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日系職人尽くし―ブラジル社会の匠たち―(1)=和太鼓=原子力発電所技師から転身=天然素材をハイテク加工

11月7日(金)

自分の手の技術によって、物を制作することを職業とする人――。広辞苑では、『職人』をこのように定義している。しかし、合理化、近代化で生産過程のほとんどが工業化されてしまった現代社会。その上、高齢化と後継者不足により、日本移民を通してブラジルに脈々と受け継がれていた技術が途絶え始めている。危機を感じた二人の若輩記者が、ブラジルに残る日本の誇り、今も現役のこだわりある職人を十回共同連載で追い求めた。

 サンパウロ市ヴィラ・ノヴァ・コンセイソン区在住の山田文昭さん(四六、福岡県出身)は、サン・ローレンス・ダ・セーラにシャーカラを購入した。目的は「和太鼓を作ること」。文昭さんが妻のスエリさん(四二)にシャーカラのことを打ち明けると、「思いっきり、呆れた顔をされた」という。価格二千~三千レアルの和太鼓だが、「材料費を考えたら、儲けにも何にもならない」。それでも制作し続けるのは、「家庭が平和だからかな」とぽつり。

源氏物語の調べ

 文昭さんがこれまでに共同制作した和太鼓は二百五十張、自ら設計し皮を張ったものは十張になる。自作の和太鼓は、紫式部の源氏物語にあやかり『源氏香シリーズ』とし、各太鼓を『桐壷』『箒木』『夕顔』などと命名。「物語の五十四の名前を付けたら、このシリーズは終わり」と、こだわりを見せる。
 そもそも、文昭さんが和太鼓制作を始めたのは約二年前、プロ太鼓奏者の丹下節子氏に、修理を頼まれたのがきっかけ。アングラ・ドス・レイス原子力発電所三号機のシステム制御技師として六年前に来伯、その後はエンジニア関係の相談所を開業していた文昭さんは、手先が器用だった。
 大学で光工学を専攻していた文昭さんにとって、音の世界は自分の領域内のものだった。「光も音も同じ計算ですからね」。プロ奏者が八秒間の音を要求すれば、皮の厚み、胴径を巧みに計算してその通りの音を提供することに成功した。

ハイテク国産和太鼓

 しかし、和太鼓の素材は木、牛の皮など自然のもの。しかも、和太鼓制作に適した日本ではなく、ブラジルの地で材料を調達するのは生易しくない。
 通常、和太鼓の胴は樫の木だが、ブラジルではイペーを使う。また、日本では丸太をくり貫いたものを使用するが、ここは不可能に近い。「北部の山から出るのに二週間。ブラジルは丸太のまま運ぶことが禁止されている。例え丸太で運んでも、サンパウロに着くまでにひびが入る」。
 文昭さんは、サンタ・カタリーナのワイン樽職人に特注で胴を作ってもらうことにした。その後、クリチーバの知人に歌口のガラスエポキシ加工と表面の化粧をしてもらう。歌口に加工を施すのは、後に歌口が欠けないようにするためだ。「ハイテク太鼓ですよ」と文昭さん。
 牛皮は四、五歳が最適だが、ブラジルでは二、三歳のものしかない。薄く、弱く、小さい若牛の皮のなかで、注射痕や虫食い、ナイフ傷、焼印のないものを選別する。マリンガの皮会社から購入するが、「三十頭のうち三頭分の皮がとれればいい方」とため息。また、ブラジル産は防腐のため塩漬けされるので、塩抜きをする手間が加わる。

馬鹿正直に作る

 皮を胴に張る時は、さらに神経を集中させなくてはならない。順調にいけば二週間で張れるが、「三時間もうたた寝すると皮が乾燥しすぎて伸びなくなる」「少しでも冷たい風が室内に入ると、妊娠線のようなものが現われて皮がやぶれる」と、苦労は尽きない。
 文昭さんは、「シュミレーションしても、思った通りのものはなかなかできない。それが、できあがる瞬間が楽しい」という。完璧を目指し、馬鹿正直にどこまでやるか――。「本当に馬鹿みたいですよね」と文昭さんは笑った。
(門脇さおり記者)

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