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百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム 第19回=相対的に形成される認識=「二世、三世、ジャ・セイ!」

ニッケイ新聞 2008年8月19日付け

 従来、日系社会では「一世、二世、ノン・セイ(知らない)」という言い回しで、三世になると日系アイデンティティが失われる傾向があると表現してきた。
 日本のデカセギ・コミュニティでは、それを逆手に取って「二世、三世、ジャ・セイ(もう分かった)」という表現で、ブラジル人アイデンティティの獲得を表現しているという話が、現役外交官コスタ氏の『De decassegui a emigrante』(百三十九頁)で紹介されている。
 「このようなブラジル人性を強く表現する行為は、移住第一世代に見られる特徴だ」(同書)
 デカセギがブラジル人として振る舞うことは、裏を返せば「私はブラジル人だから、日本語を話したり、日本人のように振る舞ったりすることを期待するな」という日本人へのメッセージでもあると彼は考えている。
 つまり、一般の日本人は相手が日本人顔をしていれば、日本語を話し、日本人的に振る舞うことを無意識に求めがちであることへの対抗処置でもある。
 ところが、その子供である移住第二世代は「もう分かった。どうしたら日本人のようになれるか」という世代だとコスタ氏は指摘(百四十三頁)する。このアイデンティティ形成が複雑だ。
 「日本で毎年約四千人のブラジル人の出生が届けられている」(『ブラジル特報』〇四年九月号)とあり、移住第二世代はすごい勢いで増えている。
 愛知県に昨年、ブラジル人学校を開校した篠田カルロスさんの講演(〇七年七月)によれば、同校児童の九割が日本生まれ。「一度は日本の学校に入ったがうまく行かなかった。いつかブラジルに〃帰りたい〃という気持ちの子供が多い」と代弁する。一度も足を踏み入れたことのない祖国へ〃帰ろう〃という気持ちはどんなものなのか。
 ブラジルで戦前に生まれて祖国日本のあるべき姿を思い描いて「日本精神」を育んだ二世のように、日本でも親から植えつけられた郷愁に基づく「想像の共同体」が生まれつつあるようだ。
 いずれ、日本生まれの在日二世が初めてブラジルに〃帰国〃した時、十六節で説明したような、日本移民一世がデカセギで日本を訪れたときに受けた「故郷」の喪失感を感じるのかもしれない。日本生まれの世代は、人格形成期を過ごした日本を自分の「故郷」だと感じるだろう。
 「ブラジル精神」と同時に、日本に統合していく方向性も明確化されつつある。六月のセブラエ主催のデカセギ・セミナーで、日本のポ語メディア社長の村永レオナルド氏が「これからの在日ブラジル人コミュニティは日本への統合の時代になる」と語っていた。日本生まれの世代が、日本社会に馴化する層を形成しつつある。
 ブラジルの日系社会も日本文化継承を強く打ち出す伝統的な勢力と、統合主義の二つの方向性が常々せめぎ合ってきた。このような試行錯誤の繰り返しは、移民系社会の特質といえよう。
 コスタ氏は将来を見越して、「日本が労働力が不足した時に外国から日系子孫を呼び戻したように、ブラジルもまた彼らを呼び戻すことを考える日が来るかも知れない。その仮定に立った時、かれらにブラジル市民としてのアイデンティティを継承させることが帰還を容易にする」(百四十三頁)と書いている。
 ブラジルに見られる日本以上に日本の伝統文化を残す「日本精神」のあり方と、在日ブラジル人社会の本国以上にブラジル人性と強調する「ブラジル精神」は、日系人という同じコインの裏表だ。グローバル化時代におけるホスト社会からの位置づけによって、別の面を強調しているにすぎない。
 日本でブラジル人として振る舞う日系人も、ブラジルに戻れば以前の状態にもどる。今度はブラジル社会から「ジャポネース」としての役割を期待されるからだ。
 エスニック・アイデンティティは絶対的なものではなく、相対的に形成されるということなのだろう。共通しているのは「ジャポネース」らしく真面目な態度で、どちらのホスト社会の期待にも懸命に応えている点だ。
(続く、深沢正雪記者)



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