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ベレンの市場をご覧になる殿下
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印象深い外交120周年を振り返る=編集部が選んだコロニア10大ニュース

 聖市カーニバルで巨大立佞武多が華々しく行進したかと思いきや、なんと焼失――。秋篠宮さまご夫妻が恭しくご来伯されたかと思いきや、ジウマ大統領が訪日ドタキャン…。日伯が正式な外交関係を結んでから120年という節目は、思いのほか波乱含みの出来事が起きた。その他、パラナ州やコチア青年の周年行事、大物歌手続々来伯、日系歌手や軍人の大活躍など、印象深かったこの一年の10大ニュースを編集部が独断で選んでみた。


第1位=秋篠宮同妃両殿下ご来伯=聖市、首都など10カ所

 秋篠宮同妃両殿下は日伯外交樹立120周年を記念して10月28日に着聖され、11月8日までの12日間滞在された。聖市、パラナ州都クリチーバ、ロンドリーナ、ローランジャ、マリンガ、南麻州都カンポ・グランデとパンタナール、パラー州都ベレン、首都ブラジリア、リオの10カ所を訪問された。
 秋篠宮さまは移民80周年(1988年)以来の27年ぶりのご来伯で、紀子さまは初。
 聖市では、文協が今回のために特別に用意した「皇室ブラジルご訪問回顧写真展」をご覧になられ、移民史料館もじっくりとご観覧された。先没者慰霊碑、日本館、サンタルス病院、憩の園などを回られ、各所で気軽に移住者に声を掛けられ、感激のあまり泣き出すものもでるなど交流を深められた。
 ハイライトは修好通商条約の締結日11月5日に首都の連邦議会で望まれた記念式典。エドゥアルド・クーニャ下院議長の司会で、粛々と慶祝議会が行われた。翌6日にはジウマ大統領にお会いになり、リオ五輪のマスコット人形のプレゼントを受け取られた。
 両殿下はご来伯前に横浜の「海外移住資料館」や神戸市の「市立海外移住と文化の交流センター」も訪ねられるなど、万全の準備を期してのご来伯だった。


第2位=外交120周年各地で粛々と=大金の割に花火大会今一つ

修好通商条約のオリジナル(外交史料館の特別展示)

修好通商条約のオリジナル(外交史料館の特別展示)

 1895年に日伯修好通商航海条約を結び、両国にとって初めて対等条約が結ばれた。正式な国交が開始された本年を外交樹立120周年とし、梅田邦夫駐伯大使を代表とする実行委員会が結成。400~500の認定行事が全伯各地で行なわれた。
 特別企画としては9月の花火祭り、10都市ほどを巡回したJICA展覧会、イビラプエラ公園内の日本館修繕の3つ。ルアネー法によって集められた約200万レの寄付金が充てられた。
 目玉だった花火祭りには165万レほどの予算を割き、聖市南部のインテルラゴス・サーキットで約4500発が華麗に打ち上がった。

聖市の夜空を彩った大輪の花火

聖市の夜空を彩った大輪の花火

 ただし、小雨という天候や広報手段などが原因で来場者数は約1万人。大金を投じた割に集客見込みの半数という結果に、周年行事の目玉としては今一つという声も挙がった。
 10大ニュース1位の「秋篠宮ご夫妻来伯」はコロニアにとって最大のニュースになったが、直後にジウマ大統領が2度目の訪日キャンセルをし、せっかくの外交120周年だったが、後味の悪い結末を迎えた。


第3位=朝日新聞が本紙に謝罪=移民への無関心露わに

 朝日新聞のサンパウロ特派員の配信記事『悩める邦字新聞』(6月1日付)の見出しと内容に関し本紙が厳重に抗議したことを受け、同紙は電話とメールで謝罪、8日に訂正記事を掲載した。
 事実と違う「日系人減少」という大見出し、邦字紙の現状を「悩める、苦境、廃刊、減少」とネガティブな面だけでとらえた記事となっており、日本の読者に与えた悪影響は計り知れない。
 移民、日系社会に関するもう少しの関心、国外で発行される日本語メディアへの共感があれば、こうした紙面にはならなかっただろう。
 記事を作成した特派員は、本紙の生き残りへの取り組みを知りながら一切触れなかった。記者のみならず、デスク、整理部による、日系社会への無関心、無理解が生んだ紙面ともいえる。
 日系社会を知る元特派員らから本紙に同情と支援のメールが寄せられ、この記事を掲載した本紙サイト頁へのアクセス数は過去最高となった。
 ちなみにこの一件が「週刊文春」に取り上げられたのは、奇しくもブラジル日本移民の日である「6月18日号」だった。


