繁栄した歴史を振返り、「情報通信技術の発達により、ブラジルと沖縄の物理的距離の問題は解消できる時代に来ている。今後、さらに交流を深め、互いに発展していければ。県庁も全力で対応する。次世代の皆さんに大いに期待します」と語った。

 うりずん会の新城会長は「留学研修制度により沖縄の言語や文化を学ぶ機会を設けて頂き、感謝している。ニーセーターツアも始まり、各地で青年会が発足している。今後も、沖縄とブラジルの懸け橋となるべく、活動を続けていきたい」と謝意を滲ませていた。

 

4日午前、ブラジル沖縄県人会で開拓先没者追悼慰霊法要が行われた。献楽、献花、献茶の儀の後、禅宗の孤円師の唱導で焼香がおこなわれ、500人以上が参列した。

4日午前、ブラジル沖縄県人会で開拓先没者追悼慰霊法要が行われた。献楽、献花、献茶の儀の後、禅宗の孤円師の唱導で焼香がおこなわれ、500人以上が参列した。

 

 

ブラジル沖縄県人会・ブラジル沖縄文化センター

会長 島袋栄喜

 ハイサイグスーヨーチューウガナビラ。ハルバル遠方カラメンソーチクミソーチイッペーニヘーデービル。

 本日 ブラジル沖縄県人移民110周年記念式典を開催するに当たり、母県沖縄をはじめ、ハワイ、北米、隣国アルゼンチン、ボリビア,ぺルーその他の慶祝団をお迎えし、また当ブラジル側からは各日系社会の代表、各県人会会長、更にわが県人会会員多数の皆様ご列席の下に、この様に盛大な記念式典を開催できますことは我々県人会の大きな喜びとするところであり、心より感謝御礼を申し上げます。

 歴史を振り返り、私たちの先祖があらゆる困難に直面した道のりを考えた時、感謝の念に胸が熱くなります。多くの人々が夢はかなく志途中で斃れました。生き延びた先人たちも筆舌に尽くしがたい艱難辛苦に堪え、いばらの道を切り拓いて来ました。

 そして今我々は、先人たちが血と汗と涙で築かれた基盤の上に立っております。彼らの子孫である我々は、農業、ビジネス、医学、教育、政治、司法などブラジル社会の広い分野で活躍し、社会の進歩と幸福に貢献しています。

 このようなブラジルのウチナーンチュの今日の発展と繁栄は、その団結力、組織力、沖縄芸能文化の力、相互扶助の精神が基礎となっていると思うものであります。その根底には先人たちが伝承してくれた心の遺産、イチャリバチョーデー・ユイマアール・チムグクルのウチナーンチュの伝統的精神が大きく反映されていると思います。そして沖縄県人会の団結力は、今では日系コロニア社会からも認識され、日系社会全体にも力を発揮する新たな時代を迎えています。

 こうしたウチナーンチュの心を教え育んでくれた先人のご苦労と信念に報いるために我々は、その精神的遺産を継承し、新しい時代を担う若者たちにこれを伝承しいくことが大きな課題であり責任だと思います。

 それを成し遂げるためには、母県沖縄との太い繋がりが不可欠です。県費留学制度、ジュニア・スタディー、市町村研修制度が若いブラジルのウチナーンチュの心の底に眠っているウチナーンチュ精神を呼び起こし育む上で、大きな力となっております。

 南米では、先輩たちが努力して将来を視野に入れアルゼンチン、ボリビア、ペルー、ブラジル四ヶ国のウチナーンチュ若者たちが、年に一度交流しニセターツアーと言う重要なネットワークを形成しています。それは、すでに6回目を数えた世界のウチナーンチュ大会と連動して益々重要な意義を持つことでしょう。これからの若者たちがウチナーンチュであることに自信と誇りをもち、世界的なネットワークを形成しウチナーンチュの教えをもって社会に貢献していくよう心から願っております。

 結びにあたり、遠方からの慶祝団ご一行の皆さん、並びにコロニア各代表者、そして会員各位の益々のご健勝を祈念申し上げ、私の挨拶とさせて頂きます。

 イッペーニへーデービル

2018年8月5日

 

沖縄県知事  翁長 雄志

 はいさい ぐすーよー ちゅーうがなびら。

 この度、来賓各位の御臨席の下、ブラジル沖縄県人移民110周年記念式典が盛大に開催されますことを心からお祝い申し上げます。

 1908年に沖縄県人が大きな夢と希望を胸に笠戸丸からブラジルの大地に降り立ってから、先人達は互いに助け合い、幾多の困難を乗り越え、今日の県系人社会繁栄の基盤を築かれました。その御労苦に対し深く敬意を表します。

  今日、沖縄県系人の皆様がブラジルの社会に深く根を下ろし、政治・経済、教育・文化等様々な分野で活躍し、同国の発展に寄与されてきたことは、私たち沖縄県民にとっても大きな誇りであります。

  県系人の皆様の御活躍は、各人の御努力はもとより、ブラジル連邦共和国の関係各位の御理解と御支援があったことが大きいものと考えております。改めてブラジルの沖縄県系人の皆様に敬意を表するとともに、ブラジル連邦共和国の関係各位に対し、深く感謝の意を表します。

 沖縄県では、県民や海外移民とその子孫、また沖縄に強い想いを寄せる全ての人々をつなげる「ウチナーネットワーク」が、今後も継承され、発展していくよう願いを込めて、10月30日を「世界のウチナーンチュの日」に制定しました。昨年度ブラジルでは、第1回世界のウチナーンチュの日祝賀会やウチナーグチ芝居公演が行われるなど、想いをつなぐ取り組みが世界に広がっています。

 ブラジル沖縄県系人の皆様には、110周年を契機として、次世代への沖縄文化継承や、世代や地域を超えたネットワークの構築により益々活発に活動されることを御期待申し上げます。

  結びに、ブラジル沖縄県人会並びにブラジル連邦共和国の一層の御繁栄と皆様の益々の御健勝、御活躍を祈念申し上げ、祝辞といたします。

 いっぺーにふぇーでーびる!

2018年8月5日

 

翁長雄志沖縄県知事ご逝去へのお悔やみの言葉

 

 突然の訃報に接し、残念この上ない思いです。

 私たちは、去る8月5日の沖縄県人移民110周年記念式典に翁長県知事より親愛の情厚い祝辞を頂いた矢先であり、また8月3日のサンパウロ州特別議会並びにマルシオ・フランサ州知事より最高勲章「グランクルス・オルデン・イピランガ」を授与されたばかりで、喜びの中の悲しみとなり、無念の思いで一杯です。

 翁長知事は、過去4度もブラジルを訪れ私たちを激励して下さいました。また第6回世界のウチナーンチュ大会では「10月30日 世界のウチナーンチュの日」を制定し、世界のウチナーンチュに格別の思いをもっておられた。どんな時にも(ウチナーンチュの心)を説き、ウチナーンチュの連帯と結束を訴えておられました。

 知事は、基地問題など厳しい局面の中で、苦労の連続であったと思います。私たちは、氏の志を受け継ぎ、ブラジルのウチナーンチュ、そして世界のウチナーンチュの団結のために微力ながら尽くします。

 どうぞ安らかな旅立ちでありますように、遥かブラジルの地からご冥福を祈り、哀悼の誠を捧げます。

2018年8月9日

 

ブラジル沖縄県人会

ブラジル沖縄文化センター

会長 島袋栄喜

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