レッサ爺さんというのは、背が低くてずんぐりしていて、赤い髪に赤ら顔……それに、俊敏で経験を積んだ目――と、まあ、こういった人物だった。だが、体は小さいが逆に大きな心の持ち主だった。 それに分別もあった。人との約束を反古にするようなことはなかったし、伸びきった犬の皮みたいな長話をするでもない。口数少なく、口を開くと出てくる言葉は ...
続きを読む »ガウショ物語=シモンエス・ロッペス・ネット著(監修・柴門明子、翻訳サークル・アイリス)
ガウショ物語=(15)=カルドーゾのマテ茶
「やれやれ、何てこった!……たかが目玉焼きにこんなに時間がかかるなんて! お前さん、そう思わないか?」 わしらが馬を降りたのは、ちょうど正午だった……それが、もう3時を過ぎてしまった!……。 わしが考えるに、ここの連中は、ひよっこが雌鳥になって、そいつが卵を産むのを待って、その卵を手に入れる。そこでようやく魔法が解けて目玉焼きが ...
続きを読む »ガウショ物語=(14)=底なし沼のバラ=<6>=懐かしさとは痛みのない痛さ
が、次の瞬間、ゴボゴボという音を残して、沸き立つ泥の中に消えてしまった! 考えてもみな、お前さん。目の前で、投げ縄の綱の半分くらいの距離だ、すぐそこでそんな事が起きているのに、だれも手を貸して助けてやることが出来なかった……。 みんなの口から出た言葉は、「おお、イエス様!」だけだった。 沼はあらゆる隙間から泡を噴きだしていた… ...
続きを読む »ガウショ物語=(13)=底なし沼のバラ=<5>=「あの花は?」「娘のだ!」
その時、旅慣れて、広い世間を見た来たことを自慢げに話す一人のガウショが、わしの上着の袖を引っぱって、耳元で囁いた。 「シッコンは娘を追い回していた。……やつは家にいなかったし、俺たちとも来ていない。娘もいない……。なあ、仲間、どう思うかね?……」 「フン!」わしはそれしか答えなかったが、男の言葉が耳の底にこびりついていた。 だ ...
続きを読む »ガウショ物語=(12)=底なし沼のバラ=<4>=馬ごと深みにはまり込む
沼に投げ出された娘は、たちまち、馬の脚に掻きまわされてぶくぶく泡立つ黒い泥沼に呑み込まれてしまった……。そして、その跡を標すみたいに、髪に挿されていた真赤なバラが浮かんでいた。 同じように拍車と鞭を当てられながら疾駆して来たシッコンの馬も、その勢いで、前の馬の一尋(ひろ)半ばかりのところに嵌(はま)り込んでしまった。体はすっぽ ...
続きを読む »ガウショ物語=(10)=底なし沼のバラ=<2>=類稀な美しい娘と粗野な大男
男は働き者で、何でもよく知っていた。家を建てるための場所選びから、ヤシの葉の屋根葺き、材木作り、柵囲い、耕作、どれも自分でやってのけた。梁の角材を削ることから、四分の一アルケールの小麦の種撒き、さらに、牛を去勢したり、荒馬を馴らしたりすることもできた。 マリア・アルチナ――男の娘だ――が十六歳になったころ、農園はまるで天国のよ ...
続きを読む »ガウショ物語=(9)=底なし沼のバラ=<1>=美しくも不吉な花のいわれ
「見えるかね。あそこの下の方、丘陵の右手の方にあるウンブーの木が?」 そう、あそこが廃屋になってしまったマリアノの屋敷だ。あの寂れた場所に一本の桃の木があって、その実のうまいことといったら、わしはほかで出会ったことがない。今でもマルメロの木がたわわに実を結んでいるが、それはそれでまた、びっくりするほど見事なもんだ。 さらに三、 ...
続きを読む »ガウショ物語=(8)=黒いボニファシオ=《4・終わり》=の怨念で男を滅多刺し
それでも、狙いを付けて力いっぱい腕を突き出したから、山刀は付け根まで婆さんに突き刺さった。その山刀を持ち上げると、宙吊りにされた婆さんは身をよじ捩りもがく……。だが、それと同時に、あのガウショが放ったボーラの玉の一つが頭の天辺に、続いてもう一つがあばら骨の辺りに鈍い音を立ててぶちあたり、奴は地面に這いつくばった。首が折れた牛み ...
続きを読む »ガウショ物語=(7)=黒いボニファシオ=《3》=滅多切りの狂宴の最中に
「何だよ、ムラタ!……オレはお前の男じゃないか! ばあさんの使い走りのガキじゃねえ。ほら、取りな」 そう言いながら、腕を伸ばして菓子包みを差し出した。 その時、ナディコが割り込んできて、それ引ったくるとちょっと重さを確かめてから、そいつを黒い野郎の顔に叩きつけた。 おめえ前さん! まったくもって、とんでもねえ事がおっぱじまった ...
続きを読む »ガウショ物語=(6)=黒いボニファシオ=《2》=草競馬の賭けで勝負
あいつは、まだすっかり手なずけていないに荒馬に乗って、意気揚々と現れた。尾に白い毛の混じった青鹿毛で、長い脛に厚い胸、細い耳には鋏で切れ込みが入れてある。たてがみ鬣は首の半分まできれいに切りそろえて、尻尾は根元から三本の三つ編みにしてある。馬はその尾を誇らしげに高く上げていた。 そしてボニファシオの後ろには、物慣れた様子で、い ...
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