第4位=歌手が日本デビューや受賞

 2013年暮れに聖市で華々しく「日本でデビューします!」と宣言し、実際に14年初めに訪日してデビューの機会をうかがっていた島田デボラ延寿さん(27、三世)。小島綾香さんとの二人組ユニット「歌謡女子 じゅくぜん果実」として、この7月にCDデビューを果たした。故・石原裕次郎の名曲「きょうよりあしたが」を二人で歌った。
 10月には国吉メリッサちゃん(12、三世)が、伯メディアのグローボ社が日本で主催する「プレスアワードジャパン2015」の女性ソロ部門で、ボサノバ歌手の小野リサさんなどを抑えて1位に輝いた。正式デビュー前だが、すでにテレビ出演しており、存在感の大きさを証明した。
 メリッサちゃんは13年9月に家族で訪日し、有名作曲家の鈴木淳さんに師事して着々と実力をアップしている。小学校に入学し日本語もペラペラ、新年には正式デビューが期待される。
 非日系初の演歌歌手として日本で10月にCDデビューしたのは、聖市出身のエドアルドさん(31)。エドアルドさんはNHK歌謡コンサートに早々と出演し、デビュー曲のYOUTUBEの再生回数も8万回を超え、順調に認知度を上げている。新年にはNHK紅白歌合戦出演も夢じゃない?!


第5位=パラナ州四つの節目祝う

 パラナ日伯文化連合会(折笠リカルド力己知会長)の傘下団体は力を合わせて、『パラナ州日本人入植百周年』の記念式典を6月13日、聖州から同州への〃玄関口〃カンバラ市で挙行した。約150人の日系団体代表が集まり盛大に祝われた。日系人口160万人の1割、約15万人が居住する同州は第2の日系人口を誇る重要な地域だ。
 翌週20日にはローランジャ市の日本移民センターで『移民107周年』の慰霊祭が盛大に挙行された。
 8月20日にはパラナ州都クリチーバで『パラナ州兵庫県姉妹州県45周年』の式典が行われ、井戸敏三知事やベット・リッシャ州知事出席のもと、再生エネルギー利用協力を深める約束などをした。ブラジル兵庫県人会(松下瞳マルリ会長)も創立55周年を迎え、同23日に聖市で記念式典を開催した。
 同州の『日伯外交樹立120周年』では記念講演会やJAPAN・FESTなど各種イベントも開催されたが、なんといっても秋篠宮同妃両殿下が州内4都市をご訪問されたことが最大の慶祝行事となった。


第6位=コチア青年移住60周年

 コチア青年移住60周年記念式典が9月20日、文協の国士舘スポーツセンター(聖州サンロッケ市)で行われた。
 コチア青年の第一陣109人は、55年9月15日にサントス港に到着。最後の67年1月のさくら丸まで、12年間で約50回の渡航が行なわれた。合計人数は戦後移住者としては最大の2508人となった。
 当日、梅田邦夫在伯日本国大使、下元慶郎元コチア産組代表、仙台光仁大臣官房国際部参事官、一箭拓朗全国農業協同組合中央会役員室室長をはじめとする多数の来賓を迎え、盛大に記念式典を開催した。
 まずコチア市の日本庭園にあった下元健吉胸像と先没者慰霊碑の移転除幕式が行われた。物故者追悼法要では参列者が花を供え合掌した。
 コチア青年二世の飯星ワルテル下議や伊勢脇聖史さんが二世としての誇りを語った。祝賀昼食会やアトラクションが行なわれ、賑やかに旧交が温められた。
 遠くは首都ブラジリアやミナス州、パラナ州、サンタカタリーナ州、リオ州からも駆けつけ、700人以上が先人の労苦に感謝を捧げ、節目の年を祝った。


