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百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム=第17回 ジャポネースと日本人=日本生まれの「ブラジル精神」

ニッケイ新聞 2008年8月14日付け

 「本格サンバやって来る 二十四日、伊賀で国際交流フェスタ」という見だしの記事が中日新聞十三日付けネット版に掲載された。このように日本の国際交流イベントでブラジルをテーマにした時、サンバ隊を呼び、「本場のサンバ」などと報道されることがよくある。
 ところが、ブラジル側の日系コミュニティではまったく事情が違う。日系団体の活動に熱心な人ほどサンバに関心は薄い。「黒人コミュニティ文化」というイメージが強く、全伯に五百以上の日系団体があるが、「サンバ部」がある団体は聞いたことがない。
 最近、〃ブラジルタウン〃群馬県大泉町ではブラジル人を観光資源にして町おこしが出来ないかという試行錯誤が始まっている。その一つとして「大泉町にブラジル横丁を 目玉はアマゾン資料館」(十日付け共同通信)という案が地元日本人の間で出ている。
 デカセギの大半はサンパウロ州出身者だ。パウリスタにとってアマゾンという場所は、いつか観光に行きたいエキゾチックな場所であり、自己認識と重ね合わせる部分は少ない。もちろん北伯出身者にとっては〃故郷〃だが。
 日本人側からブラジルを考えた時、そこには「サンバ」「アマゾン」「サッカー」という先入観の金字塔がそびえている。ブラジル社会一般が持つ「ジャポネース」というイメージとの実態との落差はかくも大きい。
 これは日本社会がデカセギに対して求めているイメージは「日系人」ではなく、「ブラジレイロ」としての振る舞いであることを示している。
 「ジャポネース」というポ語は罪作りな単語だ。ブラジル人一般が持つ「ジャポネース」という「想像の共同体」イメージには、「日本の日本人」「日本移民」「日系子孫」の区別がないと第十四節で説明した。このイメージは当然、日系人にも広く浸透している。
 ところが、日本の日本人が持つ「日本人」イメージは違う。『広辞苑』(第四版、岩波書店)では「日本国に国籍を有する人。人類学的にはモンゴロイドに属し、皮膚は黄色、虹彩は黒褐色、毛髪は黒色で直毛。言語は日本語」とある。
 言葉を代えれば、日本国籍があり、日本人顔をし、日本語をしゃべる者だけが日本人だ。
 つまり、「ジャポネース」と「日本人」は意味が異なる。それに気付かずに困惑する状況がひんぱんに起きている。
 デカセギ現象によってその違いを体験してしまった在日ブラジル人コミュニティは、「日本人からガイジンとして扱われたから、自分はブラジレイロだ」としぶしぶ了解するようになった。
 現役外交官のコスタ氏は『De decassegui a emigrante』の中で、これを「カウンター・アイデンティティ=対抗~」と呼んでいる。日本では「ジャポネース」して受け入れられないことへの抵抗として、自らのブラジル人性に目覚める傾向がある。
 「純ブラジル的なファッションをしたり、ブラジルを代表する色を多用したり、シュラスコやフェイジョアーダを愛好したり、サンバやパゴッジなどのブラジル音楽へ傾倒したりする」(百四十二頁)。
 このイメージギャップの罠にはまり、悩む日系人は実に多い。それをテーマにして映像作品などの芸術活動に昇華させる世代も九〇年代からでてきた。
 デカセギは、日本での拒絶の経験からブラジル向きのナショナリズムを持ち始め、自分は「ブラジレイロ」だと切りかえるようになる。
 ブラジル社会からは「日系人の祖国は日本」と思われているにもかかわらず、日本社会からは「ブラジル人」として扱われ、それぞれから押し出されるようにして「日本のブラジル人」というコミュニティのイメージができつつある。
 身の置き場のない状況は、より強固な自己認識をもってアイデンティティを補強しようとする傾向がある。そのような背景が、本国のブラジル人よりも強いブラジル人性「ブラジル精神」を特徴とするマイノリティ集団を誕生させた。
 戦前のブラジル社会のエリート層を支配していた「黄禍思想」やゼッツリオ・バルガスの外国移民同化政策を背景に、日本思想が強化されていったのに似ている。
(続く、深沢正雪記者)



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