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連載小説

中島宏著『クリスト・レイ』第118話

 総合的に見ればしかし、このゴンザーガ区での農業は、何とか生計を立てていく程度の収入を確保することはできた。が、それ以上のものには、なかなかなり得なかった。それは、ひとつにはこの地区での平均した耕地面積が十分な広さを持たず、効率が悪かったことと、販売ルートが確立されていなかったために、思うような値段では作物が売れなかったことによ ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第117話

 もし、マルコスが指摘するように、私に個性的なところがあるとすれば、きっとそういうものが知らない間に、私の中にも入り込んでいて、それが影響しているというふうにも考えられるわね。 でも、もしそうであるとしても、私はそのことについては別に何もこだわっていないわ。あなたが言うように、それがこのブラジルでは、当たり前だということであれば ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第116話

 つまり、アヤのように広い視野で、ブラジルのことあるいは世界のことを考えるというところがない。彼らの発想は常に、後にしてきた日本に繋がっていて、そこから一歩も出ようとしないという傾向があります。 もちろんこれは、僕のようにブラジル人の一人としての見方であり、考え方ではあるのですが、その辺りの差が、彼らとアヤとの間に鮮明な形で現れ ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第115話

「それがつまり、伝統と文化から生まれてきたものと考えるわけね。この場合は、文化や習慣というものが、必ずしも文明の邪魔をするものではないということなのね。なるほど、そういう見方もあるわけね。やはり、こういうことはマルコスのように、外部の人間から見ることによって焦点がはっきりしてくるということなのかしら。視点が変わると、本質的なもの ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第114話

 もっとも、日本のことは、アヤと知り合いになるまでは、大した知識もなく勉強もしていなかったけど、でも、ここ三年ばかりは結構、僕なりに勉強しましたよ。  そういう古い文化や伝統と共存しつつ、どうして日本は近代国家になれたのか。その辺りを勉強するには、このゴンザーガ区に住んでる日本移民の人たちは、僕にとって非常にいい対象になりました ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第113話

 移民の末裔たちが、新しく来た移民たちの言語や行動を規制しようとするのは、ちょっとおかしいのじゃないかしら。自分たちの先祖はよかったけど、今の時代はもう、それは認められないというのも何だか納得いかないという感じね。まあ、外国から来た移民である私がこんなこといってみても、何の力もないということは分かっているけど、でも、ちょっと矛盾 ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第112話

「それに比べると、あなたや、このゴンザーガ区に住む人たちは、まったく動揺してないように見えるけど、それはなぜでしょう」 「全然、動揺がないというとウソになるけど、でも、私たちの場合はもともとこのブラジルに根を張って、遠い将来を見据えた生き方をしようと考えているし、それが心の中の核みたいなものになっているから、少しのことぐらいでは ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第111話

「あらあら一生だなんて、随分大げさなことになったわね。それほどの価値は私にはありませんから、その辺りは誤解のないように願います。でも、それを言うなら、マルコス、あなただって私にとっては立派な先生ですよ」 「僕が、アヤの先生ですか。それはちょっと信じられない話ですね。僕がアヤから学んだことはいっぱいありますが、僕がアヤに教えたこと ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第110話

「いいえ、私はそうは思わないわ。マルコスにはそういう経験がないから理解できないかもしれないけど、人がそれまで生まれ育った国を捨てて、あえて私は、捨ててというけど、つまり、それまでの世界をすべて葬り去るというような考えで、新しい世界に挑戦するという覚悟がなければ、到底、このような大きな目的を遂行していくことはできないと、私は信じて ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第109話

 ただね、このブラジルが安住の地だと思っていたのが、最近はその印象がちょっと崩れてきたようにも見えるわね。いえ、それは別にブラジルに失望したということじゃなくて、何というのかしら、もっとこの国に対して現実的な見方をするようになったということかもしれないわ。所詮、理想的な国というものはあり得ないから、それが当然なのでしょうけど」 ...

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