第7位=五木ひろしとBEGIN公演

 久々の大物演歌歌手公演となった五木ひろしの聖市コンサートが、11月21日にアニェンビー国際会議場で開催された。待望の34年ぶりだけあって、400~600レアルの高額チケットは飛ぶように売れ、昼夜2公演で計5千人が集まった。
 代表曲「よこはま・たそがれ」「ふるさと」を含む35曲を披露した。客席を回って握手したり、ギターの弾き語りなど、盛りだくさんのステージに観客は大熱狂。五木ひろしも最後は涙ながらに「また来ます」と宣言し、名残惜しそうにステージを降りた。
 主催者の元連邦警察署長の池田マリオさんは、98年NHKのど自慢聖市ロケの際に警備を担当して以来親交があり、個人的な手紙のやり取りを契機に実現した。
 また同月7、8日には、沖縄出身のバンド『BEGIN』が沖縄県人会ヴィラ・カホン支部主催の「沖縄まつり」に特別ゲストとして登場、両日で計2万人以上が集まった。
 ブラジル風ナンバーから「涙そうそう」まで幅広い楽曲を披露、途中から当地沖縄太鼓グループも参加、最後は観客総立ちで総「カチャーシー」状態になり、会場は熱気に包まれた。


第8位=日系軍人が昇進活躍の年

 ブラジル海軍少将に、日系人として初めて和田典明さん(55、三世)が就任したと7月に官報で発表された。海軍には過去、数人の日系大佐がいたが将官階級は初めて。帝国海軍元中尉の父タカシさんに憧れ軍人を目指したという、心温まにエピソードも紹介した。
 11月には陸軍の岡村アンジェロさん(55、二世)が中将に昇進。陸軍では小松パウロ・カズノリさんに続き2人目の栄誉。同時に、16年リオ五輪の安全対策責任者という大役も任命された。
 また秋の叙勲では、空軍総司令官を務めた斉藤準一予備大将(73、二世)が旭日大綬章を受章。03年の栄典制度改正以降、同勲章を受章する初めての伯人となった。


第9位=届けたコロニアの真心

 昨年8月に74人の死者・行方不明者を出した「広島土砂災害」、今年9月茨城県常総市を中心に家屋の浸水など甚大な被害を出した「東日本大豪雨」に対する義援金がコロニアから募られ、それぞれ3万3千レ、4万レが集まった。
 広島土砂災害では、県連と広島文化センターが中心になり、緊急で口座を開設。3月に母県を訪問した平崎靖之会長が広島市へ届けた。10月には、センター60周年式典出席のため、湯崎英彦県知事、松井一實市長らが当地を訪問。松井市長から感謝の言葉が述べられた。
 東日本豪雨でも、同様に茨城県人会が窓口になり、県人の多い聖州グァタパラ移住地を中心に、予想を大きく上回る額が集まった。募金は県と県人会が主催する「ふるさとリーダー交流事業」で訪日した2人が県庁を訪問、知事へ手渡した。
 04年「新潟県中越沖地震」、11年「東日本大震災」等に続き、コロニアの日本を思う気持ちの強さが表れた。


第10位=モジ文協で立佞武多焼失

撮影された無残な立佞武多

撮影された無残な立佞武多

 モジ・ダス・クルーゼス文化協会(中山喜代治会長)が4月中旬に開催した毎年恒例の「秋祭り」で特別展示した15メートルの巨大立佞武多が、6月4日に同文協敷地内で焼失していたことが同月17日付けで報道された。
 120周年を記念して2月の聖市カーニバルでサンバチーム「アギア・デ・オウロ」の山車にするため、わざわざ青森県五所川原市から分解して運び、職人が組み立てたものだった。見事にパレードした後、秋祭りに貸し出されていた。秋祭り終了後も、屋外で野ざらしで保管されていた。出火原因は不明。
 本紙の問い合わせに対し、管理していた同文協は「把握できていない」との回答。急きょ本紙記者が会場に出向き、写真撮影を試みたところ不法侵入の疑いで一時拘束されるも、骨組みだけになった立佞武多の撮影に成功した。
 青森県の地元紙「東奥日報」でも一連の動きを報道。製作者の福士裕朗さんは「身を滅ぼしてまでも五所川原市のPRに一役買ってくれたと思っている」と前向きなコメントを寄せた。

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