「円苔」の客層も決まり、すっかり経営は軌道に乗っていた。しかし洋介は遠慮して、店に来たのは二度くらいであった。それでも彼はクリチーバからやって来るたび、私の報告を楽しんでくれているのが分かる。洋介のほうも、私にいろんな話を聞かせているが、内容が少しづつ変わって来ていた。例えば、 「オレがファゼンダ三十周年記念のフェスタをした時 ...
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道のない道=村上尚子=(51)
しかし、必ずそれ以上の金額を、よっちゃんのポケットに入れてやった。理由は、よっちゃんがチップをくれる客と、くれない客の差別をさせないためであった。 夕方、早めに私たち三人は食事を済まさないと、もう食べる時間はなくなる。あのばあさんが来ないので、仕方なくよっちゃんと食事をしていた所へ、あのばあさんが店へ入って来た。私たちが先に ...
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そんなある日、思ってもみない人間がやってきた。あの小料理屋のばあさんである。 「あたしゃあ、あそこは辞めました。ここで私も働かせてもらえんでっしゃろか」 まるで親戚の家にでも、やって来たような顔。いくら女っ気のない呑み屋だと言っても…… でも一緒に働くことにした。ばあさんは、狭いカウンターの中で、昔からそこに居るような顔で ...
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が、私の魂が踊っている。これほどの活力が、どこから湧いてくるのか…… バロン・デ・イグアッペ通りに、気に入った場所を見つけた。中国人のもので、貸し出していた。 私とこの女主人は、ポルトガル語がまるで駄目、筆談ということになった。私は僅か知っている漢字を、数個並べるだけ。ごたごた要らない文字が無いだけ、お互いよく分かった。私が ...
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隣の寿司屋と女将は、大変親しく付き合っている。四才の一人息子も、あどけない顔をして、女将の店に入りびたり、頭を撫でられていた。 ある日、この子が竹竿を持ち込んで来て、客の頭を叩いて回り始めた。女将は見ているだけ。食事中の客も、黙って叩かれている。私は、これはいくらなんでも叱らないと、と思って、 「だめよ!」 と言った。その声 ...
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ところが、そこの社長の任期が終わり、次の社長がその家に入って来た。それが、あの叱りつけた人であったとのこと。 前社長の話に戻るが、トイレで用を足しても水も流していない。頭にきたばあさんは、紙に大きな字で「用を足したら水を流すこと」と、トイレに貼り付けた。社長の他は誰もいないこのトイレにー 息子というのが休暇を取り、アメリカ ...
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また、食堂の経営者同士で揉め事が起きる。すると、わざわざクリチーバからやって来て、丸く治めてしまう。何か昔聞いたどこかの親分のような、気風の良さと、人情を持っている男である。 人情といえば、こんな話もしていた。彼のファゼンダの近くに、猫を捨てる人がいる。それで洋介はその猫に、毎日餌を与えていた。ところがその辺は、猫を捨てやす ...
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「ヤクザではないな」と判断ができた。 彼は、食事を注文してあるらしく、その間、私たちに話しかけてきた。ボリウムのある、テキパキした声。 「いつから、ここに入ったの?」 ということは、十名の女の顔はみな知っている、常連ということになる。 「数ヶ月前です」 「まだちょっとやなあ、もう慣れたか?」 「はい……」 「うん、うん、…… ...
続きを読む »道のない道=村上尚子=(44)
こうすれば、客とのつながりが出来る。おばさんの戦略である。彼女は人懐っこい笑顔で、階下の一室に品物を広げている。 私も先月買った分の金を、部屋に取りに戻った。ない! 鏡台の下へ洋服代として突っ込んでいた金が…… この部屋の鍵を持っているのは、N子だけである。咄嗟に父の言葉を思い出していた。N子にやられた! 他の仲間にこのこ ...
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といっても、それっきりで、話題を持たない私は、やはり「枯れ木も……」の存在であった。しかし他の女たちも大同小異と思える。なのに近頃のマダムは私にだけ冷たい。それも段々、度を超えてきた。私はやっとあることに気付いた。 よく観察していると、大抵の女にはパトロンというものがついていた。その中でも「花園」をよく利用してくれるパトロン ...
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