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岩手県人会が盛大に記念式典=創立60年と移住100周年=母県や国外から40人以上迎え

式典の様子

式典の様子

 ブラジル岩手県人会(千田曠暁会長)は「県人会創立60周年・県人移住100周年記念式典」を先月26日、聖市リベルダーデ区にある電気工組合ホールで開催した。母県から達増(たっそ)拓也知事、佐々木順一県議会議長をはじめ、市町や企業の代表者、郷土芸能使節団ら約40人が参列。会員とその家族など総勢300人以上で記念の節目を祝した。

 母県からの慶祝団として達増知事、佐々木県会議長のほか、谷藤裕明盛岡市長、本田敏秋遠野市長、小野寺正徳金ケ崎副町長、郷土芸能使節団10人、岩手日報の東根千万億(あずまね・ちまお)社長、南部美人の久慈浩介取締役社長ら約40人が来伯。野口泰在聖総領事、山田康夫県連会長、菊地義治移民110周年実行委員長、各地の岩手県人会代表者(パラー州ベレンの山中正二会長、パラグアイ・ピラポ移住地の佐藤豊会長、イグアスの小原和子会長、同アスンシオンの長沢聖太郎(せいたろう)会長)らが来賓として出席した。

 式典は午前10時に始まり、日伯両国歌斉唱、先亡者への黙祷、千田会長による挨拶の後、来賓が祝辞を述べた。岩手県人会前会長で110周年記念式典実行委員長の菊地義治さんは岩手県人の歴史に触れ、「岩手県人は農業でも医療でも活躍した。努力してきた先輩に敬意を示したい」と語り大きな拍手を受けた。

 功労者表彰では婦人部員として県人会活動に貢献した大志田良子(おおしだりょうこ)さん(93)や、長年にわたって役員や地方連絡員を務めた10人が表彰された。

 県費留学生・研修生OBを代表して八重樫亜紀カリンさん(22、3世)が挨拶を述べた。八重樫さんは16年に半年間、盛岡市で日本料理の研修を受けた。「岩手はとても穏やかで平和で自然の多い、とてもきれいな所だった。半年間の研修で色々な方と出会い、たくさんの体験をし、様々な文化を学んだ。これからも留学・研修制度を継続してほしい」と要望を伝えた。

 県人会に縁のあるひとが多く参加するコーラスグループが「ふるさと」や「あの素晴らしい愛をもう一度」などを披露。続いて県人会太鼓グループの「雷神」による力強い演奏が行われた。慶祝団からは「すごい!」などの感嘆の声が漏れ、演奏後は万雷の拍手が送られた。

 式典後、千田会長は「母県からたくさん来て祝辞を述べてくれて涙が出そうになった。この式典の内容も含んだ60周年記念誌を今年中に刊行できるよう全力で準備を進めたい」と意気込んだ。

 達増知事は「被災した岩手県を支援してもらい、母県と県人会が互いに支えあう対等な関係になった。それぞれの強みを活かしてともに発展していきたい」と今後について展望した。また、県費留学・研修制度については「出来る限り続けていきたい」と話した。

 式典に出席した及川君雄さん(81)は59年にブラジルに渡り、63年から県人会の活動に関わっている。「創立してから5年が経ったころ、県人の名簿を作るために聖州の奥地まで足を運んだ」と会黎明期の活動を振り返り、「ここまで長く歴史が続くとは、あの時は思ってもみなかった」と感慨深げに話した。

 正午からは記念祝賀会が催され、南部美人の久慈浩介社長の発声により同日本酒樽の鏡開きを行い、来場者には南部美人が振舞われた。続く乾杯と記念ケーキのカットで祝福ムード一色に。午後1時45分からは郷土芸能使節団による公演が行われた。

 

日系同胞の血のにじむ努力の賜物=岩手県知事 達増(たっそ)拓也

 ブラジル岩手県人会創立60周年式典が開催されるにあたり、岩手県民を代表してお祝いを申し上げます。この膨大なブラジルの国土に岩手県出身者方々の心の拠り所として結成された、貴県人会が輝かしい発展を遂げられ、60周年を迎えられましたことは誠に喜ばしい限りであり、心からお祝い申し上げます。

