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移り住みし者たち=麻野 涼

連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第20回

ニッケイ新聞 2013年2月23日 「コダマ、ノン・テン・トロッコ(お釣りがないよ)」 「ノン・プレシーザ(必要ない)」辞書を引きながら児玉が答えた。  サンパウロに来てから間もない児玉には物価の感覚がまだわからなかった。パウリスタ新聞から受けとる月給は約四十ドルだった。それでもサンパウロ州法で定められた最低給料の三倍はあった。 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第19回

ニッケイ新聞 2013年2月22日  児玉の手がテレーザの胸をまさぐる。弾力のあるバストだ。潤いのある肌は濡れた絹に触れるような感触だった。その感触を楽しむかのように児玉はテレーザの全身を掌で愛撫した。ウェストからヒップは肉感的な豊かな半円を描いている。  モレーナの肌の色は明らかに黒人のそれとは異なっていた。児玉はテレーザの肌 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第18回

ニッケイ新聞 2013年2月21日 「少し休みましょう」  テレーザの声に児玉もテーブルに戻った。流れる児玉の汗をテレーザがハンカチで拭いた。 「オブリガード(ありがとう)」 「デ・ナーダ(どういたしまして)」  二人はしばらく飲んでからミッシェルを出た。店を出る頃には、児玉はすっかり人気者になっていた。 「また来て日本のサンバ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第17回

ニッケイ新聞 2013年2月20日  体を回転させたはずみで彼女と視線が合った。彼女の踊りは児玉を挑発するように激しく腰をくねらせ、踊りながら四つ目のボタンを外す仕草をしてみせた。そして踊りながら児玉の目の前までやって来た。香水と彼女の体臭が混ざった匂いが漂ってくる。しかし、雰囲気がそうさせるのか、決して不快な匂いではなかった。 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第16回

ニッケイ新聞 2013年2月19日  児玉はその日の原稿を書き終えると、毎晩サンパウロ市内のバーを飲み歩いていた。バーは大きく三つにわかれている。一つは東洋人街と呼ばれるリベルダーデ区に集中している日系人経営のバーだ。東洋人街のメインストリートでも呼ぶべきカルボン・ブエノ街周辺に長良、柳、エメラルドなどのバーはもとより日の出、で ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第15回

ニッケイ新聞 2013年2月16日  二世がポルトガル語でブラジル人に児玉の言ったことを通訳してくれた。事情がわかると、彼らは値段を紙に書いたり、ゆっくりと発音してくれた。児玉も最初は挨拶ぐらいだったものが、数ヶ月もすると簡単な会話くらいなら通じるようになってきた。 「ブラジルは気に入ったか」 「ああ、好きになった」 「それはよ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第14回

ニッケイ新聞 2013年2月15日  昼休みにペンソンに戻り、蚤を殺してやろうと毛布をそっと剥ぐと、五、六匹が白いシーツの上で飛び跳ねていた。しかも日本の蚤とは比べ物にならないくらいに大きく、黒い米粒が跳ねているように見えた。その場で荷物をトランクに詰め込んでペンソンから逃げ出した。  知人の紹介でキッチネッチと呼ばれるバスとキ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第13回

ニッケイ新聞 2013年2月14日  在日朝鮮人・韓国人一世の多くは結婚における血の純潔を守ろうとしていた。外国人の血が混じれば、その家系の血は薄れ、生活の秩序も風習も習慣も、朝鮮人、韓国人としての家の堅い絆が破壊されてしまう。生まれた子供は混血児として、将来、悩み苦しむことになり、悲劇を生む。  日本人は朝鮮半島を支配し、侵略 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第12回

ニッケイ新聞 2013年2月12日  美子は何度も自殺を試みていた。その方法をいやというほど児玉は聞かされていた。 「愛している」児玉がその話を打ち切ろうとして言った。 「そんなかったるいもの、私は要らない」 「愛も家庭も何も要らないというわけか」 「そう」 「それで寂しくないのか」 「私の気持ちは日本人のあなたにはわからないわ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第11回

ニッケイ新聞 2013年2月9日  韓国全土に多くの日本人妻と呼ばれる人々がいた。一九一〇年から一九四五年まで朝鮮半島は日本の支配下に置かれ、その支配政策の一つに内鮮結婚があった。朝鮮人と日本人の結婚奨励である。  朝鮮人も天皇の下に「平等」であり、日本人、朝鮮人、「差別」することなく結婚すべきだ——これが朝鮮人の差別に対する怒 ...

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