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ジウマ大統領(Foto: Ichiro Guerra/Dilma 13)
ジウマ大統領(Foto: Ichiro Guerra/Dilma 13)

リオ五輪で抗議行動は起きるか?=「ゆがみ」を直す「ゆがみ」とは=PB疑惑次第で弾劾裁判も?!

W杯はゴネ時と見る一部過激派

 2014年はW杯が6月に、大統領選挙が10月にあった。だからその直前の3~5月をゴネ時とみた組合の一部過激派が造反までした。たとえば5月20、21日にサンパウロ市民を大混乱に陥れたバス運転手と車掌のストは、組合の決議に従わない一部の過激派がやった。従業員組合はすでに企業主らと給与10%増で合意済みなのに、一部の組合員が33%増にこだわってスト決行した。
 このような少数派の特徴は過激化、暴力化することだ。全体として非暴力抵抗運動の伝統のあるブラジルだが、過激な少数派は常にいる。覆面で破壊行動をする「ブラック・ブロック」(BB)も6月抗議の時から注目を浴びている。先鋭化することで存在意義を発揮しようとし、さらに市民から遊離している。
 BB参加者には高学歴の反権力主義者が多いといわれ、「平和的なデモ行進や投票では何も変わらない」「毎年5万人が犯罪の犠牲で死ぬのは国家が治安維持を怠っているという暴力。国民がSUS(国の無料医療サービス)の列で何カ月も待ちながら死んでいくのも国家の暴力。それらに警鐘を鳴らすために暴力を使う」と主張する。
 ジウマ大統領は14年5月末に企業主代表の前で「抗議行動に対して、必要であれば陸軍出動も辞さない」と確約した。反政府活動家時代に軍隊に拷問された経験を持つ彼女が、大統領になってから軍を動員して民衆の抗議行動を力で押しつぶすなら、あまりに悲しい歴史の皮肉だったが、結果的にそれは避けられた。

開幕会場で大統領を罵倒

19億レアル(約884億円)をかけて建設された超豪華なマネ・ガリンシャ競技場(Foto: Marcello Casal Jr./Agência Brasil)

19億レアル(約884億円)をかけて建設された超豪華なマネ・ガリンシャ競技場(Foto: Marcello Casal Jr./Agência Brasil)

 14年6月12日、自国開催のサッカーW杯開幕戦――「エイ、ジウマ、ヴァイ・トマ・ノ・◎ー!」(ジウマ、オカマほられろ!)。ジウマ大統領に対し、スタジアムに集まった群衆からそんな罵声が浴びせられた。国歌を会場全体で盛大に歌い上げた直後に、同じ勢いで大統領への罵倒の〃合唱〃に入れ替わったのだ。
 他国大統領や来賓と一緒の時に、6万人の観客(国民)から大合唱された。暴力的な抗議行動より、別の意味でもっと過激だ。同6月14日付エスタード紙によればルーラ前大統領(PT)は「エリート階級による憎悪」だと指摘した。
 160~990レアル(7500~4万6千円)もする開幕戦チケットが買えるのは中流層以上だ。中流層は収入の約37%が直接税で取られ、さらに間接税も払う。彼らには「現政権は高い税金を取って、貧困層にばかりつぎ込む」ように見える。高い税金の割に、自分が使う教育や医療の公共サービスは改善していないと感じ、税負担の不平等感にしびれを切らしている。格差縮小に文句をいう国民はいないが、課税が偏れば不満は溜まる。
 圧倒的にサッカー好きな貧困層に対し、中流層はバレーやテニス、バスケなどを愛好し始め、スポーツの多様化が顕著になってきている。その流れで、サッカー以外を愛好する中流層がW杯反対を叫び、野党を支持する傾向が強まってきた。
 その一方で、強力な格差是正政策をとり続けないと社会構造は修正されないと現政権は考え、「人口の大半を占める貧困層の支持さえあれば選挙にも勝てる」と考えている節がある。
 「貧困層に愛される大統領であるがゆえに、中流層からは憎まれる」という図式があり、それが開幕会場でもろに隣り合わせになった。いわば、社会格差という「ゆがみ」を縮めるための急激な是正政策の「ゆがみ」が、開幕試合の会場で罵声としてダイナミックに表現された格好だ。
 左派政権はメンサロン事件を起こし、貧困層ばかり厚遇して、中流階級以上は税金を払わされるばかり…。失望感と不平等感が、新興中流階級に積もり積もっていた。経済が拡大する中で、世界有数の格差社会のゆがみを急激に是正すべくとられた左派政策が、副作用的な〃ゆがみのゆがみ〃を生んでしまい、それが「階級間の憎悪」となって広がっている。

〃白い象〃が急増?

 ブラジル政治の特徴は、常にW杯の年の10月に大統領選挙が行われる点だ。選挙活動期間は3カ月間もあり、W杯期間中の7月初旬から開始される。つまり、W杯の興奮を準備運動にして、そのまま〃選挙カーニバル〃に雪崩うっていく。
 現政権の主要な支持基盤は低所得者だ。子どもの通学を証明すれば貧困家庭向けの扶養手当がもらえる「ボウサ・ファミリア」などの制度で社会の底辺に手厚い政策をすることで、貧困者の多い北東部に支持基盤を広げて来た。
 人口の過半数を占める貧困層の支持を集めたから現政権は成立したし、その層がサッカー好きだからW杯を誘致した。国際サッカー連盟(FIFA)は「8会場で十分」と薦めたのに、支持基盤の広がる北東部や、サッカー不毛の地だがPT親派の多いアマゾン地方も含めた12都市に決めたといわれる。多くの都市に大規模投資をして地元に良い印象を残せば、現政権の仕事として高く評価され、選挙に有利になると見られている。
 その結果、全伯に〃白い象〃が次々に建設された。ポルトガル語で「エレファンチ・ブランコ」(白い象)といえば「無用の長物、やっかいもの」を意味する。
 特に次の4競技場は建設前から、W杯後の赤字運営が確実視されている。一つ目のパンタナール競技場は、5億7千万レアル(約265億円)を投じて建設した4万4千人収容の最新施設だ。13年のマット・グロッソ州サッカー選手権では全76試合の平均観客動員数は605人(グローボ・エスポルテ13年6月3日報道)しかない。
 同様に6億7千万レアル(約312億円)を投じてマナウスのアマゾナス競技場を作ったが、同州選手権も平均動員数は807人(同)。ナタル競技場のある北大河州選手権は958人、19億レアル(約884億円)と言われる超豪華なマネ・ガリンシャ競技場を作ったブラジリア選手権は1176人(同)。いずれも4万人超の収容能力にはそぐわない数であり、膨大な維持費をどうひねり出すのか―と疑問視されている。
 W杯後、全伯選手権大会が数試合ずつ開催されているが、採算のほどは未発表だ。

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