 また、本年はブラジル日本移民110周年にあたります。母国日本から遠く離れたブラジルの地に移住された方々は気候、風土、言語、習慣等のまったく異なる新天地において、幾多の困難の中で険しい道を切り開き、今日の輝かしい地位を築かれました。

 今日、ブラジルと日本は緊密な友好関係で結ばれ、経済、文化、サッカーを初めとするスポーツなど各分野にわたって活発な交流が展開されています。これもひとえに皆様方をはじめとする日系同胞の方々が長年にわたってブラジル社会の建設・発展にまさに血のにじむような努力をしてこられた賜物であり、そのご努力に対し改めて深く敬意を表します。

 会員の皆様方におかれましては、今後ともブラジル社会の一員としてさらなる発展に寄与されますと共に、日本とブラジルの友好親善のため一層のご尽力を賜りますようお願い申し上げます。

 故郷(ふるさと)岩手県につきましては東日本大震災津波の発災から7年5カ月が経過し、県では昨年度からの2年間を更なる展開への連結期間と位置づけ、復興事業の総仕上げと、復興の先を見据えた地域振興に向けて全力で取り組んでいます。

 また、来年は岩手県釜石市でラグビーW杯2019が開催されます。貴県人会をはじめ、世界中からいただいた東日本大震災津波への被害に対する感謝の気持ちや、復興に向かって歩みを進める地域の姿を発信する絶好の機会と考え、万全の体制で大会を迎えられるよう準備を進めています。本日ご参会の皆様方にもどうぞその機会に故郷岩手に足を運んでいただければ幸いです。

 終わりに、ブラジル岩手県人会のますますのご発展と会員の皆様方のご健勝、ご発展をお祈り申し上げお祝いの言葉とさせていただきます。

 

郷土芸能使節団が豪華に披露=歌と踊りで大盛り上がり

 

「南部俵積歌」のステージの様子

「南部俵積歌」のステージの様子

 式典と祝賀会の後、郷土芸能使節団の10人による公演が行われた。団長で岩手県民謡協会会長の藤沢東清さん(71)が「選りすぐりの実力者ぞろい」と言うように、全国や東北大会の優勝経験者が出演し、東北民謡や歌謡曲など約20曲を歌った。

 2部構成で前半に民謡、後半に歌謡の全85分。6回目の来伯となる中川愛子さん(76)が司会を務め、岩手弁によるユーモラスなトークで会場の雰囲気を温めた。

 東北民謡選手権グランプリの北條真由美さんは岩手の民謡「南部俵積歌」を朗々と歌い上げた。他の団員による尺八、三味線、太鼓の演奏と、扇子を使った踊りもあり、観客席からは「ヨッ」などの掛け声が飛んだ。

観客も出演者も一緒に踊った「炭坑節」

観客も出演者も一緒に踊った「炭坑節」

 歌謡パートでは氷川きよし、村田英雄らの曲を披露。日本民謡大賞グランプリの漆原栄美子さん(64)は吉幾三の代表曲「酔歌」にソーラン節を挿入したアレンジで歌った。活き活きとした歌声とキレのある三味線で惹きつけ、観客からの手拍子と「どっこいしょどっこいしょ」「ソーランソーラン」の掛け声で特に盛り上がった。

 最後の炭坑節では、出演者も観客も一緒になり客席で輪になって踊った。老若男女が楽しみ、笑顔の終幕となった。

 公演を観ていた岩上昌子さん(77、二世)は「NHKで歌番組をよく観るが、今日は生で聴くことができてうれしい」と顔をほころばせ、「子供のころ母親がよく日本の歌を歌っていたのを思い出した。懐かしいわ」としみじみ話した。

 司会を務めた中川さんの初来伯は、岩手県人会25周年式典への出演だった。「おじいちゃんおばあちゃんが泣いて喜んでくれた。それに感動して来続けているうちに35年も経ったわ」と言う。

 「ブラジルに来るのはこれで最後」と舞台で公言した中川さんは、公演後にたくさんの人から「また来てください」と声を掛けられていた。「若い人に任せなくちゃいけないと思う。でもそう言われると嬉しいですね」と目を細めた。

 最年少団員で三味線奏者の佐藤竜雅(りゅうが)さん(17)は今回が初来伯。「お客さんが日本より盛り上がっていた。ひとりひとりが楽しんでいるように感じた。国が違っても音楽は伝わるんだと実感。日本に帰ったら親や民謡仲間にこの経験を伝えたい」と話した。

