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日系職人尽くし―ブラジル社会の匠たち―(6)=演奏者から製作者へ=三味線の文化を守る

11月18日(火)

 三重城(みえぐすく)にのぼて 手巾(てぃさじ)もちやげれば はやふねの習ひや ちゅめどみゆる――。ヴィラ・カロン区ぺドロ・マラキーアス街で奏でられた琉球古典音楽、「花風(はなふー)節」は深く心に染み入っていく。歌い手は知花真勲さん(七五、沖縄県出身)。本職の看板屋を営むかたわら、沖縄県人会ヴィラ・カロン支部相談役、ブラジル読谷村人会相談役、野村流古典音楽保存会ブラジル支部・支部長、沖縄三味線師範、そしてサンシンチクヤー(三線製作者)の顔を持つ。

サンシンチクヤー

 真勲さんは一九六〇年十月、妻の恵子さん(七五)とともにマット・グロッソ州カツペン移民として渡伯した。その後、カンポ・グランデに移転したが、六八年に出聖。真勲さんがヴィラ・カロン支部に入会すると、古典音楽の誘いを受けるようになった。
 「沖縄では、お祝いの席には必ず歌がある。歌そのものが生活の一部」。真勲さんはブラジルの地で、琉球古典音楽を自らの手で奏でることに魅せられた。
 しかし、ブラジルで沖縄三味線を作っていた国吉真正さん、知念良信さん、仲本魁作さんが次々と他界。沖縄県系の三世、四世が民謡や古典音楽に親しむなか、壊れた三味線の修理ができる人が少なくなった。「古典音楽を指導する立場上、今後、大きな支障をきたすだろう」。約十年前、真勲さんは三味線制作を思い立った。

文化を壊さない

 デザイン学校を出たわけでも、サンシンチクヤーに師事したわけでもない真勲さんだが、「門下生たちが修理で持ってくる三味線の厚みや寸法を計ったり、昔の三味線の形を真似たりと、我流で三味線を作った」と振り返る。
 真勲さんが制作の際、常に心がけていることは、「三味線本来の形を壊してはいけない」ということ。三味線の形を崩すことは、琉球の文化をないがしろにすること。本物の蛇皮やヘビ柄の人工皮革、チル(弦)、チーガ(胴)など材料のほとんどは沖縄からの取り寄せている。棹は本来、黒檀を用いるが、真勲さんはブラジル産のイッペーロッショを黒く塗ったものを使う。こうして作った三味線は最低でも千七百レアルする。
 「昔の人は、蛇皮を寄せるのが困難だった。ブラジルの蛇は大きくて皮が厚く、三味線の皮にならない」と真勲さん。若い蛇の皮では張りに弱く、すぐ破れるらしい。「最近、人工皮革の三味線が多いけど、本物の蛇皮の方が音がきれい」と、傍らにある制作途中の三味線に目を落とす。
 これまでに作った三味線は二十丁あまり。「自分の思う以上にいい三味線が生まれてくれることが最大の喜び。音が良くなってくれるよう、精神を込める」と楽しそうに話す。

沖縄のおじぃ

 真勲さんは、週二回、下は十八歳から上は九十歳以上のお年寄りまで、二十三人の門下生に琉球古典音楽を教授している。今年八月にあった沖縄県人移住九十五周年記念式典では、県人会への貢献と琉球古典音楽活動が認められ、稲嶺恵一県知事から表彰をもらった。
 子八人、孫二十四人、ひ孫八人に囲まれる沖縄のおじぃ、真勲さん。「保存会の支部長としても、後継者を探す責任がある。これからは後輩の育成に力を入れたい」と静かに語った。
(門脇さおり記者)

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