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ブラジル最大の女優、フェルナンダ・モンテネグロが90歳を前に自伝発表=現在もなお、検閲反対の過激な活動

フェルナンダ・モンテネグロの自伝『プローロゴ、アト、エピーロゴ』

 ブラジルが生んだ最大の女優で来月90歳を迎えるフェルナンダ・モンテネグロが、自伝『プローロゴ、アト、エピーロゴ』を発表し、話題になっている。フェルナンダは現在もなお、女優として精力的に活動しており、刺激的な挑戦を続けている。
 『プローロゴ、アト、エピーロゴ』は、彼女の70年にわたる女優人生を振り返った自伝だ。
 「70年」と言ってもそれはあくまで「プロになって」という意味であり、実際には、5歳のとき既に、劇場のステージに立っている。
 彼女の女優としてのデビューは15歳のとき、ラジオの女優としてのものだが、約10年に及んだラジオ女優人生の半分を過ぎたあたりで、それまでの「アルレッテ・ピニェイロ」から名をフェルナンダ・モンテネグロに改めている。フェルナンダは「19世紀の文学にかぶれていた」ためにそれらしい名前を、モンテネグロは、彼女の一家を診てくれていた医師からとったという。
 フェルナンダは、フランス系ブラジル人女優のアンリエッタ・モレノーと、イタリア出身でブラジルで活躍した監督のジャンニ・ラットから演技を学んだという。
 また、ブラジルの演劇史を代表する劇作家ネルソン・ロドリゲスの影響もあげており、来年は彼の演劇の舞台に立つという。
 この伝記では、彼女と政治との関わりにも触れている。既にグローボ局の人気スターだった80年代には、軍政末期の1984年に、大統領の直接選挙を求める「ジレッタス・ジャー」に参加したことや、民政復帰後の最初の大統領直接選挙で選ばれたフェルナンド・コーロル氏が1990年に文化省を閉鎖した際に猛反対したことなどにも触れている。
 また、軍事政権真っ只中だった60年代には、彼女自身が尊敬していたという当時の演劇界最高の女優と謳われたカシウダ・ベッケルと共に先頭に立ち、サンパウロ市の陸軍第2地区司令官の自宅に出向き、逮捕者への虐待を止めることや検閲反対を訴えたことなども記されている。
 また、1985年からのジョゼ・サルネイ大統領の時代には文化相候補だったこと、彼女の座右の銘が、「民主化の父」として現在も称えられる政治家で、下院議長でもあったウリセス・ギマランエス氏が編纂した、1988年制定の「ブラジル憲法」であることもあかされている。
 フェルナンダは数多くのグローボでのテレビドラマのヒット作に出演。1999年にはブラジル史上唯一のアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。また、来年のアカデミー賞国際長編映画賞(昨年までの外国語映画賞)のブラジルからの正式出展作となった「ア・ヴィダ・インヴィジーヴェル(インヴィジブル・ライフ)」にも出演している。
 そんな彼女は先日、文芸雑誌「クアトロ・シンコ・ウン」の表紙を飾った。そこには、検閲本の前に、縄に縛られ、魔女狩りにあって、断罪された魔女の如き姿で登場している。彼女は雑誌の中で「既に検閲は戻ってきている」と発言し、具体的な名前こそ出していないものの、ボウソナロ政権を批判している。
 これに対し、芸能界では数少ないボウソナロ大統領支持派の演出家のロベルト・アルヴィムがフェルナンダに激しく反論。その反論が芸能界での強い反感を招くなどの事態にも発展している。(19日付雑誌フォーラム電子版、20日付フォーリャ紙電子版などより)

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