■芸能団員■

藤沢東清団長、中川愛子副団長、三上紀子事務局長、漆原栄美子、鳴海みよ、北條真由美、佐野よりこ、井上ひとみ、山上衛、佐藤竜雅

 

ふるさと岩手を思う心を大切に=ブラジル岩手県人会会長千田曠曉(ひろあき)

 

 本日ここに、ブラジル岩手県人会創立60周年・県人移住100周年記念式典を、多数のご臨席を得て開催できる事に心から感謝申し上げます。ブラジル日系コロニアも、幾多の困難を乗り越えた初期移民から、110周年を迎え、現在、その子孫も五世から六世へと日本人の血が受け継がれ、日系人口は190万人と言われております。

 1897年日本国公使館が設置され、1905年岩手出身の杉村濬(ふかし)第三代公使がリオデジャネイロに着任。リオ州やミナス州・サンパウロ州を視察し、日本移民導入に最適地であると外務省に報告し、ブラジルへの日本移民導入へと繋がりました。

 杉村公使は笠戸丸移民を見ることなく、1906年5月に病に倒れ、リオデジャネイロの墓地に眠り、県人会では移民導入の父とあがめ、2008年当会創立50周年及び、日本移民100周年の際には、公使の墓碑を改修しました。墓碑改修披露には、達増県知事はじめ、慶祝団の皆様をお迎えして、共に除幕式を行わせて頂きました。

 岩手県人最初の移住者は、1918年に一関市出身の小野寺美代治さんが来られました。その後、記録によれば大正時代に26名が移住されております。

 さて、当県人会創立の経緯は、戦後移住者が県出身者の氏名や所在地を一つ一つ調べ上げ、260名ほどが判明した時点で、移住先輩に相談して発会となりました。活動として更に、県出身者の動向調査を行うと共に、同県人の「親睦と和・母県との交流」を図りつつ、事業も拡大。郷土岩手の文化を発信しながら、今後も世界の岩手県人会との交流も進めております。

 現在県人移住者は、戦前戦後の移住者も高齢化や生存者が少なくなりつつあります。しかし60周年を機に、県人先駆者が「ふるさと岩手を思う心」を大切に、今後も会員同士の「親睦を原点」とした後継者育成に励むと共に、母県との交流を、今後も深めて参りたい所存です。

 最後に、本日ご参集頂きました、皆様方の益々のご健勝とご発展をご祈念申し上げ、式辞と致します。

 

 

遠野市=ホストタウン登録、県人会と連携=東京五輪パラ競技伯代表受入れ

 

本田市長と千田会長

本田市長と千田会長

 岩手県遠野市は、2020年の東京パラリンピックでブラインドサッカーのブラジル代表選手団を受け入れる「ホストタウン」に登録されている。招致に当たり市は、県人会に当地の関係団体との交渉や、文書の翻訳などで協力を依頼。昨年12月、県内で始めて登録されるに至った。

 市は昨年4月、市民とパラリンピック出場選手との交流を通して、共生社会の形成を促すこと目的に招致を開始。市内にサッカーの強豪高校を擁すため、競技をブラインドサッカーに定め、同競技で4連覇しているブラジル代表の受け入れを目指した。

 本田敏秋市長は県職員だった30年前、知事に随行し県人会創立30周年式典に出席している。そのため、当地のパラリンピック委員会(CPB)や、視覚障害者スポーツ連盟(CBDV)と交渉するに当たり、県人会に協力を仰ぐことを思いついた。遠野市の企業、ブラジルジャパン有限会社の佐々木栄洋社長が昨年7月に来伯した際、本田知事の親書を千田会長に手渡した。

 千田会長は「出来ることは協力して、母県との交流を深めるのに役立てれば」という思いで、依頼を承諾。田口精基、多田マウロ両副会長が中心となってCPBとCBDVへの訪問や文書の翻訳をした。

 日本では本田市長が駐日ブラジル大使館に訪問。日伯双方から働きかけが功を奏し、昨年12月に登録に至った。

 本田市長は「県人会には感謝しかない。パラリンピックが終わっても関係を持続させたい。サッカーを通じてなにかできないか考えたい」とし、更なる交流の発展を誓っている。

 

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